ある休日の朝、家の近くを散歩していた俺は、喉に絡みつく痰をどこかに吐き捨てたくて、まわりを見渡した。
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ちょうど道路の脇に側溝があって、各家庭から出た下水が流れていた。
俺は何度か大袈裟にえずくと、側溝に向かってべっと吐き出した。
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すると、
俺の口から、痰ではないなにかが勢いよく飛び出していった。
それは小さな肉塊のようで、側溝の水にぽとんと沈むと、苔生したぬるぬるの底を転がるようにして流れていった。
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俺はなんだか気味悪く感じたが、喉には特に違和感がなく、あー、あーと声を出してみてもいつも通りの声だったので、そのまま散歩を続けた。
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それから随分と歳月が過ぎ、俺は還暦を迎えようとしていた。
その間に俺は結婚して、子供を育て、孫の顔も見ることができた。仕事についても、そこそこの企業で出世し、職場の人間関係もうまくいっている。家族はみんな健康で、自分自身も大病に悩んだことは一度もない。
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俺の人生は、言ってしまえば、このうえなく順調であった。
しかし、
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自分の人生が順調であればあるほど、俺はあのとき吐き出した何かの存在を、意識せずにはいられなかった。
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あれは何だったのか。
それはいつまでも俺の頭のなかで絡みついて、離れなかった。
作者高坂一啓