これは、私がまだ中学に入学しようか…という春休みの事でした。春休みの夜にかかってきた電話は、田舎の祖母が脳梗塞で倒れたという知らせでした。祖母と祖父は、春休みに私と従兄がそれぞれ、中学と小学校に入学するのを見るために来るはずでした。
あっという間の帰省。私の家はさほど余裕がなかったため、物心ついてから帰省するのは初めてで田舎の景色はおろか、何もかも初めて見る景色でした。
祖母は入院後、5日あまりで意識が戻ることなく他界しました。正直、祖母とはあまり話した事がなく(いわゆるおじいちゃん子で)実感がわかないといった心持ちでした。
もとより、葬儀に慣れた子供はいません。私も同じで、何をどうしていいのか、わかるはずもありません。通夜の夜は寝ずにいないといけない、お線香を絶やしてはいけない、そんなことは初めて知ったのです。
今の私は別なのですが、当時の私には、遺体と言うものがたまらなく怖く、近付けませんでした。お線香をあげて、という母の言葉に兄を引っ張って傍についてもらう体たらく。祖母が嫌いなわけではなく、私には祖母が横たわっているのではなく、そこには死が横たわっているように見えたのです。よく、他界した人を鬼籍に入るなんて昔の人は言いましたが、言いえて妙とはまさにこれ。私には人間ではなくなったのに、人間の形を保っている事が怖かったのでしょう。
お線香をあげた一度しか、通夜の晩、祖母には近づく事がありませんでした。祖母は好きでも、祖母だったものは違うと考えていたのです。
祖母は誰からも好かれる人で、通夜の晩もさまざまな人が引っきりなしに入れ代わり立ちかわりに来ました。当たり前ですが、一様に黒い服を着て、台所に立つ知らない近所の方や子供。
私は、祖母が横たわる広間が嫌で、居間に居座り電源の切れたコタツに足をつっこみ、ただ真正面をむいていました。正面には、ガラス戸があり、廊下になっています。廊下は、トイレとお風呂が突き当たりにあり、一応は突き当たりから外(庭)に出る裏口とガラス戸のすぐ前には、縁側があり庭に下りられました。
ボンヤリとガラス戸の方を向いていました。居間には仏壇があり、ちょうど私の右に私の方を向いて仏壇がありました。
近所の方が、仏壇のお花かお水を替えに私の後ろを通りました。ボンヤリとガラス戸にはその影みたいに映り込みます。何かを持って、再度、後ろを通りました。
ガラス戸に映ったのは、白い影でした。すぐに違和感を覚えました。ガラス戸に映り込む近所の方は黒い服だと言うこと、ガラス戸の手前に私が居るのだから、映り込む時に下半身が私で隠れるはずなのに、すべて見えたこと。
ああ、祖母なのだ。私には怖くもなかったんです。だって、祖母は人間ではなくなったから。
でも、廊下は暗いから…そう思って、幽霊に明かりもクソもないのに、廊下の電気を点けてあげようとして廊下に出ても祖母には逢えませんでした。ただ、廊下の隅に四角にパンパンのカバンがあるのを見付けました。カバンの上には、何かの封筒があり、私はそれらを開けました。
封筒には航空チケットがあり、カバンには旅行の用意がありました。チケットの日付は、祖母が倒れた翌日の昼頃の便でした。低血圧で、朝に弱い祖母のために祖父が用意した時間でした。
こんなに私や従兄に逢う事を楽しみにしていたんだ。顔が見たかったんだ。それがわかって、初めて私は広間に横たわる祖母の横に同じように寝転びました。
ようやく私にとって、遺体と言うものが、真実、遺体となった瞬間でした。後にも先にも、霊だと断言できそうなものを見たのは、この一度きりでした。
怖い話投稿:ホラーテラー ダンタリオンさん
作者怖話