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中編3
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サドル

大学の帰り道、貴子は友人の咲と並んで自転車を押しながら歩いていた。

「あれ?自転車のサドルそんなのだった?」

貴子はふと咲の自転車に目をやり、そう訊いた。

「変えたのよ」

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ちょっと事情があってね。咲はそう言うと

「最近、誰かがわたしをつけていたのよ」

咲の声は、冷たいそよ風に吹かれて後ろに流れていった。貴子は思いもしなかった咲の告白に、心底驚いた。

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「それって、ストーカー?」

「そうそう。わたしのアパートにやってきて、部屋の窓をじっと見てたり、いつも行ってるスーパーでわたしと同じものを買ったり……」

「うわっ、きもちわる……」

貴子は思わず眉をひそめた。

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「この前なんかも、講義が終わって帰ろうとしたら、その男がわたしの自転車の前に立っていたのよ。わたしは駐輪場のそばに隠れて見ていたんだけど、そいつ何したと思う?」

「……サドルを盗んだとか?」

それでサドルを新調したのか。貴子は一人納得して、同時にこの話の気味の悪さに胸が詰まりそうになった。

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「それも正解!だけど、その前にその男、わたしのサドルに顔を押しつけて、匂いを嗅いだりしてるのよ」

咲はそう言うと、けらけらと笑い始めた。

「よく楽しそうに話せるね」

貴子はそんな咲の様子が、少し怖かった。だから、

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「だって、いまはもう解決したんだもん」

咲のその言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろした。

「警察に相談したの?」

「ううん」

「じゃあどうやって?」

「わたしいいこと思いついちゃって」

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咲はまた不気味に笑う。

「直接、その男に説得しに行ったのよ」

「ええー!」

「彼に訊いてやったの。……わたしのお尻をもっと近くで感じてみない?って」

「咲、どうにかしちゃったの⁈」

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冗談でしょ、そう貴子が吐き捨てても、咲の表情は変わらなかった。

「そしたら彼、わたしの提案に飛びついてきたわよ。それはそうだよね、彼にとってはなんの損もないはずだから。でもね」

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わたしだって、損をしたくて提案したわけじゃないのよ。咲は静かにそう言った。

「彼には前にサドルを盗られたからね。だから、新しいものをくれるよう、頼んだわ」

「……それで、いま乗ってる自転車のサドルは、その男がくれたものなのね」

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貴子は信じられないといった様子でそのサドルを見た。

それは、咲の自転車には不釣り合いな大きさで、いまにも転げ落ちてしまいそうな雰囲気があった。

表面はなんだかでこぼこしていて、決して座り心地が良さそうにはみえない。

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「うん、そうなのよ。貴子も乗ってみる?きっと喜ぶよ」

「やだ!気持ち悪い!」

本気で嫌がる貴子を見て、咲は再び楽しそうに笑いながら、

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「あ、もう行かなくちゃ」

腕時計をちらりと見やってそう言った。

「これから何かあるの?」

「うん。これから業者の人が、いらない部分を買い取ってくれるんだ」

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訝しそうな顔をする貴子をよそに、咲は自転車にまたがると、またねと手を振って颯爽と行ってしまった。ひとり残された貴子は、だんだん小さくなっていく咲の後ろ姿を、じっと見つめていた。

冷たい風が前方から吹きつけ、貴子の髪を撫でていく。

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その風は、いつもよりも少しだけ、生臭かった。

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