子供時代、まだ山に行って遊んでいた頃の話。
山の中を散策していると、たまに妙なものに出会った。
最初は確か、おばあさんだった。
頭に頭巾をかぶり、腰の曲がった気の優しそうなおばあさん。
「おやおや…子供がこんなところで、お散歩かい?」
そんなことを言いながら、ポケットから饅頭を取り出してくれた。
まあせっかくだから貰っておこうと、私はそれを自分のポケットにしまった。
お礼と挨拶をして、おばあさんと別れる。
(こんなところに、あんな腰の曲がったおばあさんが来るんだな…)
ちょっと不思議に思い、ふと後ろを振り返ってみると…
さっき、そちらに歩いていったおばあさんが忽然と消えていた。
その代わりにガササッと小さなものがあちらに向かって走っていった。
一瞬、犬か猫のようにも見えたが、恐らく狸だったのではないかと思った。
おばあさんに貰った饅頭を出そうとポケットに手を入れる。
硬くてひんやりとした、小石が出てきた。
(あの野郎、馬鹿にしやがって!)
カチンと頭にきて、小石を思いっきり地面に投げつけた。
家に帰って、父に話すと大笑いされた。
父も子供の頃に、山の狸によく騙されていたらしい。
それからも、山に行くとそんなことが何度かあった。
三回ばかりまんまと騙されたが、そう何度も騙されてはたまらない。
ちょっと警戒しながら歩いていると、森の向こうにおじさんの姿が見えた。
頭にねじった手ぬぐいを巻き、手に酒瓶を持ってフラフラと歩いてくる。
(ぷっ…こんな森の中に酔っ払いが歩いてる訳ねえだろうが)
木の陰にササッと隠れて、待ち構えてやる。
おじさんが通り過ぎたところで後姿を見ると、尻の辺りからフサフサのしっぽが生えている。
笑いをこらえながらソーッと後ろから近づき、しっぽをギュっと掴んでやった。
ピギャーというかキューというか、何ともいえない鳴き声をあげて狸は向こうに走り去った。
あの時ばかりは可笑しくてたまらず、笑いながら転げまわったのをよく憶えている。
それからも何度も狸は私の前に現れた。
いたずらにもだんだん慣れてきて、可愛く思えてきたので、握り飯を持ってきてあげたりもしていた。
しかし、いつからだろうか。
握り飯を持って山の中を探し回っても、その狸は現れなくなってしまった。
何日も何日も現れる気配がないので、ふと少し寂しくなった。
(どっか別のところに行っちまったのかな…)
ある日、そう諦めて帰ろうとしたときだった。
くぅーん…
くぅーん…
寂しそうな鳴き声をあげて、目の前に狸が出てきた。
茶色い毛皮に、黒い顔が特徴的な可愛いヤツ。
「お前、どこ行ってたんだ?」
久々に会えたことに感極まり、そう声をかけると、ヨタヨタとゆっくりどこかへ歩いていく。
まるで「こっちについて来い」と言わんばかりに、たまにこちらを振り向きながら。
しばらく森の奥のほうまで歩いていくと、狸はスゥッとたちまち煙となって消えてしまった。
(あれ…見失ったか?)
消えた辺りをあちこち探し回っていると、ふと木の陰にあるものが見えた。
(あっ………)
それを見て、思わず目にうっすら涙が出てきた。
見慣れた狸が、ハラワタをぐちゃぐちゃに食い荒らされて死んでいた。
その後、家からスコップを持ってきて、狸の死体を土に埋めてやった。
いつの間にか、自分のペットのように思っていたので、穴を掘りながら涙が止まらなかった。
土に埋めた後、少し大きめの綺麗な石をその上に置いた。
(最初は憎たらしかったけど、可愛いヤツだったね。また生まれ変わって、出てきて欲しいよ)
目を閉じ、そっと手を合わせて石に拝む。
帰り間際、ふと後ろに気配を感じたような気がして振り向くが、シーンとして何もなかった。
あの狸との思い出は、今でも私の心に深く焼きついている。
作者タラちゃん