ゾクッ
誰!?
背後に人の気配を感じ、振り返る。
「・・・・・・」
誰もいなかった。
「・・・いるわけないよね。もう閉店の時間なんだから。」
パチッと店内の明かりを消すと、昼間は客で賑わうカフェが、嫌な程不気味に見えた。
私はエプロンを外し、さっさと荷物をまとめると入口の扉の鍵をしめ、シャッターを下ろし、足早に自宅への帰路を辿った。
人影のない暗い道・・・・
数メートルおきにある街灯の明かりだけが頼りだ。
腕時計にチラリと目をやると、すでに深夜0時をまわっていた。
「遅くなっちゃったなぁ・・・。」
私は歩調を速めた。
すると、バタバタバタと、後ろで音がした。
え?
怖い・・・
怖くて振り返ることが出来ない・・・
私は最初よりもゆっくり、そろそろと歩き出した。
すると、後ろにいる何者かも同じペースでゆっくりとついてきた。
やだ・・・・ストーカー・・・?
それから、ギャッっと男の声がした。
ビクッ・・・何なの?
明るい街灯の下まで来たところで、私は思い切って後ろを振り返った。
そこには、自分から少し離れた所に、若い男が一人立っていた。
どこか懐かしいような、奇麗な顔立ちをした人が。
「・・・ユリ」
男は少し寂しさの混じったような微笑を浮かべて、私の名前を呼んだ。
「ケ・・・ケンジ!?」
それは、私の彼氏だった。
彼は一か月程前に留学で海外へ行ってしまい、私は日本で彼のいない日々を寂しく過ごしていたのだった。
「ケンジじゃない!うわーっ、久し振り!でも・・・、何でこんなに早く帰ってきたの?1年くらい向こうにいるはずだったでしょ?」
ケンジはちょっと困ったように微笑した。
「やっぱり、ユリが心配になっちゃって・・・帰ってきちゃったよ。」
私は、もうダメじゃん、とか言いつつ、ケンジが帰ってきてくれて、とても嬉しかった。
それから、彼と家に帰り、夜の間お互い離れていた時間を埋め合うように、楽しく語り合って過ごした。
―翌朝―
目覚めるとケンジは家にいなかった。
玄関に出てみると、ひどく汚れて擦り切れた、ボロボロのケンジの靴があった。
「・・・裸足でどこ行っちゃったんだろ・・・うちにあるサンダルとか、履いて行ったのかなぁ・・・それにしてもこの靴・・・どうしたんだろ?」
私は彼のことが気になったが、仕事のことを思い出し、急いで支度をしていってきまーすっと家を出た。
その日も、私は帰りが遅くなってしまった。
あーー、ケンジ合鍵持ってないのに・・・・ドアの前で体育座りなんかして待ってたらどうしようーー・・・・・
などと考えながら走っていると、後ろからスッと肩に誰かの手が触れた。
振り返ると、そこには裸足のケンジがいた。
「ケンジ・・・、何にも履かないで外出たの?笑」
「あぁ・・・」
そういえば、というように、ケンジは目線を自分の足に落とした。
「・・・朝、寝ぼけてたみたい笑」
「もー、帰ったら奇麗に足洗ってよー?」
それから、昨日と同じように二人で家に帰って楽しく時を過ごし、次の朝になるとケンジはいなくなって、私が夜仕事を終えて帰る頃に現れる、という日々がしばらく続いた。
不思議に思って、
「早朝からどこいってるの?」
と聞いてみたが、ケンジは「・・・バイトが早いから。」
と曖昧な返事をするだけだった。
それでも、二人で過ごす夜の時間が楽しくて、私はそれで充分だったから、そのことは次第に気にかけなくなっていった。
そんなある日、私はある異変に気付いてしまった。
そのとき、私はいつものようにケンジと夜道を歩いていた。
そして、街灯の下を通過しているとき、私はふと足元を見て何かがおかしいことに気付いた。
・・・あれ?
「影が・・・・ない・・・?」
そこには街灯の明かりに照らされてできるはずの影がなかった。
更に驚いたことに、ケンジにも影がなかった。
「ちょっと、・・・ケンジ・・・私たち、影がない・・・なんで?」
ケンジは困惑する私を寂しそうな眼で静かに見つめていた。
「・・・・ケンジ?」
どうしたの?と彼の手に伸ばした私の手は、虚しく彼の手を通り抜けて宙をかいただけだった。
「・・・・・どうして・・・?」
「ユリ、ごめん。・・・ずっと、言えなかったけど・・・僕は、もう死んだんだ。あっちで交通事故にあってしまって・・・でも、死ぬ最後の時まで、ずっと君に会いたくて、こっちに帰ってきたんだよ・・・」
「・・・・・・・・うそ・・」
私は何も言えなかった。
「・・・死んだなんて言ったら、ユリ、今みたいに泣くと思ったから。ユリには悲しい顔して欲しくない。だから、なかなか言えなくて・・・・僕は、ユリの影になってたんだ。あれなら、ユリを見守っていられたから。」
「・・・・・影に・・・?」
「うん・・・でもあの夜、ユリが一人で夜道歩いてたとき、不審者がユリの後ろ付けてたから、人間の形になって追っ払ったんだよ。そしたらユリに見つかっちゃって・・・」
そんなぁ・・・・ケンジが死んだなんて・・・・そんなのって・・・・嫌だよ・・・・
私の頭の中はそればかりで、ケンジが優しく話す言葉も、少ししか頭に入ってこなかった。
「・・・嫌だよ・・・・ずっと・・・一緒にいたかったのに・・・グスッ」
「もう泣かないで」
そう言ってケンジは後ろから私を抱きしめた。
氷のように・・・冷たい体・・・
「ずっと、一緒にいるから。」
その言葉に、えっ?と私はケンジを見た。
「・・・ずっと一緒に・・・いてくれるの・・・?」
ケンジはうなずいた。
「僕だって離れたくないよ。僕を・・・ユリの影でいさせて。それでずっと、ユリのこと見守らせて・・・?」
「・・・ケンジ・・・」
死んだのなら、もう会えなくなるものと思っていた私は、ずっと一緒にいるよ、というケンジの言葉を聞いて、とても嬉しかった。
泣きじゃくって体温の上がった私と、氷のように冷たいケンジは、お互いをきつく抱きしめ合った。
―翌朝―
「いってきまーすっ」
「ちょっ・・・待った待ったっ 靴!」
ドアを開けようとした私の背後で、黒い影がモゾモゾとうごめいた。
「ちゃんと履けたー?靴ないと帰り道裸足になっちゃうからねっ」
ちょっとしてケンジはオーケー!と無邪気に答えた。
今日は、晴れ。太陽の光が、より濃くケンジを映し出してくれる。
私は一人じゃない。
いつだって、影になったあの人が、私と一緒にいてくれるから―
そういう思いで、今日も私は生きています。
もし、影のない、彼氏と一緒にいる女の人がいたら・・・・それは私かもしれませんね。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話