幽霊の存在を否定はしないが見た事はなく、金縛りの体験も無かった(その日までは)私の話、聞いて下さい。
その日は彼氏との初めての婚前旅行でT県の○○温泉に行きました。ホテルは老舗で建物はそこそこでしたが、おいしい食事と広い岩風呂で、かなりテンションは上がっていました。
就寝前のひとっ風呂ということで、11時頃温泉に浸かっていた時の事、脱衣場から、女の子の大きな声が聞こえてきました。
「ママー!ママー!」
大きいというよりは異常に耳障りだったのを覚えています。
その時10人くらい入浴していたのですが、皆自然と脱衣場の方に目をやりました。
入って来たのは、30過ぎくらいの女性と、5、6歳くらいの女の子でした。目を引いたのは、その女性の背中でした。
一面に観音像のような刺青がしてあったのです。
湯船に浸かっていた客は一人一人、お風呂から上がって行きました。
私もその時湯船から出ていれば良かったのです。
でも私は基本的にそういった種類?の人を軽蔑したりする習慣が無かったし、何よりもすぐ出たら失礼じゃあなかろうか、という思いで、一人お湯に浸かっていました。
驚いたのはその子のはしゃぎっぷり!
大声を出しながら岩から飛び込むわ、石鹸を投げるわ、全てのシャワーの湯を出しっぱなしにするわで、その子一人で、浴場の雰囲気をメチャメチャにしていました。
親は叱ることもなく放ったらかし・・・
私は心の中で、
「最近の親はなんで注意せんの?」
「それにしてもうるせーなーこの子!」
などと多少のぼせた頭で考えていました。
それにしてもうるさい!!
私は子供は大好きの方だし、今までそんな感覚になった事は無かったのですが・・・・
この子の声は、異様に癇に障るのです。
(親さえいなけりゃひっぱたいてやるのに!)
そう思った時です。
その子の声がぱったり止んだのです。
子供の方を見ると、立ったまま動きません。
「・・・・!」
湯けむり越しに見えたもの、それは私の事をじっと睨むその子の姿でした。
キーン!!
突然耳鳴りがしてきて、それと同時に体が動かなくなりました。
(これが金縛り??)
女の子はじっと私を睨んだままです。
私は何か非常にやばいものを感じ、湯から出ようとするのですが、体がいっこうにいうことを聞きません。そして何故か、その子から目が離せないのです。
しばらくして、何かの影のようだった少女の体がゆらりと動きました。ゆっくりとこちらに歩いて来ます。そして、私が浸かっているすぐ近くの岩場からお湯の中に入って来たのです。
相変わらずキーンという耳鳴りで、他の音は一切耳に入りません。
少女が私にゆっくりと近づいて来ました。
そして、手が触れられる程そばに来て・・・
上から見下ろしながら、脳に直接響くような声で少女は言いました。
「今、何か言った?」
その時の少女の顔を、半年経った今でも忘れることは出来ません。
どう表現したらいいのか分かりませんが、一言で言えば、子供の顔ではなかったのです。
私はただただ、いやいやをする子供のように、首を横に振っていたような気がします。
どれくらいの時間だったかわかりませんが、私は、しばらく気を失っていたようです。
体の自由がきき、立ち上がれるようになった時には、あの母娘の姿はどこにもありませんでした。
駆け足で部屋に戻った私は、猛烈な頭痛でそのまま布団に倒れこみました。彼との会話どころじゃありません。正直、彼の存在自体、どうでもいいって感じでした。
あの母娘と顔を合わせたくない私は朝食もとらずホテルを出ました。彼はただ、おろおろするばかりで、全く頼りになりません。(その時は自分の異常さに全く気付いていません)
(ばかじゃないの?)
私は真剣、彼の事がうっとうしくなり、ホテルの駐車場で、
「別れましょう、あんた、自分一人で帰って!」
かなり強い口調で言いました。
「昨夜、何かあったのか?」
問い詰める彼を見てるとまじに殺したくなるくらいの怒りを覚え、
「うぜーんだよ!とっとと失せろ!!ボケ!」
今考えるとありえないような言葉を彼にぶつけていたのです。
呆然とする彼を残して、ホテル前に止めてあるタクシーに乗り込んだ私は
(あーせいせいした)
としか思っていませんでした。
それ以来半年経ちますが、彼とは一度も会っていません。
なぜあそこまでイライラしていたのか、よくわかりません。説明のしようが無いのです。ただ、殺される!という恐怖だけが、心を支配していました。
事実あの日以来、何度も危ない目に遭っています。命を狙われている!という思いは、次第に確信に変わっていきました。
私は、小学生のころから空手をやっていて、2段の免状を持っています。
高校生の時には、いじめっこの男子5人をひっぱたいて、土下座をさせて謝らせたこともあります。
自他ともに認める正義感の塊だった筈の私・・・
その私が壊れようとしていました。
(あの子は一体何者なのか?)
(あのまま成長したら、どんな大人になるのか?)
少女の影にひたすらおびえ、部屋にこもる日々。
外に出たら殺される!
それが何故かわかっているから、外出できないのです。
そしてついに見たのです。
朝、やつれ果てた自分の顔を何気なく見た時、その顔が私の顔じゃなく、
私を睨みつけた、あの子の顔だったのです。
「てめーいい加減にせーよ!!」
突然、私の中で怒りが爆発しました。
「てめーに負けるかよ!ボケ!カス!」
(殺せるもんなら、殺してみやがれ!)
私は、ずいぶん長いこと、タンスにしまっていた空手着を持ち、外に出ました。
太陽が眩しかった!
そのまま、小さい頃から通っていた、空手道場に向かいました。
今、私は、毎日道場に通いながら、心で叫んでいます。
「どこからでもかかってこいや!!」
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話