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中編7
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ごぽごぽ

俺は都内で働くしがないサラリーマンだ。

住んでいるのは二階建て木造賃貸アパート

1階と2階で計4部屋ある二階の一室。

1階の1部屋には大家が住んでいる。

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マッチングアプリで知り合った彼女にどうしても同棲したいと懇願され、押し負ける形で同棲を初めて2ヶ月が経つ。

元々の仕事柄、まともに家に帰ってゆっくりできるのは実に4日ぶりのことである。基本的に家のことは彼女に任せっきりであるため、未だに何がどこに収納されているか把握しきれていない。

在宅ワークがである彼女の方が借主よりも家にいる時間が長いというのは変な話だ。

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彼女の作った食事を食べながら他愛もない話を交わす。なんでも先日、警察やらが何人も下の階に押し寄せ慌ただしい様子であったそうだが、一体なんだったのだろうか。俺は俺で今日中に仕上げておきたい資料のことがの方が頭から離れずあまり気に留めなかった。

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.....................ごぽごぽっ....

会話を遮るように風呂場から響く大きな水泡音。大量の水を一度に流した時に響くあの音。

「えーなに今の」

「あー最近一日に何回か鳴るんだよねぇ、掃除してもなんか流れ悪いし、奥でなんか詰まってるのかな」

「ふーん...」

俺は興味本位で風呂場を確認した。

排水口付近に特に変わったところは無い、手入れの行き届いた風呂場だ きっと普段からこまめに清掃してくれているのだろう。感謝の1つでも伝えておかねばと風呂場をあとにしようと顔を上げた時、天井の近く、風呂場の角にあるそれに目がいった。

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...黒ずんでいる。

大きさにして1000円札1枚程度であり、周りは黒カビに侵食されているかのように淡く黒ずんでいる程度だが、中心は吸い込まれそうなほど黒い。清掃が行き届いている分余計に目立っている。

「おーい、なぁ、あんなのあったっけ?」

「あ…それなんだけど…」

彼女によると引っ越してきてすぐの頃、黒ずみのあった場所にはお札が貼られていたそうで、気味が悪かったので掃除した際に剥がして捨てたとのことであった。

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「えぇ〜...大丈夫なのそれ」

「だって、気持ち悪いじゃん!それに剥がした時は全然黒くなかったし...こすっても落ちないんだもん」

「確かにあんなの無かったよな。...気持ち悪いわぁ、まぁ大丈夫だと思うけど、なんか怖いことが起こったら教えて」

少し意地の悪い言い方をすると、彼女はそれを察し

「怖いことって何!!ほんとやめてよね!」

と冗談交じりに返してくる。

しばし談笑して話は流れて行った。

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「じゃあ風呂入ってくるわ」

「なんか出るかもよ〜」

先程の仕返しか彼女が茶化してくる。俺は鼻で愛想笑いをしながら脱いだ服を洗濯機へ放り込み風呂場へ入る。

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視界に入る黒いシミ。

一部分だけが黒いというのは本当に目につく、こすっても落ちないと言っていたが一体これは何なのだろうか...

一瞬、かすかに中心の部分がうごめいているような気がした。

...何だ?

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天井に近く、50センチほどあるため至近距離で見れたわけではないが...もぞもぞと、中で何かが動いているような...

見ていると言いようのない不安に襲われる。これ以上見ない方がいい気がした俺は(...目の錯覚だろう)そう自分に言い聞かせさっさとシャワーを浴びることにした。

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プラスチック製のイスに座り体を流していく。

すると流れるお湯に混じって何かが足下を通り過ぎて行くのが見えた。

赤い枠に「特売!」と書かれたスーパーのシールだ。また彼女がいたずらでどこかに貼ったのだろう。構ってほしさにしょっちゅうこんなイタズラをされる。俺はそのままシールが排水口へと吸い込まれて行くのを眺めていた。

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...しかし御札とはなんとも薄気味の悪い。

俺は幽霊などの類は全く信じていないが、この状況ではやはり何かしら考えてしまう。

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(...目をつぶるのが嫌だな)

まさか大の大人が、目を閉じたくなくて泡が目に入らないよう気をつけながら頭を洗うことになるとは、会社の後輩にでも知られたら笑い話だ。しかし流す際はどうしても目をつぶらなくてはいけない、正直本当に嫌だ。急いで流そう。シャワーの勢いを最大にし頭を流そうと目を閉じた瞬間。

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.........ごぼごぽごぽっ.....................

「うわあっ!!!!」

とっさに驚いて立ち上がってしまう。

「何なんだよ!!」

狙ったかのように大きな音を立てる排水口に怒りが湧いた。詰まっている様子は無く、お湯は普通に流れている。

「なになにどしたー?」

大声を聞いた彼女が様子を見に来た。

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すぐに冷静になり、中途半端に流れた泡が体を伝っている全裸の自分を晒している状況に恥ずかしくなった俺は「いや...何でもない」と誤魔化し、さっさと残りの泡を流して風呂を出た。

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数週間後

相変わらず変なタイミングでごぽごぽと風呂場の排水口が音を立てる事はあったが、

それだけであった。人間慣れるもので、彼女も俺も気にしなくなっていた。

が、ある時。

「ねぇ、、なんかやばくない?」

と彼女が風呂場の角を指さして言う。

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見ると中心部分のみだった黒ずみが、長方形に全体を綺麗に黒く染めている。もはや黒カビのように薄く黒かった部分など見当たらなくなっていた。

「剥がした御札と同じ大きさになってる...ねぇ大丈夫かなあ...」

「本当に気持ち悪いね。今度大家さんに相談してみるよ。平気だよ。大丈夫。」

不安そうな彼女をなだめる。

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不動産屋からは特に心理的瑕疵があるといった説明は無かったし、たしかに気持ち悪いが住み始めて間も無いこともあり、引っ越しをする気にはなれなかった。

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その日の夜、彼女が風呂に入り数分経った時のこと。

「きゃああああ!!嫌あああああ!!!」

突然悲鳴をあげ彼女が風呂場から飛び出してくる。

何事かと駆け寄ると彼女はへたり込み、うつむいたまま壁の黒ずみがある場所を指さしている。

そこにあったのは異様な光景であった。

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長方形に黒ずんだ部分から、水に濡れた長さのまばらな髪の毛が大量に垂れている。浴槽の排水口にはそこからちぎれ落ちたのか大量の髪の毛が詰まり、水溜まりを作っている。

.......ごぽごぽっ..........ごぼっ...............

一気に身体が粟立つのを感じた。

立て続けに鳴った排水口は水泡とともに大量の髪の毛を吐き出していた。

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バンッ!と風呂場の扉を閉め、裸で涙を流し座り込む彼女にタオルを渡しすぐに服を着るよう指示した。

「ううっ......嫌ぁ..........」

うつむき、泣きながらゆっくり服を着ていく彼女。

「もっと早く大家に相談すればよかった。今度じゃダメだ。今すぐ行こう」

恐怖と怒りとが入り混ざり、感情がコントロールできなくなりそうだ。

時刻は21時を回っていたがもはや関係ない。とにかく動揺を行動でかき消したかった俺は、彼女が服を着終えるとすぐに腕を引き、部屋を出て、ずんずんと1階の大家のいる部屋へ向かった。

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ピンポーーーーンピンポーーーーン...

外は鈴虫が泣いている。夏の終わりの夜は少し肌寒い。彼女の髪がまだ濡れたままであることに今更気づく。

「ごめん、寒くない?」

彼女はうつむき気味に小さく左右に首を振る。

........ガチャ。

ふくよかな体格の、60代くらいの女性が顔を出す。髪型はボサボサで、顔色は青白く目に生気が無い。

引越し当日に挨拶に伺った時とはずいぶんと変わった様相に一瞬呆気にとられた。

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「あのーーーーー

「あなた達あの御札を剥がしたでしょう」

こちらの言葉を遮り、ゆっくりと、声は小さいが圧のある口調で大家が喋る。

....何故知って、

疑問が生じる間もなく大家が続ける。

「もう終わりよ。終わり。どうしようも無いわ。終わりなのよ。終わり。終わり。」

一方的に話され理解が追いつかない。

「ちょっとどういう、、」

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「終わり。 終わり。 終わり。 終わり。」

壊れた機械のように虚ろな目で繰り返す。

「嫌だよ本当...ねえもう行こう..帰ろう」

彼女が震えながら私の袖を引っ張る。

こんな意味不明な状況で引き返せるか、俺は怒りに任せて食い下がる。

「ふざけないで下さい...ちゃんと説明してくだーーーーー!!」

言いかけて俺は戦慄した。

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笑っていたのだ。目を大きく開き、歯をむきだし、歯の間から長さの違うな髪の毛が大量に飛び出している。思わず、後ずさりする。

狂ってる。それ以外の言葉が見つからなかった。

幸い、俺の背に隠れていた彼女には大家の顔は見えていない。俺はすぐに彼女の手を引き逃げるようにその場をあとにする。

「え、、なに!?何なの!?」

「いいから!!」

突然引き返す私に疑問を投げる彼女を無視し、2階の自宅へと急いで引き返した。

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何にせよ、もうこんな所にいるべきじゃない。

すぐに荷物をまとめてここを出て、

どこかに泊まろう。明るいうちに人を呼んで

一刻も早く引っ越せるよう手伝ってもらおう。

今夜をどうするか、今後どうするかを考えていたその時。

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............ごぽごぽ......................

背後から、あの音が聞こえた。

振り返ると、彼女がうずくまり、玄関先でごぽごぽと水を吐いている。

「ごぼぼ...ゔゔ...ごぼ.....」

呼吸ができないのか、唇や指先がみるみる青白くなっていく。

「おい....!!」

こういう時はどうしたらいいのか、突然の出来事に頭が回らない。

せめて気管に水が入らないようと体を横に向けて背中をさすり、救急車を呼ぼうとしていた時

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...............ごぼぼっ.......

俺は目を疑った。

彼女が大量の髪の毛を吐き出したのだ。

更には髪の毛の中に特売!と書かれたスーパーのシールが混ざっていた。

これは前に俺が流した....

水溜まりができるほどの水と髪の毛を吐き出した彼女は、そのまま気を失ってしまった。

続く

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