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中編5
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ラブホテル

大学生の時に、初めて行ったラブホテルで私が実際に体験した話です。

当時貧乏大学生だった私と恋人は、彼の方が一人暮らしをしていたのもあってラブホテルというものを利用した事がなかったのですが、付き合ってしばらくしたあるとき試しに行ってみようという事になったのです。とは言っても貧乏学生なので、新宿の安くて外観も綺麗とは言えないホテルでした。おそらく歌舞伎町の中で一番ボロいのでは…と言えるレベルの外観でした。

それでもはじめての経験だったのでまあ楽しんでいた覚えがあります。部屋は外観から想像していたよりボロくなく、コスプレのカタログをみたりなんだかんだと過ごして、事も致してさあ寝るか、となったのですが、私実はかなり重度の枕が変わると寝られないタイプなのです。対して恋人は枕に頭を落とした瞬間に眠れるタイプで、気持ちよさそうに寝息を立てる恋人にお門違いな苛立ちを覚えつつ、なんとか寝ようと努力をしていたのですが、カーテンの外がどんどん明るくなってきて、小鳥のさえずりまで聞こえ始めた頃にはもう諦めていました。

(目を閉じて横になっているだけでも体力回復するっていうし、目覚ましがなるまではこうしてよー)

と、ため息をつきながら横になっていると、急にザーーーっと音が響きました。

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驚いて目を開けると、ベッドの向こう側の浴室に明かりがついていて、少し開いた扉から湯気がもくもくと立ち上っています。

突然のことにリアクションもとれず目だけ浴室の方を見たまま固まっていると、ザーーーっと響くシャワーの音に混じって何かが聞こえてきます。

少しずつボリュームが上がっていくその音が女の笑い声だと気づいた時は恐怖で体はガチガチになっていました。

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shake

「アハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハッハハハハハハハハはははははははははははハハヒはは」

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狂ったような女の笑い声が風呂場で反響して響いています。

もうかなりのボリュームなのに横の恋人は全く起きる気配もなく、どうすることもできない私は目を固くつぶり、音を立てないように少しずつ布団の中に潜りました。

(何これ何これ何これ…)

布団の中に潜ったことで幾分かその声は聞こえにくくなりましたが、いまだ狂ったように笑い続ける声は響き続けています。

しかし、もう外は明るくなってきていて、朝早くに設定した目覚ましの時間まではもうあと少しのはずなのです。このままやり過ごし、目覚ましがなって、恋人さえ起きてくれれば…!と体を丸めて布団の中で震えていると、鳴り響いていた声のトーンがさらに上がりました。

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shake

「アアアアアアアアヒヒヒヒヒヒヒヒヒャはヒャヒャヒャヒャ!、!ひひひひアハひゃひゃひゃひゃひゃはひひひひひひひひひひひひあひひひふひひひひひヒヒヒヒヒヒャはヒャヒャヒャヒャ!、!ひひひひアハヒヒヒヒヒヒャはヒャヒャヒャヒャ!、!ひひひひアハハハハハハハハ!、!、!」

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もはや狂ったような笑い声、とも言えない奇声です。

心臓が一層ドクドクと鼓動を早め、呼吸もつまりそうでした。もうやめてくれ、と泣き出しそうになっていると、急にぴた、と女の声が止みました。はっとして布団の中で目を開けます。シャワーの音はやんでいません。

(終わった…?)

布団から出るのは怖いのですが、パニックで呼吸も荒くなっていたので布団の中はかなり息苦しかったのです。少しだけ布団を開けて、外に顔をだそうとした時でした。

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shake

「●●(私の名前)ーーーーーーー‼︎‼︎‼︎ヤットミツケタアアアアアア‼︎‼︎‼︎」

薄めの羽毛布団を隔てたすぐ外から鼓膜が痛くなるほどの勢いで女の声が響きました。あの瞬間間違いなく私の心臓は一瞬ですが止まっていたと思います。

この布団のすぐ外にいるとか、

なぜ私の名前を知ってるんだとか、

見つけたってなに?私が何したって言うんだとか

一瞬にしていろんな事が頭によぎりましたが、恐怖で一切身動きが取れませんでした。

そして見知らぬ女が布団越しに私と顔をつき合わせている様を想像して、呼吸もできませんでした。

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ジリリリリリリリリ

どのくらいの時間呼吸を止めていたのかわかりませんが、大音量で流れ始めた目覚ましの音でハッと我に帰り、大きく息を吸いました。部屋には目覚ましの音と小鳥のさえずりだけが響いていて、もうシャワーの音も女の笑い声も聞こえません。

(目覚まし鳴った…!)

未だばくばくと早鐘を打っている心臓を落ち着けようと深めに息を吸いました。その時、隣に寝ていた恋人がわずかに身じろぎして、「んー…」と声を漏らしました。先ほどまではなんで起きないんだと怒りを向けていましたが、今は白馬の騎士にさえ思えます。恋人が起きた事で一気に安心して泣きそうになりながら、起きて一刻も早くこの部屋を出よう、と意を決して布団をバサッと剥がして上半身を起こしました。

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「ジリリリリリリリリりりりりりりりりりりりリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリり」

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布団を剥いで見えた部屋の景色はあかるく、浴室も静まり返っていました。しかし私は気づいてしまったのです。目覚ましはアラーム音と共にバイブレーションが作動する設定にしていたはずなのに、ベッドサイドに置いた携帯電話からは振動音が聞こえていないこと、

そして、今起き上がった私のすぐ左側にだらんとやけに血色の悪い手を垂れた何かがいるのが視界に写り込んでいて、今聞こえているのは機械的ないつものアラーム音ではなく、甲高い人の肉声だということ。

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もうだめだ、と思ったその時でした。

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「…おはよーーー」

横で寝ていた恋人が声を発した瞬間、パチンと泡が弾けたように景色が変わりました。実際には変わっていないのですが、膜が一枚取れたような感覚です。部屋にはアラーム音とバイブレーションが鳴り響いていて、他には小鳥のさえずりだけが聞こえています。視界に写り込んでいた人影も消えていて、横では恋人が盛大に伸びをしています。私が上体を起こしたままの体制で固まっていると、恋人はそれを不審そうに見ながら洗面所にむかい、歯磨き粉をつけた歯ブラシを差し出してきました。

「どうかした?」

私は呑気な様子の恋人に何も言えず、さっさと身支度を整えると化粧もせずにホテルを後にしました。

恋人にその朝の事を話してみましたが、(彼は元々眠りの深いタイプだったので当てになりませんが)笑い声も聞いていなければ特に何の異変も感じず、ただ目覚ましで起きたとの事でした。

その後、泊まったホテルについてネットで検索もしてみましたが、事件や事故の情報が引っかかることもなく、私自身に続きの怪異が起こることもありませんでした。あの日の体験が何だったのかは今も分からずじまいです。

Concrete
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@天津堂 様 コメントありがとうございます。本当に、こういう時に眠りの深い人は強いですね。。拙い文章ですが当時の恐怖を感じ取って頂けたようで嬉しいです!

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@左右 様
コメント、購読共にありがとうございます。確かに、実は相当歓迎してもらえてたのかもですね
…!笑 そう考えるとなかなかいい経験だったのかもしれません。笑 残りいくつかの体験もハラハラしながら楽しんで頂けるよう精進させて頂きます^^

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