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中編6
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壁の中の物音

就職をきっかけに実家を出て一人暮らしを始めた頃の話

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住む物件は"駅から近い"という条件を満たしていれば他にこだわりは無かったが、都内だとそれだけでも家賃が高い。せっかく独身だというのに家賃の支払いだけで寒い思いをしてしまうようでは本末転倒だ。

そんな中ふと、同じ条件の家の中でも特に良心的な家賃の物件を見つけたので、すかさず不動産屋に相談した。

少しくたびれた様子の不動産屋の男は眉をひそめ、「そこは確かにいいんですけど、まぁ木造なので生活音などの物音が響きやすいんですよね...」と、まるで過去に物音に関するトラブルでもあったかのような物言いをしてきた。

だが言ってしまえばたかが物音だ。自分にとっては瑣末なことだとすぐに木造二階建てのアパートの二階に住むことを決めた。

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アパートは二階建てで、1階と2階に2部屋ずつ計4部屋、1階の1部屋には大家が住んでいた。

私は手土産を持って各部屋の住人にあいさつへ伺ったが、真下の階だけ人の気配はあるものの

応対してもらえることは無かった。

このご時世だ、仕方ないと諦め引きそうとした時

ドンッ!!!

と背後から玄関を叩く大きな音。何事かと驚いたが同時に男女が激しく言い争う声が聞こえてきた。

...タイミングが悪かったか。日を改めよう。

私はばつの悪い気持ちで階段を登り、自室へと引き返した。

もろもろの手続きが済み、初めて過ごす新たな場所での夜中。ついに一人暮らしが始まり、まだまだ残る荷解きの済んでいない荷物らに囲まれ、どこに何の家具を置こうか、インテリアやカーテンはどのようなものにしようかなどと意気揚々と考えを巡らせていたその時。

..........パキッ

と 何かが小さく弾けるような音が部屋に響いた。

俗にラップ音とでも言うのだろうか、もしくは気温や湿度の変化で木材が収縮した際に鳴る特有の音か、

一度気になり出すと他にも音がしていることに気づく。

ズズズズ... コンコン... ザアザア...

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下の階の人が重たいものを運んでいるような音

隣の部屋の人が何かを落としたかのような音

トイレやキッチンの水道に水が流れる音

荷解きなどの作業で全く気に留めなかったが、

なるほど木造とはこういう事かと納得が行った。

常に小さな音が響きやすいこの環境は、人によっては大変ストレスとなるだろう。

だが私にとっては、私と同じように生活をしている人がいることを、音を通じて感じられる気がして少し心地が良かった。

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私はリビングの端にソファ兼ベッドを設置し、

向かい側にテレビを設置することで横になったまま

テレビを見ることができるように家具の設置をしていた。

住める状況が完成し数週間が経った頃。

その日はいつものように大好きなホラー映画を見てはその内容に満足し、鑑賞後の余韻を抱えて明かりを消し、眠りにつこうとしている時であった。

............パキッ

何かが弾ける音が静かな深夜の部屋に響く。

........コンコン ........ズズズズ

続けて何かが壁をノックするような音

重いものを引きずるような音が聞こえる。

どうやら音は真下の階から聞こえてきているようだ。

(時間は既に深夜2時を越えているというのに、真夜中に作業か...)と思案する間もなく

...パキッ .........パキッ.....

コンコンコンコン....ズズズズ.....

と、いつにも増して騒がしく部屋に響く物音。

すでに幾度か聞いたことのある物音であったが、さすがに怖い話を観た直後の夜中である。

こうなってくると小さな隙間の奥の暗闇や、布団からはみ出た自分の足先が薄ら寒くて気になってしまう。

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足元まで布団を掛け直し、さっさと眠りに就こうと

目を閉じた瞬間。

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明るい。

おかしい。目を閉じていてもまぶた越しに明るさを感じることができる。すぐに目を開いて確認した。

それは気の所為ではなかった。

先程消したはずのテレビが、ついている。

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青白い砂嵐の画面を無音で流し続けている。リモコンは離れた場所に置いていたので誤ってつけたとは考えられない。

そもそも、地デジ移行後こんな砂嵐の画面を見たのはもはや何年も前のことである

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カリ...カリ......カリカリ........

呆気にとられていた私の、すぐ背後の耳元から爪で壁を引っ掻くような音が鳴り出す。

冷や汗が額から首筋へとゆっくり流れてゆく。

もはやリモコンを取りに行ってテレビを消そうと思える余裕は私には無かった。

瞬間、砂嵐の中から、苦しみとも、怒りともとれない表情の顔がノイズの中心にぼうっと浮かんだ。

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突然の意味不明な状況に恐怖で時間が停止したような感覚に陥ったが背後の音が私を現実に引き戻す。

カリカリ....カリカリ....カリカリカリカリ...カリカリカリカリカリカリカリカリ.....ゔゔ....カリカリカリカリカリ...ゔゔぅ.....カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ

shake

何故、一体何が...

画面の顔から目が話せない。背後からは呻き声のような音も聞こえてきている。

全く身動きがとれない。

砂嵐に包まれた苦悶の表情がゆっくり、ゆっくり

口を開いていく。

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「..................................ぁあ.......」

声を発したのが明らかに聞こえた。直後。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い.痛い痛い痛い痛い痛い痛い.......」

ぼそぼそと念仏を唱えるような女の声で狂ったように連呼しだす。背後の唸り声の音量も増してきている。

もはや私の心拍数はピークに達していた。誰か...助けてくれ

その時。外で大きなエンジンの音とともに、

車が発車していったのが分かった。

気がつくとテレビも、背後の物音も消え

部屋は真っ暗な静寂に包まれていた。

放心する私に「木造なので生活音などの物音が響きやすい」という不動産屋の言葉が頭をよぎり、物音と言ってもここまでは想定していないとやり場の無い怒りを覚え、現実逃避するように私は布団を頭まで被り無理矢理眠りについた。

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後日。パトカー3台、救急車1台が自宅に集まり、辺りは騒然としていた。

真下の階の玄関から滴る血液を大家が発見し通報したとのことであった。

曰く、内部は更に悲惨で、血液の付着した工具類や、おびただしい量の血痕がリビングに残されていたが血痕の主は見つからず、元々住んでいた住人も車と共に消息不明であるとのこと。

私は、警察からの聴取を終え疲れた顔の大家に昨夜の出来事を話した。最悪一笑に付される覚悟であったが返答は意外なものであった。

「いやぁ、ゴリゴリってね。何か室内でDIYでもしてるのかと思ったよ。何かを引きずるような音は元々何度か耳にしていたけど...昨日は異常にうるさかったしねえ。しかも深夜だろう?あまりトラブルも起きてほしくないし一言伝えようか迷った矢先に変な呻き声まで聞こえ出すもんだから、気味が悪くて仕方なかったよ」

昨夜の出来事が自分だけに降りかかったものでは無かった事に、私は少し安堵していた。

そんな中、大家が再び警察に呼び出される。

何やら驚いている様子であった。

「壁を壊すだなんてそんな...」

最も血痕が激しく伸びている部分の壁が、

不自然に塗り固められているとのことであった。

警察、鑑識、解体業者などが集まり、問題の壁が破壊されてゆく。

私は自身の血圧が下がり、全身が総毛立つのを自覚していた。内部に何があったのか、あの音の正体は、テレビに映し出されたあの顔は何だったのか、もう考えたくもなかった。

Concrete
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@山羊 ありがとうございます。お楽しみに。

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次回作楽しみにしてます

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