中編5
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きっちりさん

大学時代の友人の話。

とりあえずAとする。

 Aは大学から歩いて5分くらいの便利な位置に下宿してた。

俺は実家から原付で登校していて、Aの住むマンションは道中にあった。

で、たまに遊びに行ってた。

 その日は、

「寒くなってきたし、鍋でもしようや」

てことになった。

大学帰りにに二人でスーパーによって、食材やら酒やらを買い込んだ。

それから実家から持ってきた土鍋があるというAの部屋に向かった。

俺が先に原付で荷物を運んで、マンションの駐輪場で歩いてくるAを待つ形だ。

 Aは実家が太いらしく、学生の分際で結構広い1LDKの部屋に住んでいた。

最近になって外観はリフォームしたらしい小綺麗なマンションだった。

でも、築年数自体は結構いってるらしくて、もちろんオートロック玄関ではないし、エレベーターもない。

 Aが遅れて到着し、Aの部屋がある3階まで酒がずっしりと入った袋をもって上がると、結構息が上がった。

 それでようやくA部屋のドアの前に来た時、食材の袋を抱えていたAが

「やべっ。鍵忘れた」

とか言い始めた。

「おいまじかよ」

と思わず酒の袋をどさりと廊下に置いた俺。

「大丈夫!大丈夫!予備あるから」

 Aも袋を置くと、膝をついて、ドアに備え付けのポストの投函口に手を突っ込んでごそごそ探った。

数秒後にセロハンテープが付着した鍵を取り出した。

「用意いいじゃん」

と安心した俺はドアをガチャリと開錠したAに続いて部屋に入った。

「あったあった」

とAは玄関横の棚の上にいつもの鍵を見つけ、その隣に予備のカギをちゃりんと置いた。

「なんだ。そもそも持って出なかったのかよ」

「そー。時々やってまうんだよね」

「ふーん」

と一人暮らしの部屋にしては長い廊下を通り、リビングのテーブルに酒を並べている最中にふと気づいた。

俺は実家住みなのでイメージがわかなかったが、よく考えればおかしくないか?

 鍵を家に忘れたら、そもそも鍵を閉められないのでは?

 俺は背中を向けてキッチンの戸棚を覗いているAに問いかけた。

「お前んち、部屋のドア、オートロックなの?」

「は?んなわけないだろ」

「じゃあ、なんでさっきドア閉まってたんだよ。鍵が中にあるのにおかしいだろ」

「ああ」

 Aは土鍋を持ってふり返って言った。

「きっちりさんだよ」

「きっちりさん?」

「うん」とAはうなずいた。

「きっちりさんが閉めてくれたんだよ」

 以下、

 鍋をつつきながらAがはなした「きっちりさん」の説明。

 まず先に、Aに合鍵を持つ恋人や同居人はいない。

でも、どうやらこの部屋には「きっちりさん」がいる。

 初めてAがきっちりさんの存在を感じたのは、ドアではなく、窓だそうだ。

Aはエアコンが得意ではなく、夏場はいつも窓を網戸にして寝ることが多いそうだ。

そして朝起きて家を出てから「あ、窓閉め忘れた」と気づく。

しかし、夜に帰宅すると必ずしまっているらしい。

 はじめはAも「なんだ無意識に閉めてたのか」と思っていたそうだが、あまりに何度もある。

それも窓だけではなく、台所の小窓や、風呂場のすりガラスでも同様の経験があったらしい。

 一度、あえて開けたままにして部屋を出て、コンビニに行った。

帰ってくると、その間にばっちりしまっていたそうだ。

「それもちゃんと丁寧に鍵までかけて、しかもカーテンまでぴしっとしまってるんだ。几帳面なんだな。多分」

 だから「きっちりさん」と命名したという。

 そこまで話して屈託なく笑うAを見て、正直俺はほとんど信じていなかった。

 多分、秘密にしたい恋人でもできたんではないか。

同居がばれそうになって適当な話でごまかしてるんじゃないか、とあたりをつけ、

「へー。すげえな」

と話を合わせ、適当に大学の話題に話を移した。

 その日は「きっちりさん」の話はそれで終わり、大学の話で盛り上がった。

 その後、変に「きっちりさん」の話が俺の頭に残り、

時折Aに、

「きっちりさん、最近どう?」

 みたいな絡みをして、

Aも、

「あいかわらずきっちりしてるよ。

洗いもんとかもしてくれたら楽なんだけど」

 てな感じで軽く返してた。

 その年の終わりくらいだったと思うけど、また俺はAの家で二人で飲んでた。

どうやったらかわいい彼女ができるのか、

ゼミの子はどうだ、

あいつとあの子はこうらしい、

みたいなくだらないけど超楽しい話題で酒を進め、

二人してかなり酔っぱらった。

俺は原付なので、いつものように泊めてもらった。

 昼前になって俺がリビングのソファで目を覚ますと、

いつもは先に起きているAがいない。

隣の部屋を覗くと、

Aは自分のベットで芋虫みたいに丸まって寝息を立ててた。

「おい。俺、帰るぞ」

 一応声をかけると、

Aは「うん」とも「ふん」と聞こえる返事をして寝がえりを打った。

俺は荷物をもって廊下を進み、

靴を履いたところで、もう一度ふり返って

「じゃあな」

とAのいる部屋に声をかけた。

 今度はAの返事はなかった。

俺は気にせず鍵を開けて外に出た。

後ろ手にバタンとドアを閉めた。

 さあ帰ろう

と階段にむけて一歩踏み出した瞬間、

 

 ガチリ

 とドアが施錠される音が響いた。

 俺は踏み出した姿勢で固まった。

 誰が鍵を閉めた? 

 Aか? 

 Aは確かに部屋で寝ていた。

もしAなら、さっきの廊下をドアが閉まると同時に全力でダッシュしないと間に合わないぞ。

しかも無音で。

 ふり返ってドアノブを回して確認したかった。

ドア越しに声をかけてAを起こしてもいい。

 だが、俺はそのまま階段を駆け下り、

原付に飛び乗って家に帰った。

 それから、Aの部屋には行っていない。

 Aは何度か誘ってきたが、適当な理由を言って断り続けた。

就活の時期も重なり、ゼミの違うAとは疎遠になった。

卒業後の様子も知らないし、調べたこともない。

さすがに卒業後はもうあの部屋にはもう住んでいないだろうが……

 ちなみに俺は、就職して数年たつ。

Aのことも滅多に思い出さない。

が、

ふとした訪問先などで、

去り際に背後で「ガチリ」とドアを施錠されると、

今でも鳥肌が立つ。

Concrete
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