思い出の中のこの街はいつも夕暮れだった。僕の育った街だ。田んぼの中を走る大きなバイパスに、しがみつくように民家とコンビニが並ぶ。どこにでもある田舎の風景だった。
この街には五つの小学校がある。それぞれにありきたりな七不思議のような話があって、そのほとんどはもう忘れてしまったけど、一つ、なぜかずっと、今でも覚えている話がある。それは、僕の通っていた小学校ではなく、その隣のK小学校の話だ。
K小学校は、寂れた町内の小学校の中でも特に酷く、田んぼに囲まれて建っていた。それでも、校門に面した道路は隣の市街へ続く道だったから、多少の交通量があった。
僕は幼い頃、よくその道を自転車で通っていた。意味もなく市街へ繰り出すのが、その頃の僕にはきっと楽しかったのだ。
そして、帰り道は決まって夕暮れだった。田んぼに囲まれたこの街では、夕陽は異様に大きく、赤く見えた。
18時のチャイムが鳴る頃、あの校門の前を通る。僕はいつもそっちを見ないように自転車を漕いだ。ーーあの話を思い出していたからだ。
K小学校の校門を18時00分ちょうどにくぐると二度と外へ出れなくなるーー。
ただそれだけの、今思えば幼稚な噂話だったけれど、当時の僕は妙にその話に惹きつけられた。何かしらの現実逃避でもあったのだろう。夕陽で真っ赤に染る校庭を永遠に彷徨う幻想に、心の暗いところで常に惹かれていた。それでもその校門の前を通る時は、やっぱり少し怖かった。
僕は今年で24才になる。家のことが少し片付いて、来月からは別の街で暮らすことになった。だから、 最後に、K小学校へ行ってみようと思う。ちょうど歩いて30分ほどの道のりだ。軽い散歩とでも思えば良い。
街は相変わらず夕暮れだった。もう夏も終わって、夕陽は秋の色をしていた。
日中より少し下がった気温を肌に感じながら、それでも、しばらく歩くと汗が滲んできた。古びた自販機の前を通る度、何も持たず家を出たことを悔やむ。
そうするうちに市街へ続く道路に出て、さらに数分歩くとK小学校が見え始めた。
K小学校は思いのほか小さく見えた。白い校舎に夕陽があたって、その小さくて可愛い建物は、何だか少し儚げに思えた。校門の前へ立って、グラウンドや鉄棒を眺める。どれもミニチュアのようだった。
自分は大人になったんだ、と今更ながら実感して、胸に影が差すような懐かしさと感傷を覚えた。
18時のチャイムがなる。
その時、視界がぐにゃりと赤黒く歪んだ。あの校舎もグラウンドも目に映る全てが気味の悪い赤だった。
ふと気がつくと校門を挟んだ内側に十数人の子供たちが並んでこっちを見ていた。
ゾッとした。何故かみんな着ている物の年代が違う事も、全員が揃って無表情な事も気味が悪いが、何より、彼らが同時に口を少しずつ開けていく、その口内の真っ暗な闇が死ぬほどに厭だった。
ノイズのような耳鳴りの遠くで不気味なチャイムが鳴っている。
それがやっと終わりかける頃、彼らの口はまん丸な黒い穴になった。気づけば目も同様に二つの黒い穴だった。三つの穴が十数個並んでこっちを見ている。
そのほかは全部が赤だ。赤、赤、赤、赤、赤、黒、黒、黒…。
18時のチャイムが終わる。
はっと息を飲んだ。視界は元に戻っていた。時計は18時01分を指していた。無意識に止めていたのか、息が切れて動悸が酷い。加えて全身汗だくだった。
通りがかりの犬の散歩をしている女性に怪訝な目を向けられている事に気づき、何とか急いで歩き出した。これでは、完全に不審者の出で立ちだ。
歩きながら頭の整理を試みる。あれは何だったのだろう。恐怖もさることながら、なぜだか今は酷く悲しい心持ちだった。彼らは一体…。
思い返そうとして記憶にノイズが走る。無表情の子供たち、赤い校舎とグラウンド。ーーそして、
その奥に佇む黒い影…?
何か思い出しそうになって、考えることをやめた。
ただ一つ、僕はもう一度この街へ帰って来なくてはいけない。そんな気がした。
K小学校には何かがある。何年先になるかはわからないが、もう一度、夕暮れのこの街へ来て、そして、18時のチャイムと共にあの校門をくぐろう。
そうしなければいけない、と強く思った。理由は知らない。
作者ツーミィの猫庭
初投稿です。洒落怖が好きで、文学が好きで、書いてみたらこの様な中途半端な物が出来ました。小説は筋こそ命、という方にとってはつまらないものだと思います。
実は、怪奇現象に遭遇する場面以外は自分の住んでいる地元をそのまま題材にしています。街の描写も、噂話も実在するものです。