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【女性限定シェアハウス。家賃3万】
ネットで見つけた、たった一行の短い文。
一人暮らしの経験がない私からしてみれば、初めて自分で契約する物件を探すということは、想像以上に心細くてとても不安なものだった。
(東京で家賃3万だなんて、相場の半額以下だけど……。本当に3万で住めるの? もしかして、掲載ミスとか……。でも、もしこれが本当なら凄く助かる)
2年同棲していた彼氏と別れ、私は早急に新しい家を探さなければならなかった。
大学進学を機に、田舎から上京してきて3年目。東京の家賃は想像以上に高く、とてもじゃないけど一人暮らしなどできそうもない。
大学の寮に戻ろうとも考えたけれど、生憎と、全て埋まっていて入居ができなかった。
『見つかるまで、ゆっくりしていいよ』
そうは言われたものの、別れているのにそのまま暮らし続けるのは何だか気が引ける。
(電話するだけなら、大丈夫だよね。おかしいと思ったら、辞めればいいだけだし……)
怪しさは感じたものの、その家賃の安さに惹かれた私は、記載されていた番号に電話を掛けてみた。
ビクビクとしながらも、耳にあてた携帯から聞こえてくる呼び出し音に集中する。
『——はい』
数回鳴って繋がった電話口から聞こえたのは、穏やかで優しそうな女性の声だった。
女性の名前は中西静香さん。大手企業で重役を務める、バリバリのキャリアウーマン。
そんな肩書きに、少し臆してしまった私。それでも、電話口から聞こえる優しい声はとても人当たりが良く、すぐに打ち解けた私は気付けば1時間近くも通話していた。
個室部屋で八畳一間の家具付き。バストイレ別で、初期費用なしの光熱費込みで3万。
そんな好条件と、静香さんの人柄に惹かれた私は、物件など見るまでもなく即決してしまった。
(早まっちゃったかな……。やっぱり、物件は見ておくべきだったかも)
後々そんな事を考えていた私は、キャリーバッグ片手に立ち止まると、やっぱり即決して良かったと改めて思った。
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「わぁ……! 素敵な家」
目の前にある白塗りの可愛らしい家を眺めて、キラキラと瞳を輝かせる。
六十坪程の土地に建ったその家は、全体が白を基調とされている女性らし造りで、色とりどりのガーデニングがその周りに色を添えていた。
(本当に、3万で住めるのかな……?)
そんな不安を抱き始め、緊張で少しだけ震え始めた指先で目の前のインターホンを押した。
———ピンポーン
『——はい』
「あっ、あの……樋口真紀です」
『……あ。ちょっと待ってね』
インターホン越しから聞こえてくるその声は、先日電話口で聞いたのと同じ穏やかな声で……。緊張で固まっていた私は、ホッと息を吐くと肩から力を抜いた。
「——いらっしゃい、真紀ちゃん」
程なくして目の前の玄関扉から現れたのは、優しい笑顔を浮かべるとても綺麗な女性だった。
その想像以上に美しい姿に、私は再び緊張で固まると思わず見惚れてしまった。
スラリと伸びたモデルのような手足に、ニキビ一つない整った小さな顔。サラサラの綺麗な長い黒髪を耳に掛ける仕草は、なんだかとても色っぽくて……思わず、ドキリとする。
「迷わなかった?」
「……っあ。はい! 大丈夫でした!」
ペコリと小さくお辞儀をすると、クスリと笑った静香さんは、「どうぞ中に入って」と言って優しく私を迎え入れてくれた。
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「真紀ちゃんの部屋は、ここ。自由に使ってね」
そう案内された部屋には、ベッドと大きめな棚が用意され、その横にはクローゼットまで付いている。壁にはベッドと同系色の可愛らしいピンクのカーテンが掛かり、全体的にとても女の子らしい部屋だった。
「あの……。本当に、3万でいいんでしょうか?」
(こんなにいい部屋を、本当に3万で貸してもらえるの……? もしかして、私の聞き間違えかも……)
この部屋を見ると、何だかそんな気がしてくる。
「安心して。光熱費込み、3万で大丈夫よ」
私の不安な気持ちを察したのか、静香さんはフフッと柔らかく笑うとそう答えた。
その後、一旦荷物を部屋へと置くと、一通り家の中を案内してくれた静香さん。
リビングは二十畳程あり、そのあちこちには綺麗な花や観葉植物が置かれている。その広さには圧倒されるものの、センスのよい部屋には居心地の良さを感じる。
1階には、リビングと居室が2部屋にお風呂とトイレが。2階には、寝室が3部屋とトイレがあった。
こうして見てみると、家賃3万で住めることが本当に夢のようだ。隣で説明をしながら微笑んでいる静香さんを見て、私は奥にある一室の扉を指差した。
「あの……あの部屋は?」
先程から、家の中を案内してくれている静香さんは、全ての扉を開いて中を見せながら説明をしてくれていた。
2階奥にある、あの部屋を除いて。
「……あそこは、私の趣味の部屋よ。恥ずかしいから、覗かないでね」
私の指差す方向に目を向けた静香さんは、その視線を再び私へと戻すと困ったように微笑んだ。
「あっ……はい! 絶対に覗きません!」
失礼な事を言ってしまったかと焦って頭を下げると、そんな私を見てクスリと笑った静香さんは、「お茶にしましょうか」と言って私をリビングへと誘った。
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「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
目の前に出せれたティーカップを手に取った私は、一言お礼を告げると中に注がれた紅茶を一口飲み込んだ。
手元のカップをソーサーに戻すと、そっと視線を上げてみる。すると、優しく微笑みながら私を見つめる静香さんと視線がぶつかった。
「……真紀ちゃん、可愛いわね」
「えっ……!」
突然そんな事を言われて、驚きにピクリと小さく肩が跳ねる。
こんなに綺麗な静香さんにそんな事を言われれば、お世辞とわかっていても見る見る内に私の顔は赤く染まっていった。
「……かっ、可愛くなんてありません。静香さんの方がよっぽど綺麗で……羨ましいです」
赤くなった顔を少し俯かせると、そんな私を見つめる静香さんはフフッと小さく声を漏らした。
「ありがとう。でも、真紀ちゃんの方が可愛いと思うな。……茹でダコみたい」
赤く染まった私の頬をツンッと軽くつつくと、優しく微笑む静香さん。その仕草に、私の胸はドキリと鼓動を跳ねさせた。
相手は、女性だと言うのに。
(こんなことで、これから本当に一緒に暮らしいけるのかな……)
とてもじゃないけど、私の心臓が持ちそうにない。
早鐘のようにドキドキと高鳴る胸を押さえると、私はそれを抑えるかのようにして小さく息を吐いた。
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アルバイト先であるファミレスの更衣室で、壁にもたれ掛かりながら携帯を弄っている香澄。そんな香澄は、私にチラリと視線を向けるとおもむろに口を開いた。
「……で、新しい家はどうなの?」
『それ、絶対に怪しいよ。やめときな』
ネットで見つけたシェアハウス募集サイトを見せた私に、香澄は以前そう言って反対をしていた。
シフトが被らなかった事もあり、それから香澄と会うのは約二週間ぶり。
その間に、勝手に入居を決めて引っ越しまでしてしまった私に、『信じらんないっ! 私、止めたのに!』と怒りながらも、今もこうして私が着替えるのを更衣室で待っていてくれている。
本当に心配してくれているんだな、と思いながら、私は制服のボタンを留めて口を開いた。
「うん……。静香さんて言うんだけどね、凄く綺麗で優しいよ」
「本当に、家賃3万なんだ?」
「そうなの。未だに信じられないけど……凄く助かる」
大学に通いながら週4日のアルバイトに出ているだけの私には、家賃3万は本当に有り難かった。
同棲なんて、するんじゃなかった……。そんな後悔をしていた時、たまたま見つけたあの募集サイト。
即決して、本当に良かったと思う。
「本当に、女の人なんだね……」
「……え?」
「3万なんて、どう考えても安すぎるでしょ? 女目当ての、キモいオヤジかなんかだと思ってたからさぁ……。3万なんて安すぎだし。何か裏があるんじゃないか、って思ってたんだよね~」
そう言って、安心したかのように小さく溜息を漏らした香澄は、耳元にあるキラキラと輝くお花のモチーフのピアスを揺らした。
彼氏に貰ったというそれは、華やかな香澄によく似合っている。
「確かに……。そんな事、考えてもいなかったよ……」
「……もうっ。真紀はもっと、ちゃんと慎重に考えるべきだよ? 周りの意見もちゃんと聞きなよね」
口を尖らせて怒りながらも、「……でも、家が見つかって良かったね」とポツリと零した香澄。
「うん、ごめんね。……ありがとう、香澄」
顔を覗き込んで微笑みかけると、少しだけ照れた様な素振りを見せた香澄は、「ホント、真紀は世話が焼けるよねっ!」と言いながら携帯をロッカーにしまった。
「今日は週末だから、きっと混むねぇ〜。怠いなぁ。……そろそろ時間だし、行こっか」
ぶつくさと文句を言いながらも、壁に掛かった時計を見てロッカーに鍵を掛けた香澄。そのまま扉の方へと向かって歩いて行く。
それに倣《なら》うようにして自分のロッカーに鍵を掛けた私は、香澄を追うようにして更衣室を後にした。
廊下を抜けた先にある店内をチラリと覗いてみると、夕飯時という事もあってか既にとても混雑している。
それを確認した私は、一度小さく深呼吸をすると、「……よしっ。頑張ろう」と呟いてからホールへと続く道に足を進めたのだった。
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ファミレスでのバイトを終えた私は、パンパンになった脚を引きずるようにして歩くと、なんとか家の前まで辿り着いた。
(それにしても、今日は地獄のように混んでたなぁ……。脚は痛いし、お腹も空いたなぁ……)
そんな事を考えながら、目の前の門を開いて家の敷地へと入ると、1階の窓から灯りが漏れている事に気が付いた。もう、夜中の2時だというのに。
(もしかして……。静香さん、まだ起きてるの……?)
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カチャリと小さな音を立てて玄関扉を開くと、その気配に気付いた静香さんがリビングから顔を出した。
「おかえり、真紀ちゃん。遅くまでお疲れ様」
「あっ。……た、ただいま、静香さん」
何だかまだ少し慣れなくて、ぎこちない返事を返してしまう。
ここに引っ越してきてから、1週間と少し。静香さんは、毎日こうして私の帰りを出迎えてくれるのだ。
でも、今日は流石にないと思っていた。いくら明日は土曜日でお休みだとはいえ、もう深夜2時をまわっているのだ。
(寝ないで、私の帰りを待ってたのかな……?)
だとしたら、それは凄く申し訳ない。
引っ越し当日、静香さんはシェアハウスの募集経緯を私に話し聞かせてくれた。
念願だった持ち家を3年前に建てたものの、広すぎる家に1人で暮らすのもなんだか寂しい。かといって、男性と暮らすのは抵抗があった為、今回女性限定で募集をかけたと。
たまの休日には一緒に出掛けたり、日々の食事を共にできる……そんな相手が欲しかったのだと。
静香さんは、そう説明してくれたのだ。
「あの……っ。静香さん、もしかして私を待っててくれたんですか?」
「気にしないで。私が勝手に待ってただけだから」
そう言って優しく微笑む静香さん。そんな姿を見て、なんだかとても申し訳なく思う。
「それより、真紀ちゃん。お腹空いてない? 夜食作っておいたから、良かったら食べて」
そっと私の手を取ると、リビングへと誘導する静香さん。
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そのまま静香さんに連れられる形でリビングへと入れば、途端にフワリと香る、美味しそうな食事の匂い。空腹だった私のお腹は、その匂いにつられてグゥーッと小さく音を鳴らした。
それを聞いた静香さんは、「やっぱり、作っておいて良かった」とクスリと微笑んだ。
恥ずかしくなった私は、赤くなった顔を俯かせると、「っ……すみません。ありがとうございます」と小さな声でお礼を告げる。
ダイニングへ着くと、そこには夜食とは思えない程のたくさんの料理が用意されていた。
湯気が立っているのを見ると、私が帰宅するのを見計らって作ってくれたのだということがわかる。
ここに引っ越して来てからというもの、静香さんは毎日必ず私の為の夕食を用意してくれている。
引っ越し当日、静香さんが振る舞ってくれた手料理にとても感激した私。
自炊のできない私は、久しぶりに口にする手料理に実家を懐かしみ、静香さんの作ってくれた美味しい料理に感謝し、喜んだ。
そんな私を見た静香さんは、『私、料理が趣味なの。遠慮なく食べてね』と優しく微笑んでくれた。
そんな出来事を、つい昨日の事のように思い出す。
きっと、あの時の私を見て静香さんはこうして毎日作ってくれているのだと思う。
そんな静香さんの優しさに、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「……静香さん。本当に、毎日ありがとうございます」
席に着くと、料理を前に今一度改めてお礼を告げる。
「私ね、真紀ちゃんが美味しそうに食べてる姿を見るのが好きなの。遠慮なく、沢山食べてね」
目の前に座った静香さんは、そう言うと小首を傾げて優しく微笑んだ。
「はい。いただきます」
静香さんが見守る中、1人食事を開始しはじめた私。
そんな私を笑顔で見続ける静香さんの視線が気になり、食べ進める手をピタリと止めると口を開いた。
「あの……。静香さんは、食べないんですか?」
「そうね。……じゃあ、一緒に食べようかな」
そう言って優しく微笑んだ静香さんは、自分の分の食器を出してくると私と一緒に食事を始める。
「このお肉、美味しいですねっ」
「今日のお肉は、チキンよ。明日は豚肉にしようね。……真紀ちゃん、豚肉は好き?」
「はい! 静香さんの作ってくれる料理なら、何でも好きですっ!」
「真紀ちゃんたら……。本当に、可愛いわね」
目の前でクスクスと微笑む静香さんを見て、あのサイトを見てこの物件に出会えた事。そして、静香さんに出会えた事に心から感謝した。
今思えば、当初不安に思っていた自分が馬鹿らしくさえ思えてくる。
(こんなに素敵な人と出会えるなんて……。やっぱり、即決して良かった)
私はチキンの乗ったスプーンを口へと運ぶと、蕩《とろ》けるように柔らかく煮込まれたお肉を、4・5回噛んでから喉の奥へと流し込んだ。
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「凄く硬くなってるわね。可哀想に……」
パンパンになった私の脚を揉み解《ほぐ》しながら、悲し気な表情をさせる静香さん。
『今日は疲れたでしょ? 私がマッサージしてあげる』
先程、そう告げた静香さんに半ば強引にソファへと座らせられた私は、今、静香さんからマッサージを受けている。
元々、静香さんには少し過保護なところがある気がしてはいたが、流石にここまでしてもらうのには気が引ける。
「あの……っ。静香さん、本当に大丈夫ですから……」
「ダメよ。浮腫みは放っておくと、どんどん硬くなるんだから」
制する為に伸ばした私の手をそっと退けた静香さんは、そのまま私をソファの上で優しく倒すとうつ伏せにした。
「浮腫みは、その日の内に取っておかないとね」
そう言って私の脚を揉み解す静香さん。
(ここまでしてもらって、本当にいいのかな……)
そうは言っても、先程から静香さんがしてくれるマッサージはとても気持ちが良く、バイトの疲れもあるせいか、何だか急激に睡魔が襲ってきた。
私はソファの上でうつ伏せになりながら、その心地良さにウトウトとし始めた。
shake
———!?
突然のヌルッとした生暖かい感触に驚き、手放しかけていた意識が一気に覚醒する。
(っ、……え? 今、舐められ……た?)
驚きに固まったままでいると、その後何事もなく五分程でマッサージは終わった。
ゆっくりと私から離れる静香さん。その気配を感じ、私はうつ伏せから起き上がるとソファへと座り直した。
「……どう? 少しは、軽くなったかしら?」
私の顔を覗き込んで、優しく微笑む静香さん。
「あ……、はい」
「良かった」
フフッと微笑む静香さんを見て、さっきのは一体何だったのかと、一瞬そんな疑問が頭を過ぎる。
「……真紀ちゃん、どうかした?」
不思議そうな顔をして私を見つめる静香さん。その姿を見ると、やはりさっきのは私の勘違いだったのだと、なんだかそう思えてくる。
(あの時、突然の睡魔に襲われて半分寝かけてたし……。きっと、寝ぼけてたんだよね)
そう思って、自分に言い聞かせる。
「……いえ、ありがとうございました。とても気持ち良かったです」
「湯船に浸かると、疲れも取れるわよ。ゆっくり入ってらっしゃい」
私を見てニコリと微笑んだ静香さんは、「私は先に休ませてもらうわね。おやすみ、真紀ちゃん」と告げるとリビングを後にした。
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静香さんと暮らし始めて、早いこと3週間。
私は、何事もなく平穏な毎日を過ごしている。といっても、大学のレポートやらバイトやらで毎日が忙しい。
そんな私の癒しといえば、たまの休みと毎日の夕食だった。
静香さんは毎日欠かさずに夕食を作ってくれ、それを必ず私と一緒に食べてくれる。
静香さん自身、一人で食べるのが寂しいという理由から。勿論それもあるけれど、私も一人では食べたくなかったので、どんなに遅くなっても静香さんが待っていてくれる事がとても嬉しかった。
静香さんの優しさが嬉しかった私は、待たせてはいけないと、友達と遊びに出掛けても必ず夕食前には帰宅するようにしていた。
(静香さんみたいな人が、彼氏だったら良かったのにな……)
そんな風に思ってしまう程に、私の中で静香さんの存在は大きくなっていた。
(静香さんて、恋人とか……いないのかな?)
3週間共に過ごしている内に、ふと疑問に思った事。私の見た限りでは、仕事へ行く以外毎日自宅にいる静香さん。
とはいえ、朝は私の方が早く家を出て帰りは私の方が遅いので、実際には家にいる静香さんしか私は知らなかった。
こんなに綺麗で優しい静香さん。恋人の1人や2人、いてもおかしくはない。
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「静香さんて……。彼氏さんとか、いないんですか?」
食洗機に食器を入れながら、近くにいる静香さんにそう訊ねてみる。
「ん〜……。男の人は、好きじゃないかな」
「……え?」
その予想外の返事に、私はピタリとその場で動きを止めた。
(それって、つまり……。女性が好きってこと……?)
チラリと様子を伺うようにして静香さんの方へと視線を送ると、私を見つめていた静香さんと視線が絡まる。
「だって……。女の子の方が、プニプニしていて美味しそうでしょ?」
そう言った静香さんの表情はとても妖艶で、ドキリと鼓動を跳ねさせた私は手元を滑らせた。
shake
——パリーン!
私の手から滑り落ちた食器が、床にあたって砕ける。
「っ……す、すみません!」
勢いよくその場に腰を下ろすと、砕けた食器を拾おうと欠片に手を伸ばす。
「っ……!」
ピリッとした痛みを指先に感じた——次の瞬間。
指先に薄っすらと滲《にじ》んだ真っ赤な液体。それは見る見るうちに濃さを増し、ついにその重さに耐えきれなくなると私の指先からポタリと床へと落ちた。
「——真紀ちゃん!」
焦った声音を上げる静香さんは、私の隣に腰を下ろすと傷付いた私の指を掴んで自分の口の中へと入れた。
shake
———!?
驚いた私は、反射的にその手を引っ込める。そんな私の手をグッと引き戻すと、再び口に含んでピチャピチャと舐め始めた静香さん。
私は、そんな静香さんの姿から視線を逸らすことができなかった。
「真紀ちゃん……っ、真紀ちゃん」
そう何度も呟きながら、ピチャピチャと指を舐め続ける静香さん。
その姿は、やけに綺麗で色っぽくて——そして、何故かとても恐ろしかった。
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「……えっ!? 何それ! ……その人、レズなんじゃない?」
最近あった静香さんとの出来事を相談してみると、一瞬驚いた顔を見せた香澄。
「やっぱり、そうなのかな……」
『男の人は好きじゃない』と、そうハッキリと言葉にしていた静香さんを思い返す。
「……で、どうするの? 家出るの?」
「う〜ん……。別に、偏見がある訳じゃないし。静香さん、良い人だから……」
「あのねぇ……、わかってる? 人の指舐めて何度も名前呼ぶって、異常だからね!? 真紀、絶対狙われてるから! ……家賃3万が惜しいのはわかるけどさぁ〜」
私の言葉に急に怒り出した香澄は、最後には呆れたような顔をすると大きく溜息を吐いた。
確かに、香澄の言う通りあの時の静香さんは異常だった。
ピチャピチャと音を鳴らして指を舐めながら、私の名前を何度も呼んでいた静香さん。あの異常な光景は、私の脳裏に焼き付いて離れない。
静香さんの色香にドキリとし——それ以上に、恐ろしさで背筋がゾクリとしたのを覚えている。
それでも、やはり家賃3万はとても魅力的だった。
(そもそも、あそこを出たら住む家がなくなっちゃうし……)
黙ったまま俯いていると、そんな私を見た香澄が小さく溜息を吐いた。
「……ごめん。出たくても、もう出れないんだよね。私も、同棲してなかったら泊めてあげれたんだけど……」
「ううん、ありがとう。頑張ってお金貯めて……1人暮らしするよ」
「まだまだ、先になりそうだね」
「……うん」
「話しぐらいなら、いつでも聞くから。何もできないかもしれないけど……、困ったら言ってね?」
「うん、ありがとう」
心配そうな顔を見せる香澄に向けて小さく微笑むと、私は目の前のロッカーを閉じると鍵をかけた。
「……あっ! ねぇ、真紀の住んでる家ってどこにあるの? 私……ちょっと話してみるよ、静香さんと。話せば安全かどうかわかるし」
「あ……、家は教えられないんだ」
「え……? 何で?」
「静香さんがね……。持ち家だから、自分の知らない人に個人情報は話して欲しくないって」
「……わかった。じゃあ、探すよ。真紀から聞かなきゃいいんでしょ? なら、自力で探す!」
「……えっ!?」
その突拍子もない発言に驚き、目の前の香澄を見つめて目を丸くする。
「ここから徒歩10分だって、前に言ってたよね? 真紀の帰る方向は知ってるし、大丈夫。……うん、探せるよ!」
自信満々にそう宣言する香澄に、思わず唖然とする。
「家の特徴だって、前に真紀に聞いたし……。うん、絶対に見つける自信ある! 私が勝手に見つけたんなら、別に問題ないでしょ?」
「そこまでしなくても……。大丈夫だよ?」
「何言ってんの!? 絶対変だよ、その静香さんて人! 私が会って見極めてやるんだからっ!」
胸の前で腕組みをすると、香澄はそう言って息巻いた。
「家賃3万だってさ……もしかしたら、女の子目当てかもしれないよ? 相手が女の人だからって、安心しちゃいけなかったんだ……。あーっ、もう! 私のバカ!!」
ロッカーから取り出した荷物を雑に纏《まと》めた香澄は、「じゃ、早速今日探してくるから! バイト頑張ってね!」と足早に立ち去ってゆく。
「あっ……!」
止める間もなく、立ち去ってしまった香澄。
パタリと音を立てて閉じられた扉を眺めながら、大丈夫だろうか? と心配になる。追いかけたいのは山々だけれど、早番の香澄に対して今日の私は遅番のシフト。
先程バイトが終わった香澄と入れ違いで、私は今からバイトなのだ。
(あと、八時間か……)
「とりあえず……。バイトが終わったら、連絡してみよう」
そう小さく呟くと、私は更衣室を後にしたのだった。
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「真紀ちゃん、美味しい?」
私の目の前で、ニッコリと優しく微笑む静香さん。
あの日の事などまるで何もなかったかのように、普段通りに戻った静香さん。
私はといえば、あの時見た静香さんの姿が忘れられずに、どう接すればよいのかわからなくなっていた。
(早く貯金を貯めて、一人暮らししなくちゃ。それまでは、極力静香さんと関わらずにすればいいだけだし……)
数日前に香澄に相談した私は、その時からそう考えるようになっていた。
けれど、夕飯だけはどうしても避けられない。私の為にわざわざ静香さんが作ってくれているのだし、今まで一緒に食べていたのに突然それを辞めたら明らかに不自然だ。
「……はい。凄く美味しいです」
「良かった。今日のスペアリブは、自信作なのよ」
私の為に料理を作り、私が美味しいと言えば嬉しそうな顔をする静香さん。そんな姿を前に、チクリと胸が痛む。
(こんなに、いい人なのに……)
そんな静香さんのことを少し怖いと感じてしまっている私は、一方的に避けてしまっているのだ。
今、こうして目の前で微笑んでいる静香さんを見ていると、何故、こんなにも優しい笑顔を見せる静香さんのことを怖がっているのかと、自分でもよくわからなくなってくる。
罪悪感にそっと目を伏せると、目の前にいる静香さんが口を開いた。
「真紀ちゃん? ……やっぱり、口に合わなかったかしら?」
「あっ……、いえ! とっても美味しいです!」
心配そうに私の顔を覗き込む静香さんを見て、慌てて顔を上げると小さく微笑む。
その言葉は勿論嘘などではなく、確かにとても美味しいのだ。
(……暗い顔を見せちゃ、ダメだよね)
そう思った私は、ニッコリと笑うとお皿に盛られたスペアリブに手を伸ばした。
突き出た骨を掴んで美味しそうに肉汁を垂らす肉にかぶりつけば、口の中一杯に香ばしい香りが充満する。そのまま少し弾力のある肉を骨から剥がすと、私は口の中に入った肉の味を充分に堪能してから、ゴクリと喉を鳴らして飲み込んだのだった。
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食事を終えて自室へと戻ってきた私は、携帯を開くと画面をスライドさせた。
「まだ、既読にならない……」
手元の携帯を眺めながら、ポツリと小さく呟く。その視線の先には、香澄とのメールや通話の履歴が表示されている。
(どうしたんだろ……)
バイトで顔を合わせた日以来、香澄と連絡がつかないのだ。
私の家を探すと言っていた香澄。
その日、私はバイトが終わるとすぐに香澄に電話を掛けてみた。
数回鳴らしても繋がらない電話に、諦めた私はメールを送信しておいた。それが、未だに未読のままなのだ。
『静香さん。今日って、誰か家に来ましたか?』
3日前、帰宅した私がそう尋ねると、『誰も来てないわよ。どうして?』と不思議そうな顔をしていた静香さん。
あの日——もしかして、香澄は何処で事故にでも遭ったのだろうか……?
そんな不安が、頭を過ぎる。
私は通話ボタンを押すと、手元の携帯を耳にあてた。規則正しい呼び出し音は、何度も耳に流れては消えてゆく。
一向に繋がらない携帯を耳から離すと、諦めた私は小さく溜息を吐いて携帯を閉じた。
(……明日は、確か香澄とシフトが同じだったはず)
明日になればバイト先で会える。
そう思った私は、ベットに横になると重たくなってきた瞼をゆっくりと閉じたのだった。
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——翌日。
バイト先へ行ってみると、香澄は無断欠勤をしていた。今まで1度だって無断欠勤などした事のなかった香澄に、やっぱり何かあったのではと心配になる。
(香澄……。本当に、どうしちゃったんだろ……)
帰り仕度を終えて裏口から出ると、通りに出た所で突然見知らぬ男性が私を呼び止めた。
「——あのっ! 真紀ちゃ……っ、樋口真紀さん、ですよね?」
「……あ、はい」
何だか、見覚えのある男性。どこで見たのだろう……?
「あっ……。俺、香澄と同棲してる北川雅也です」
そう告げると、名刺を差し出した北川さん。どうりで見た事があるはずだ。
香澄のSNSには、北川さんとのツーショット写真がいくつか載せられている。けれど実際に会うのは初めてなので、直ぐにはわからなかった。
そんな香澄の彼氏さんが、私に何の用だというのだろうか?
(——! まさか……やっぱり香澄は、事故に遭って入院してるとか!?)
渡された名刺から視線を上げると、目の前にいる北川さんの様子を伺う。
「あの……っ。香澄、知りませんか?」
「……えっ?」
私の予想とは全く違った言葉に、思わず声が裏返ってしまった。そんなの、私が聞きたいくらいだ。
香澄知りませんか? ってことは、家にも帰っていないということなのだろうか……?
「あの……。香澄、家に帰っていないんですか? 4日前の夜から、私連絡がつかなくて……」
「4日前——。その日からです、香澄が家に帰ってないの」
「えっ……」
心配そうな顔をして俯く北川さん。
「あっ、あの……。その日の夕方に、香澄と会ったんです。バイトが入れ違いで……私、遅番だったんですけど。……それで、バイトが終わって夜中の1時過ぎに電話したら、繋がらなくて……っ」
私の声に顔を上げた北川さんは、悲しそうに微笑むと口を開いた。
「……夕方には、見たんですね。ありがとうございます。他にも何かわかったら、そこに連絡ください」
そう言って、私の手元を指差す北川さん。名刺を見てみると、携帯の番号とアドレスが記載されてある。
「あ……、はい。わかりました」
「よろしくお願いします。突然呼び止めてすいませんでした。……それじゃ」
私に向けて深々と頭を下げた北川さんは、そのままクルリと背を向けるとその場を後にした。
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その足で自宅へと帰ってきた私は、携帯を取り出すと未だに"未読"と表示されている画面を見つめた。
(香澄……っ。一体、どこにいるの……?)
手の中にある携帯をキュッと握ると、進行方向へと向けて廊下に視線を移した——その時。
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キラリと光る何かが、私の視界に入った。
(? ……何だろう?)
ゆっくりと廊下を歩いてソレに近付くと、私はその場に腰を下ろした。
(あれ……? これって……!)
勢いよく”ソレ”を拾い上げると、目の前まで持ち上げてじっくりと見てみる。
(——!! やっぱり……!!)
私の目の前で小さく揺れているのは、ラインストーンがキラキラと輝く、お花をモチーフにしたピアスの飾り部分。私は、コレに見覚えがあった。
そう——香澄がよく、身に付けていたのだ。ユラユラと香澄の耳元で揺れていたピアスの光景を思い返す。
私はゆっくりと顔を上げると、膝を着いたまま目の前の扉を見つめた。目の前にあるのは、開けてはいけないと静香さんに言われたあの部屋の扉。
——あの日、静香さんは誰も来ていないと言った。
(じゃあ……なんでコレが、ここに落ちてるの……っ?)
やっぱり、あの日香澄はここに来ていたのでは……?
そんな考えを巡らせながらも目の前の扉を見つめていると、突然背後から気配を感じ、私はゆっくりと後ろを振り返った。
私を見下ろすようにして、無表情で立っている静香さん。その腰を屈めると、私の顔を覗き込んでニッコリと微笑んだ。
「——真紀ちゃん。何してるの?」
思わず、背筋がゾクリと震えた。
表情こそ笑顔だけれど、その瞳は決して笑っているようには見えないのだ。
「あっ、あの……っ。こ、コレが落ちていて……っ」
ビクビクと顔を俯かせながらも掌を差し出せば、頭上からクスリと小さな笑い声が降ってくる。それに反応して顔を上げてみると、いつもと変わらない優しそうな笑顔の静香さんと視線がぶつかった。
「ありがとう、探してたの」
そう告げると、私の掌からピアスの飾りを取り上げた静香さん。
「え……?」
「お気に入りだったのに、片方無くしちゃって探してたのよ。見つけてくれて、ありがとう」
そう言って、ニッコリと微笑む静香さん。
(静香さん、の……?)
いや——あれは、間違いなく香澄が付けていたピアスだ。
可愛らしいお花のモチーフのその飾りは、静香さんの好みとも違う気がする。たぶん……いや、きっと静香さんはこの家で香澄に会ったのだ。
目の前でニッコリと微笑む静香さんを見つめながら、私は汗ばんだ掌をギュッと握りしめた。
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(……大丈夫。少し、確認するだけ——)
コクリと小さく唾を飲み込むと、私は目の前のノブに手を掛けた。
——あの日。
ピアスの飾り部分を見つけた私は、北川さんに連絡してみようかとも考えた。
けれど何の確証もない。それどころか、そのピアスの飾り部分でさえ、今、私の手元にはないのだ。
(何か、他に手掛かりがあれば)
そう考えた私は、珍しく静香さんが家にいないタイミングを見計らって、部屋の中を確認してみることにした。
最近自分の身にあった出来事や香澄の事が気になり、私はここ数日悶々としていた。
(この部屋の中を見れば……何か、わかるかもしれない)
そう思った私は、ゆっくりとノブを回し扉を開いた。
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部屋の中へと入ってゆくと、そこには大きなシルバーの箱が床にポツンと置かれている。周りを見渡してみても、この部屋にはそれ以外に何もない。
ゆっくりと箱へと近付いてみると、何やらブーンと小さな機械音が聞こえる。よく見てみると、それは大きな冷蔵庫のようだった。
(平置きタイプの、冷蔵庫かな? 洋画で見た事あるかも……)
趣味の部屋だと言っていたし、静香さんは料理が趣味だとも言っていた。そんなことを思い出しながら、三つある鍵を開けて蓋に手を掛けた。
少し重たいその蓋をゆっくりと開いてゆくと、徐々に見えてくる箱の中身。冷んやりとした風が中から漏れ出し、私の身体に冷気が触れてゆく。
shake
———!!!!?
「ヒッ……!!!?」
私は掴んでいた蓋から手を離すと、ドスリと床に尻もちを着いた。身体からは一気に血の気が引き、決して寒いわけでもないのにカタカタと震え始める。
開かれた蓋の先に見えるのは、バラバラにされた人の身体——。
「……ヴッ……」
突然の吐き気に、私は口元を抑えた。
凍らされて入っていた、いくつかの身体。その上に、ゴロリと転がる2つの頭部。
目が——合ってしまった。
——あれは、香澄。
涙を流しながらも、懸命に力を振り絞ってズリズリと後ろへと下がってゆく。立ち上がって今すぐにこの場から離れたい。そう思うのに、全く身体に力が入らない。
そのままズリズリと後ろへと下がっていると、トンッと何かが私の背中に触れた。
震える身体で、ゆっくりと後ろを振り返ってみる。そこに見えてきたのは、スラリと伸びた綺麗な脚。
その脚を辿って、ゆっくりと見上げてみると——。
shake
「あ……っ、……ぁ゛」
その先に見えてきた人物の姿に驚き、声にならない声を漏らしてガタガタと震える。
そんな私を捉えた静香さんは、ゆっくりと口元を歪ませるとニタリと微笑んだ。
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「真紀ちゃんは……悪い子ね。私のいない間に覗くなんて、ダメじゃない」
ガタガタと震えながら、涙を流して静香さんを見上げる。恐怖でカラカラになってしまった喉からは、もはや声すら出てこない。
「美味しかったでしょ? 沙也加ちゃんと……香澄ちゃん、だったかしら。……真紀ちゃん、美味しそうに食べてたものね」
恍惚《こうこつ》とした表情で、舌舐めずりをしてみせる静香さん。
(っ……私が、美味しいそうに……食べ……、た……っ?)
今まで出されてきた夕食の数々が、私の頭の中で一気に蘇った。
「ヴッ……ぐぇェ……っ……!」
私は堪らず嘔吐した。
(あれ、は……っ。私が毎日……食べ、ていた……食事は——!)
そこまで考えると、私は再び嘔吐した。止まらない吐き気と悪寒に、もはや呼吸さえまともにできない。
「……真紀ちゃん」
私の目の前で腰を屈めた静香さんは、私の頬を優しくなぞると嬉しそうに微笑んだ。
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「早く食べたくて、仕方がなかったの。楽しみだわ——」
恍惚《こうこつ》とした表情で舌舐めずりをした静香さんは、恐怖に震える私を見つめてニタリと妖しく微笑んだのだった。
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【女性限定シェアハウス。家賃3万】
ネットで見つけた、たった一行だけの短い文。
それを見た私は、怪しいと思いながらも隣にいる美咲に携帯を見せてみる。
「ねぇ……。ここ、どうかな?」
「え〜。安すぎて怪しくない?」
画面を覗き込む美咲は、そう言って怪訝そうな顔をする。
「だよね……。でも、一応電話だけしてみようかな」
「辞めた方がいいと思うよ」
「うん……。でも、一応。電話してみて変な人だったら辞めるし」
「絶対に怪しいって」と言う美咲を横目に、記載されている番号に電話を掛けてみる。
規則正しく流れる呼び出し音は、プッと短い音を鳴らすとその先にいる相手へと繋がった。
『——はい』
電話口から聞こえてきたその声は、とても穏やかで優しそうな女性の声だった。
作者邪神 白猫
『女性限定シェアハウス。家賃3万』
ネットで見つけた、都心の一等地にあるそのシェアハウス。
家賃相当に見合わない破格の金額に驚きながらも、住む場所に困っていた真紀は、迷いながらも掲載されている番号に電話をかけてみた。
『——はい』
電話口から聞こえてきたのは、とても穏やかで優しい女性の声だった。
その優しい声と人柄にすっかりと安心しきった真紀は、迷うことなく入居を決めたのだが……。
はたして、そんなに上手い話など本当にあるのだろうか——?