中編7
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夢の記憶

私は特に霊感もない三十代半ばのおじさんです。

そんな至って普通のおじさんが、この歳になっても怖い話や都市伝説のたぐいに興味を引かれてしまうのは、やはり、幼少期の悪夢が原因だと思うのです。

幼い頃の私はとにかく毎日のように怖い夢を見ました。

空中遊泳の最中に急に浮力を失い、地面に真っ逆さまと言ったお決まりの夢から、戦隊物の主人公になれたのに、動きがスローモーションすぎて怪人に返り討ちになってしまう情けないヒーローなど、幼少期の私は悪夢の中でしょっちゅう実感のない死をむかえていました。

“実感のない死”と書いたのは、夢の中では、味のない食べ物や色彩の淡い風景など、全てのものに実感が薄く、死ぬことさえも一瞬の息苦しさや脱力感を味わうだけで、その直後には目覚めることができる。あくまでも仮染の死といった安心感があるからです。

しかし、私は夢の中で一度だけ、“実感をともなう死”を経験したことがあるのです。

もちろん本当に死んだ訳ではありませんし、「大げさな」とおっしゃる方もいるでしょう。

それでも、あの時に感じた痛みや流れる血の生温かさ、そして絶望感はいろいろな経験を積んで大人になった今でも現実と見紛うほどのトラウマとして記憶に焼付いているのです。

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私がその夢を見たのは小学三年生の夏の頃です。

それはまるで数日間にわたって一本の映画を見ているような奇妙な体験でした。

そしてその最終日に私は実感をともなう死を経験することになるのです。

1日目、それはニュース番組でも見ている様な感覚で始まりました。

〇〇市(当時私が住んでいた街)で変死事件が相次いでいるというキャスターの声とともに、見慣れた近所の公園が映し出され、続いて中央の芝生広場で吐血して倒れている女性の映像が頭の中に映し出されました。

実際のニュースでそんなに鮮明に被害者の映像がながれることはありませんが、幼い私はすんなりとそれを身近な場所で起こっている事件として受け入れました。

その後も同じ市内の様々な場所で次々と同様の変死事件がおこっていることが伝えられました。

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目覚めた私はいつもと違う奇妙なテイストの悪夢に戸惑いつつも、昨夜の夢はおばけが出なくてよかったなぁ程度の感想しか持ち合わせず、その日はいつも通りの一日を過ごしました。

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2日目の夢の中で、私はとある競技用プールを斜め上から俯瞰で眺めておりました。

プール中央のコースでは均整のとれた体型の男性がクロールで泳いでおり、その対岸のプールサイドでは子供(?)がそれを眺めておりました。

一見すると、息子が父親の泳ぎを見つめているように思いますが、不思議な事に私は、はなからそうは思いませんでした。

うまく説明できませんが、私はその子供にどうしても焦点を合わせることができず、ぼやけて見えて、それが男の子なのか女の子なのかも、水着を着ているのか、洋服を着ているのかもわかりませんでした。それどころか、実際のところ人なのかどうかも判断に迷っていたのだと思います。

そして私が、男性のきれいなターンにみとれていたつかの間に、その子供を見失ってしまったのです。

あたりを見回すと、丁度、子供が立っていたあたりの水辺に、こぶしだいの大きなオタマジャクシのような黒い魚が泳いでおり、次の瞬間、その魚が直線的にスイマーにむかっていったのです。

いけない!と私は思いました。

夢の主である私には、それがあの子供の化身であり、とても邪悪なものであることが直感的にわかったのです。とはいえ、眺めているだけの私にはなすすべもなく、黒い魚はスルスルと男性に近づき、泳ぐ男性のお腹の下に潜り込みました。

数秒の後、男性はまるで老酒をかけられた海老のように激しく悶え、なんとか水面から顔を上げて空気を吸おうともがいているようでしたが、やがて動かなくなると、あたりの水面が真っ赤に染まりました。

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跳ね起きた私は大粒の汗をかいており、起き抜けと思えないほど強い疲労感を感じておりました。

私はプール中央で浮かぶ男性の亡骸を思い返しながら、この夢は昨日見たニュース調の夢の続きなのではないかとぼんやり考えました。そして明日もその続きを見るのでは‥と、 なぜなら、私が、事の全てを眺めていたことをその子はすでに知っているような気がしたからです。。

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3日目の夢の中で、私は血溜まりのリビングに立ち尽くしておりました。と、言ってもこれは夢の始まりではありません。

とても長く鮮明な夢でした。

しかしながら今回、それを詳細に描写することは素人の私には到底できそうにありません。

その日の被害者が私の家族であったからです。

当時の私は、普段から怖い夢ばかり見ていたため、夢の中でも、これは夢であると認識することができましたし、その時もこれは夢だと思うことで凄惨な家族の死にもなんとか正気を保つことができたのかもしれません。

私は「これは夢だ、早くさめろ、早くさめろ」と心の中で何度も唱えることしかできませんでした。

例の子供は部屋の中央、テーブルの上でまるでやる気のないマサイ族のようにぴょんぴょん飛び跳ねておりました。

その日も相変わらず、その子にピントをあわせることができませんでした。

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目が覚めて母親の「ご飯よ。起きなさい。」の声を聞いたとき、安堵で泣きそうになったのを今でも覚えております。

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4日目の夜、夢の続きを見るとも、今日の犠牲者が自分だとも決まったわけではないのに、私はなかなか寝付くことができませんでした。

ただ、前日もそうであったように、当時の私は自分が夢の中にいることが認識できましたし、必要があれば途中で強制的に目覚めるスキルのようなものが備わっておりました。(それは、全神経を集中させて現実の両手を動かし、目をこじ開けるといった、はたから見るとかなり滑稽な力技でしたが、、)

その“スキル(?)”が少なからず私を安心させたのか、私はやがて眠りの中に落ちてゆきました。

気がつくと私は山々に囲まれた雪原に立っておりました。

当時、東京のベッドタウンに住んでいた私には見慣れない場所で、前日までの夢の舞台との違いに違和感を覚えましたが、あいにくその事を深く考えている余裕はありませんでした。

すぐ5メートルほど先の雪上であの子供が飛び跳ねていたからです。

「起きなきゃ、起きなきゃ」私は目をつぶり体を縮こませて、必死に念じました。落ち着いて、寝ている自分の両手にリンクして目をこじ開けよう。

そう思った瞬間、私の両手首は何者かにギュッと握られました。

恐る恐る目を開けると、もうその子は私の目の前に立っており、私の両手を握っておりました。

その時、初めてその子にピントを合わせる事ができましたが、その子の身長は私の腹部くらいで、私からはおかっぱの頭部しか見ることはできません。

私は強制的に目覚める事も封じられ金縛りのようにただ立ち尽くすしかありませんでした。

次の瞬間、私の両手首に激痛が走り、その子の冷たい両の手のひらからメリメリメリという鈍い感触とともに触手のようなものが私の両手首の皮膚を突き破って上腕の方に入ってきました。

それは黒く太い血管のように皮膚を浮き上がらせ、私の心臓を目指して伸びてくるようでした。私はその激痛に悶絶しました。夢ではありえない生の痛みでした。

その触手はもの凄い速さで私の体を侵食し、体内のあらゆる臓器を握り潰そうとしているかのようでした。

私はたまらず両膝をついてうずくまると真っ白な雪原に血ヘドを吐きました。途切れない血ヘドで息はできず、内蔵をかき回される痛み、死ねない、目覚めることもできない苦しみの中で私はその子の顔を見上げました。

そして初めてはっきりと見たのです。

おかっぱの髪型に異様に大きな目は白目の部分が金色で、口は大きく開かれて無表情なのに笑っているようでした。

薄れていく意識と、激しい痛みの中で見上げた邪悪な日本人形のような容貌は忘れることができないトラウマとして脳裏に刻まれました。

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あの日以来、あんなに頻繁に見ていた悪夢も見なくなり、今に至ります。

小学三年生の当時、怖い話は友達の間でもキラーコンテンツでありました。

私も類にもれず、クラスメイトといろいろな話を聞いたり語ったりしたものですが、なんとなくその夢の出来事だけは誰にも打ち明けることができませんでした。。

誰かに話すことで夢の出来事を現実世界に引き込んでしまうようなそんな悪い予感が働いたのかもしれません。

あれから、大人になり、今私は信州の片田舎、八ヶ岳のふもとの街で生活しています。

私が、家族にも友達にも打ち明けなかったこの話を文章として残そうと思ったのは、数年前、偶然、ネットであの子を発見したからです。

ネットで“怖い画像”と検索するとトップの方に出てくるあの子です。

あの子が夢の中で僕と僕の家族を殺しました。あの画像は誰が作ったのでしょうか?

また、他にも僕と同じようにあの子に夢の中で殺された人はいるのでしょうか?

shake

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@アンソニー
読んでいただきありがとうございます!
なんとも取り留めのない話になってしまいましたが、古い記憶をたどりながら書いた物ですので、ご容赦いただければ幸いです。

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