中編3
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お前疲れてるぜ

最近の携帯はどうなのかな?

携帯のカメラに自分を写しながら動いてみると自分の動きと液晶に写ってる自分の動きが多少ずれるようになるだろ?

液晶の画面に映る自分の方が実際の自分の動きよりも多少遅れるんだ。まぁ今の新しいやつはそんなことないのかもしれないけどね。

 

俺は高校二年のときに両親と喧嘩して、九州の実家から家出して名古屋に出てきた。とにかく金を稼がなきゃいけないし、陶器の製造工場でひたすらティーカップやら大皿やらを磨く仕事を見つけて、それを朝の八時半から夜の八時九時までずーっとこなしてた。

ずっと神経を使う仕事だから、自分の住んでるそこの会社の寮の部屋に着いたらへとへとで、とりあえずコンビニで買ってきた弁当とビールを腹に入れて、風呂に入ったらテレビも見ずに寝てたよ。

ホントに疲れてたんだな。

寮の部屋の洗面所の鏡に写る自分が、すこしだけ自分の動作よりより遅れてることに気付いても、特になんとも思わなかった。

むしろ毎日寝る前にその鏡の前に立って身体を動かしてみては、

「ああ、今日もちゃんと遅れて動いてるわ」

とか何とか言って確認してから眠りに就くのが俺の新しい習慣になった。横を向いてからいきなりぱっと鏡のほうに顔を向けなおすとまだ鏡に自分の横顔が写ってたりとか、なんとなく面白かった。特に怖いとかおかしいなとか思わなかったのは、当時の俺が、それこそボロ雑巾みたく疲れてたってことなんだろうけどね。

そんなことが一年ぐらい続いたころだった。

先日うちの会社で、俺の働いてる工場じゃないところから出荷された商品が不良で大量に返品されたらしく、その分を取り返すために俺の工場の人間も連日残業続きで働いていた。

そんな訳で俺はいつも以上にへとへとになって寮の部屋に帰ってきた。

飯も食う気になれず、とりあえずシャワーだけ浴びて寝るつもりだったんだ。

帰ってすぐ、洗面所ですすだらけの自分の顔を洗った。顔をぬぐって、なんとなく鏡を見てみると何か違和感があった。

鏡の自分に向って手を振ると全く同じ速さで相手も振り返してくる。当たり前のことなんだけど、俺はその時、鏡に写る自分がいつもと違う動きをすることにものすごく腹が立った。だから、

「おいお前、いつもと違うじゃねえかよ」

って言ってやったんだ。

しばらく、鏡の自分は微動だにしなかった。が、唐突にニヤッと笑って、

「だって今日のお前、ノロマなんだもん。お前、疲れてるぜ」

って言ったんだ。

俺はそれにビビッて気を失った。

それで?この話はお終いだ。

その後おれはすぐに気が付いて、しばらくぼーっとしていた。それで、実際俺はこの上なく疲れていて、何の思考力もなくなってることに気が付いた。

俺は次の日にすぐ上司に辞表を出して、会社を辞めた。その寮を出るまで、二度とその鏡を覗こうとはしなかった。

今俺は、結婚して水道管のパイプの製造会社の営業をしている。

仕事はやっぱり忙しいし、残業も多いけど、あの時くらい疲れたりしたことはない。

それでも時々嫁さんに「大丈夫?」ってきかれるけれど。

そんなときに思う。

鏡の中のあいつに話しかけられてなかったら、今頃全然大丈夫じゃなかったかもしれないって。

あの時俺が働いていた工場の会社は、もう潰れてしまって無く、俺が住んでいた寮は持ち主がかわって賃貸アパートになっている。

未だにあの鏡があるのは俺は知らない。

怖い話投稿:ホラーテラー かわさきしょうじさん  

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