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長編16
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花朝月夕~盲目の君

夜風にのって微かに春の匂いが漂う、そんな少し肌寒い夜。

就職難民生活早一年。

大学卒業後に内定がもらえず、食いつなぐ為に始めたコンビニ夜間のバイトも、かれこれ一年目を迎えようとしている。

おまけに店の店長からは、

『このままウチで働き続けてもいいんだよ?U君ならウチは大歓迎だ!』

などと永久就職を打診される始末だ。

まあこの仕事も悪くは無い。

悪くは無いが、まだ諦めきれていない自分がいる。

悪あがきと言われればそれで終いだが……。

「ハァ……」

余計な事を考えまいと、後ろ手に頭を激しく掻く。

それにしても……。

店内をぐるりと見渡す。

品出しを終え掃除も済ませた。

しかも時間は深夜帯。

客もほとんど来ないためする事は皆無。

相方のCさんは仮眠に入ったため二時間は休憩室から出てこない。

つまり、

「暇だ……」

まあだからこそ夜勤を選んだというのもあるが……。

ふと、カウンター越しに店の外に目をやる。

店の灯りに照らされ、桜の花が真っ暗な闇夜から浮き出す。

静かに淡く咲く花弁が、普段見慣れた平凡な風景を、豪華絢爛な春色で染め上げている。

深夜のコンビニで一人夜桜か……。

なんとも詫びしいものだ。

「ふああぁ……」

抑えきれない欠伸に気の抜けた声が店内に響く。

「春眠暁を覚えず、か……」

などと肩を竦め一人ボヤいていた時だった。

「あの……」

「えっ……?」

突如した声にハッとして目を見開いた。

カウンターを挟んで向かい側に一人の女性の姿……が……。

その瞬間、俺の目は目の前の女性に、文字通り釘付けとなっていた。

雪解け水のように潤う真っ白な素肌、まっ更な艶のある長い髪の毛、目の作りから綺麗な手先まで、精巧に作られた美しい人形の様な姿。

あまりの突拍子のない展開に思わず自らの頬を抓りたくなる。

歳は幼くも見えるが、どこか大人びた落ち着いた印象。

女性の淡く儚げな唇が微かに動いた。

「あの……?」

「へっ?ああ、は、はい!」

戸惑い気味の俺の声に、女性はその小さな肩をびくりと震わせ後ずさった。

「ああっ、す、すみません!ええと、な、なにかお求めの物でも?」

「えっ……?」

「た、例えば!」

そう言って俺はカウンターから出ると、近くのデザートコーナーからマリトッツォを取り出し女性に差し出した。

確か若い女性に大人気だと前に聞いた事がある。

いや、あれは去年の話だったか?

いやいや、人気商品だからと店長が気合いの入ったポップを描いて宣伝してるくらいだから間違いないはずだ。

「マリトッ……つぉ?」

「は、はい」

女性は聞き返しながら、俺の手元にあるデザートを手に取り、やんわりと菓子袋を手に取った。

「これがマリトッツォ……実物はまだ見た事ありませんが、聞いた事はあります……これがあの……」

おお、食いついたぞ!ありがとう店長!

ん?まだ見たことが無い?いや、今自分の手で取ったはずだか。

が、女性は手に取ったマリトッツォを手でフニフニと軽く触るだけで、視線を一度も手元に向けようとはしない。

あれ?何だ……何か違和感を感じる。

この違和感は……?

「やだ……じゃなくて、私デザートを買いに来た訳ではなくて……あ、こ、これお返しします」

そう言って女性はおぼつかない手つきで俺にマリトッツォを返してきた。

受け取ろうと広げた俺の指先に菓子袋が触れた。

ん?普通は俺の手の上に置くのでは?

「あ、ごめんなさい、どうぞ」

再度女性はマリトッツォを俺に手渡してきた。

今度は確認するかのように手の上に。

もしかして……?

目が見えない……のか?

よく見るとカウンターの外に一本の見慣れない杖が立て掛けられていた。

あれって確か……白杖……だっけか?

白杖は主に視覚に障害がある方が使用する補助具だ。

これを使い点字ブロックの確認や、周囲の人間に自分が視覚に障害があると注意喚起を促す役目があるとか、大学時代に聞いた事がある。

盲目の君……か。

色々と聞いてもみたいが初対面であれこれとは聞けない。

いや待て、盲目の君は俺に何か尋ねようとしてなかったか……?

しまった。

「あっ!な、何か俺に聞きたい事があったんですよね?何でしょうか?お、俺で良ければ何でもお答えしますよ!こう見えてY大学出てますんである程度の知識は、」

って面接でもないのに何全力アピールしてんだ俺は……まあ内定ももらえない就職難民だが……。

「Y大学……?それは凄いです、頑張られたんですね」

そう言って盲目の君は自分事のように嬉しそうにはにかんだ。

変わった子だ……まあ俺も人の事言えないが、初対面の俺にこうやって気を使ってくれるなんて、きっと心根の優しい子なんだなと素直に思う。

「い、いや、そんな大した事でも……そ、それよりどうされたんですか?」

自分で自慢しといて急に照れくさくなり、俺は直ぐに話を戻した。

「あ……そ、そうでした。じ、実はその、」

そう言って盲目の君は気恥しそうにしながら口籠ってしまった。

何だ……これは……?

も、もしかして……春……春なのか!?

氷河期時代を耐え抜いた俺の元にもようやく春が訪れたというのか!?

「声が……するんです」

「そうですか恋です……えっ?声?」

「はい……女の子の声が……」

「女の……子?恋ではなく?」

「恋?」

「ああいや!なな、何でもないです忘れてください!そ、それで女の子の声……とは?」

言って激しく後悔した……。

にしても女の子の声が聞こえるって?

「実はその、外の桜があまりに綺麗で、思わず散歩に出てしまい……ふ、普段は夜は絶対に出歩かないんですけど、今日は何だか寝付けなくてその……こっそり家を……」

「抜け出して来た……と?」

そう聞くと盲目の君は激しくコクコクと頷いて見せた。

「で、でですね……歩いていたら声が聞こえたんです。女の子の声が」

「声……なんて聞こえたんですか?」

疑問に思い聞き返す。

すると盲目の君はさっきとは打って変わり、どこか冷めたような、そして切れ長で射すくめる様な目を俺に向けてきた。

そして……。

「助けて……と」

それを聞いて俺は思わずぞくりとしてしまった。

こんな夜中に女の子の声で助けて……だと?

それって下手したら事案ってやつでは?

このご時世だ。

虐待って事もある。

そうなるともはや一コンビニ店員の俺の手には負えない案件な気がする……。

「それでその……その子を助けてあげたくて……困ってたら明かりが見えたのでこのコンビニに……」

言いながらまたもや気恥しそうにモジモジとしだす盲目の君。

畜生こんなの反則だろ。

全力で助けてあげたくなるじゃないか。

「そ、それは大変ですね。何かあったらいけないし俺で良ければ……あっ……」

しまった。

曲がりなりにも俺は今バイト中だ。

店はどうする?

一年間もお世話になったこの店を、店長を裏切るのか?

否、俺は決してそんな薄情な女ではない。

他の子に比べ背も高いし目付きも悪い、男と間違わられる事もしばしば、けれど義理人情には熱いと自負している。

まあ男に興味が無いというのが難点でもあるが、それはひとまず置いとくとして……。

俺はくるりと踵を返し休憩室に振り返ると、心の中で強く叫んだ。

すまんCさん!

そう念じると、役一年間の恩を仇で返すことを誓った俺は、座椅子に掛けていたジャケットをそそくさと羽織、カウンターを出て、盲目の君を外へとエスコートした。

許せ店長。

女には時として非情にならねばならない時もあるのだ。

「あ、あの?」

「はい何でしょうか?」

「えっと声を掛けた私が言うのもなんですがその、お店の方は……?」

申し訳なさそうに盲目の君が顔を上げて言った。

「いいんです。うちの店は助け合いがモットーですから、地域密着型というやつです。なあに、きっと今頃店長も草葉の陰で喜んでくれているはずです」

「草葉の陰?」

「ああ気にしないでください。此方の話ですから。さあ行きましょう」

まあ死んでないしピンピンしてるけど。

そう胸の内で呟きながら、もう一度店に振り返り謝罪の念を送ったのち、どさくさに紛れつつ俺は盲目の君の手を引いて夜道を歩き出した。

彼女の話を詳しく聞くところによると、どうやら声が聞こえたのはこの辺りになるらしい。

場所はコンビニから歩いておよそ五分程度。

旧市街地の様な場所で、新築マンションが立ち並ぶ駅前とは大違いだ。

木造の家が多く、古い家をリフォームした一軒家がちらほら、商店街もあるが殆どがシャッターが開いてるところを見たことが無い。

後は築何年かも分からない程の老朽化が進んだ建物ばかり。

昼間なら気にはならないだろうが、夜に来ると流石に雰囲気がある。

「つかぬ事を伺いますが」

「あ、はい何でしょうか?」

俺の問いに盲目の君は小首を傾げた。

一々動作が可愛いなこの子……。

いかんいかん、

邪念を払う様に頭を振ると、俺は再び口を開いた。

「け、警察には連絡されてないんですか?」

「警察……ですか?」

「ええ、いやほら、もし何らかの事故に巻き込まれているんだとしたら、俺なんかじゃなくてむしろそっちの方がと素朴な疑問が……」

「信じてもらえないかも……しれないから」

「信じて?」

何がだ?

夜中に女の子の声で助けてと聞こえたんだ。

例えそれが間違いだとしても、警察も話くらいは聞いてくれると思うのだが……?

実際一般的に警察もそんなに暇じゃないんだからと思われがちだが、実際はそうでも無い。

むしろ通報をか論じて失態を犯すケースも増えており、逆に些細な事でも警察は動く事の方が、今は多いのだという。

と、大学卒業後に警察官僚を目指す大学時代の友人に愚痴を聞かされた事がある。

「そんなもんですかね」

「はい……それに……」

ボソリと言った俺に、盲目の君は一度顔を伏せたかと思うと、再び顔を上げ頷きながら口を開いた。

「店員さん、桜を見られてましたから……」

「えっ?桜?」

「はい、桜の花が見えたのでしょう?」

「桜……ああはい。確かに見てましたけど、」

その時だった。

「助け……て」

「なっ!?」

彼女の声ではない。

だが確かに今ハッキリと聞こえた。

少し肌寒い夜風にのって、か細い第三者の声。

幼き少女の、今にも事切れそうな声が。

「い、今女の子の声が……!?」

「はい……聞こえました」

驚きを隠せない俺に盲目の君が頷き言った。

本当だったのだ。

彼女の聞き間違いでも気のせいでもない。

これはまごうことなき……事案!?

ヤバい、やはり警察か??

ドキドキと心臓が高鳴っていくのが分かる。

スマホは何処だと、落ち着かない手でポケットをまさぐる。

とりあえず今は通報が先だ。

ようやく当たりを引きスマホを取り出すと、画面に指先をはわせ110番と打ち込もうとした時だった。

「えっ?何を……?」

通話ボタンを押す指を静止された。

盲目の君に。

目が見えないんじゃないのか?

盲目の君は俺の顔を真っ直ぐに捉え、ゆっくりと首を左右に振って見せた。

その仕草にはどこか力強い説得力を感じてしまう。

何がと聞かれても説明できないが、俺はそれに従うまま、そのままスマホをポケットに閉まってしまった。

「あの家のようです……行ってみましょう」

「えっ?ああ、はい……」

言ってから歩き出す盲目の君に、俺は素直に従い後を着いて行く。

見えているのか?

いや、ここに来る途中も足取りはおぼつかなかったはずだ。

実際手を引いて歩いていたが、ここに来る途中何度かバランスを崩し掛けていた時もあった。

だが今はそんな事微塵も感じさせないほど、盲目の君は力強く歩を進めて行く。

何なんだこの子は……?

暗闇の中、俺の目の前を歩く盲目の君の後ろ姿……思わず背中越しにこの女性に対し、俺は僅かながら畏怖の念を感じざる得なかった。

やがて着いていくと、彼女の足はとある一軒の平屋の前で止まった。

木造の寂れた家屋。

昔は小綺麗にしていたのだろうか、玄関先には植木などが置かれていたが、もう何年も手入れされていないせいか、枯れ果てひび割れた植木鉢が寂しく並べられている。

他にも折れた傘や錆だらけのノコギリなど物が乱雑に置かれている。

窓にはカーテン。

微かに光も見えるため人は住んでいるようだが……。

「こっちです……」

そう言ってさも当たり前の様に敷地に入り庭先へと通じる道を歩き出す盲目の君。

「ちょ、ちょっと!」

思わず可能な限りの小さな声で呼び止めるも、盲目の君は知らぬ存ぜぬの様子で歩みを止めようとはしない。

意外と頑固な一面も……いや、それはそれで有りだ。

などと馬鹿なことを考えつつ、俺も釣られて後を着いていく。

やがて枯れた花壇を通り過ぎ、トタン屋根のこじんまりとした物置の前で、盲目の君と俺の足は止まった。

この物置……。

「まさか、こ、この中に?」

背後から耳打ちする様にして尋ねる俺を無視して、彼女が物置小屋の引き戸に手を掛けた時だった。

「なんだお前ら……?」

背後から低い嗄れた声が響いた。

即座にその場で振り返ると、そこには七十歳程の怪しげな老人が、着崩れたダウンジャケットを着て立っていた。

老人だというのに体格も良く、その目つきは鋭い。俺達を威嚇しているのが直ぐに分かった。

ヤバい、これは非常にヤバい。

警察にでも通報されようものなら、バイトを首になるどころか今後の就職活動もヤバい。

俺は慌てて両手を目の前でばたつかせ弁明を始めた。

「ち、違うんです!おお、俺達この辺りを散歩してたら子供の声が聞こえて、それでその心配になってついここに入ってしまったというかその、」

嘘は言っていない……はず。

「子供……じゃと?」

突然、老人が上擦った声でそう聞き返してきた。

目を見開き、何かに驚き、いや、何かに怯えているようにも見える。

しかもその老人の視線は俺達をすり抜け、件の物置小屋に向けられているのがハッキリと分かる。

──ガタッ

今度は盲目の君がいる背後から音が聞こえた。

何事かと振り返ると、彼女が躊躇なく引き戸に手を掛けていたのだ。

不法侵入に押し入り強盗のおまけ付き、これじゃ役満じゃないか。

慌てて彼女の暴挙を止めようとした時だ。

「触るな!」

老人とは思えない程の怒声が夜空に響いた。

思わずびくりと肩を震わせ振り返ると、激高した老人が今にも飛び掛りそうな勢いで此方を睨みつけている。

「ああ、あのすみません!す、すぐ帰りますから!ほら迷惑だから帰りましょう」

慌てて弁明し盲目の君にそう呼び掛けるも、彼女は老人に臆する事もなく、物置に対峙したまま動こうとしない。

「き、聞いてます?早く帰り、」

俺がそう言いかけた時だった。

「あの子は用務員さんをお友達と思っていたそうですよ……」

「よ、用務員……さん?」

彼女の言葉に俺は聞き返す。

何の話だ?用務員?

用務員って小学校とかの?

「な、何故それをお前が……!?」

「えっ?」

驚きの声を挙げる老人。

思わず盲目の君と老人を交互に見る。

このじいさん、用務員だったのか?

いや、そもそもなぜ彼女がそれを知って?

そう疑問が頭の中を過ぎったが、それに答えるようにして、盲目の君が言葉を続けた。

「あの日も遊びにおいでと、あの子を誘ったんですね。親には学校から連絡しておくからと安心させて……」

あの子……?声の主でもある少女の事だろうか?

それにしても突然なぜこんな脈絡もない話を?

ひょっとして彼女は少女と老人の知り合い?

いやそれは……とにかく分からない事ばかりで考えがまとまらない、混乱するばかりだ。

「お、お前……ああ、あの女の子の知り合いか何かか!?」

驚愕の顔で問いかける老人、だが、盲目の君は老人に振り返ることも無く、ただこう答えた。

「女の子……?私、あの子と言っただけで、女の子何て一言も言っていませんが……?」

その一言で、現状は一変した。

老人は気が狂ったかのような雄叫びを上げ、老体と思えない動きで盲目の君に飛び掛かろうとしたのだ。

咄嗟の反応だった。

俺はありったけの力を込めて掌底を老人の顔に叩き込んでいた。

老人は勢いよく地面に転がり悲痛な呻き声をあがている。

しまった、やってしまった。

大学時代に習っていた空手がよもやこんな時に……。

だが深くは入っていなかったのか、老人の意識は途絶えておらず、もう一度起き上がって来そうな勢いだ。

しかし次の瞬間。

──ウーウー!!

けたたましいサイレンの音が夜空に鳴り響いたのだ。

同時に赤色灯の明かりがあちこちに見て取れた。

警察?なぜ?誰かが通報?

いや、それより今は……!

「あの!早く女の子を!」

そうだ。

今は何よりも人命が最優先だ。

物置に監禁されている少女を早く出してあげないと。

が、俺に言われるまでもなく、盲目の君は既に物置の引き戸を開け放ち中へと踏み込んでいた。

そして薄暗の中、置かれていた古めかしい大きなスポーツバッグの前に立つと、ゆっくりとジッパーを開ける。

少女の様態は?

俺も気になって、盲目の君の肩越しに身を乗り出す。

──ズルリ

「えっ……」

そこで、俺は言葉を失った。

盲目の君はバッグから少女を抱き抱えた。

そして、慈しむように、やんわりとした口調で声を掛けた。

「良かった……ここから出してあげる……暗かったね、怖かったね、でももう大丈夫だから……ね?帰りましょう……」

そう言ってどこまでも悲しい、悲哀に満ちた声で、彼女は少女に語りかけた。

一筋のキラリと光る雫が、盲目の君の顔から、ポタリと少女の体に流れ落ちた。

いや、少女であったであろう、今にも崩れ落ち粉々に砕け散りそうな骸骨に……。

背後から数人の男達の声。

その声が耳元に届く寸前に、俺は発狂するかの様な叫び声を挙げていた。

※エピローグ

あれから一ヶ月が立った。

あの日、警察に任意同行を求められ、俺と盲目の君、そして老人の三人は警察署へと連れていかれた。

正確には少女の遺体を入れて四人だが……。

因みに警察があのタイミングで現れたのは、俺が110番を入力したままのスマホをボケットに閉まったのが原因だった。

誤動作で知らないうちに通話してしまっていたのだ。

今は警察にスマホで通報すると自動的にGPSで座標が送られてしまい、現在地が特定されてしまう。

それがあの現状へと繋がったというわけだ。

話を戻すと、俺は盲目の君が視覚障害があると知って家まで送る途中、たまたま通りかかった家を彼女の家だと勘違いし、それを知らずに彼女が物置に入った事で、あの遺体を発見したと、警察に供述した。

老人が正直に答えれば辻褄が合わない話だが、俺には一つの自信があった。

あの老人は、もう正気ではいられないと……。

俺の予想は見事に的中し、警察の話によると、老人は終始意味不明なことを繰り返していたという。

そして供述の中で、自分が少女を手にかけたとほのめかしているのだという……。

事件が落ち着くまでは、暫くは他言無用、それまでほ何度か事情を伺う事にはなると言われたが、老人が少女の事件の事に関しては概ね認める内容だったため、俺と盲目の君は早々と警察から解放される事となった。

事件はその全貌を日の本に晒し始め、連日ニュースでも取り上げられ始めた。

二十年前、近くの小学校で一人の少女が行方不明となった。

当時、その学校で用務員を勤めていたのが、あの件の老人だったのだ。

老人は少女と仲良くなり、イタズラ目的で言葉巧みに少女を家へと誘い込み、騒がれた後に衝動的に首を絞めてしまったとの事……。

何とも身勝手で非道なのだと憤りを感じる事しかできない事件……だごそれよりも、俺の頭の中は、あの盲目の君の事でいっぱいだった。

今もまた、夜勤中コンビニの店内で一人、悶々とあの日の事を思い返すばかり。

「ふう……」

ため息をつきつつ、入口の外付近にある桜の木に目をやる。

そう言えば店長が帰宅前に、

『今年も咲いたね』

と、顔を綻ばせながら言っていたのを思い出した。

咲いた……ね、か。

花弁はポツポツとしかなく、以前に比べ花も残り少ない。

まあ咲かないよりはましだと思いつつ、俺は欠伸をしつつ背伸びをした、その時だった。

「あの……」

「えっ……」

思わず短く返事を返す。

あの時もこんな感じだった。

桜を見て、思わず欠伸をした時に掛けられた声。

消え入りそうな、か細い盲目の君の一言。

春を告げる妖精、もしそんなものがこの世に存在するのなら、それは今目の前にいる女性以外に他ならないだろう。

盲目の君……正に今、その彼女が俺の目の前に立っていた。

だが以前の俺とは違っていたのも、同時に感じている。

一人舞い上がり、そして恐怖したあの夜とは違い、今夜はやけに冷静な俺がいたのだ。

そして、もう一度会えたのなら、聞こうとしていた事を、俺は落ち着き払った言葉で彼女に伝えた。

「なぜ……あの時俺に助けを求めたの……?」

「桜が……見えていたので……」

「桜……?」

そう言えばあの時も同じような事を言っていたのをふと思い出す。

「桜って、あの店の前にある……?」

「はい……私もあの夜、家の窓から見えていましたから……貴方には、あの桜の記憶が見えていたのが直ぐに分かりました……もしかしたら貴方になら……と」

「桜の……記憶?」

「はい……満開の桜が見えたのでしょう?でも、あの時桜はまだ咲いていませんでしたよ」

「咲いていない……?いや、だって今もう枯れかけじゃ?」

「枯れかけ?いえ、今丁度咲き始めたばかりです」

その瞬間、店長の言葉が頭の中に過ぎる。

『今年も咲いたね』

咄嗟にカウンターを出て入り口へと向かう。

桜の木をよく見ると、木々に新芽と思われるものが見て取れる。

考えてみればおかしい、なぜ気づかなかったのだろう。

店回りを掃除した時も、桜の花びらなんて殆ど落ちていなかったじゃないか。

どんだけ世間に無頓着なんだ俺は……。

夜間のバイトだからと、引き籠もりがちになっていたからか?

思わず自己嫌悪に陥りそうになりながらも、ふと盲目の君の言葉が思い返される。

「桜の記憶……?」

ぽつりと呟くように言った言葉に、彼女はゴクリと頷き言った。

「貴方の塞ぎ込んだ顔を毎日見ていて、元気を出してもらいたかったようですよ……」

「俺に……?」

「はい……」

それ以上、彼女は何も説明しようとはしなかった。

なぜそう言い切れるのか、そしてなぜあの時、少女の居場所が分かったのか、少女と……少女の遺体と会話できたのか……そしてその少女の声が、なぜ俺にも届いたのか……。

分からない事ばかり。

でも、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

およそとても信じられない様な体験ではあったはずなのに、どこか清々しい気分でもあったからだ。

「あの……」

「あ、はい、何でしょうか?」

「私……私の名前、きょ、響花って言います。それであの貴方の……貴女のお名前を聞きたくてその……今日は……」

その恥じらうような仕草が愛しく、可愛らしくて、俺は小さく笑みを零しながら答えた。

「俺は……いや、私の名前は……」

春の朝の花を愛で、秋の夕方の月を愛でる。

俺の名前は悠月。

花と月。

大学時代に習った花朝月夕という言葉をふと思い出し、俺の心は、まだ肌寒い春先だと言うのに、陽だまりの様な心地よい火照りに、いつの間にか満たされていた……。

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@杳 様、ありがとうございます✨

春まじかですもの。怪談でもキュンしてもいいですよね💕

見えぬものだからこそ、感じ取ることに力が働き、そこに見出されるものに思いを馳せる。
たとえ見えなくても良いんです。
何か大事なものを感じられれば、それは自分だけの宝となりましょう🍀*

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