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長編8
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1985

まだまだ日差しが目映い初秋の午後のこと。

私立F高校平成○○年卒3年A組の同窓会が、高校そばにある市民ホールで行われていた。

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参加人数は15名。

皆既に社会人になっており、ホール内はスーツ姿やカジュアルスタイルの男女で賑わっている。

テニスコートくらいの室内のあちこちには、洒落た丸テーブルが配置されており、その上には色鮮やかなオードブルが置かれていて、皆思い思いにテーブルの前で立食しながら談笑していた。

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当時のクラスで裏ボス的な存在だった酒井田がピザを頬張りながら、しゃべっている。

かつてのスリムな体型はどこへやら、見事な中年太りの身体にブラウンのジャケットを羽織っている。

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「そういや、蒲生、どうしてるんだろうな?」

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酒井田の言葉に、前に立つ2人が気まずそうに俯いた。

先に口火を切ったのは、一番の親友だった早島だ。

30をとうに過ぎているのに、髪を薄い茶色に染めていて、耳にビアスをしている。ちょっと痛い。

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「酒井田、お前知らなかったのか?

あいつ高校卒業後すぐ、自宅の自室で自殺したらしいんだ」

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「蒲生が?」

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酒井田が驚いた様子で言うと、

早島の隣に立つ、ちょっと太めで化粧の濃い安芸津美優が口を開いた。

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「そうそう、それも服毒自殺らしいのよ。

あんたたちが、あんまり虐めたからなんじゃない?」

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美優のキツイ言葉に、酒井田と早島はちょっと気まずそうにしていたが、すぐに酒井田が口を開く。

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「まあ、確かに俺たちも少しやり過ぎたところもあったかもしれんが、それがあいつの自殺と関係あったかどうかは分からないじゃないか?」

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早島が後に続ける。

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「そうそう。だいたいあいつは相当の変わり者でしかも陰キャでウザかったからな。

いつも訳の分からんこと言ってたし。

テロとか暴力革命とか、なんか危ない新興宗教の教祖みたいなことをブツブツ、ブツブツ、、、

学校を休んでいる間も1日中自分の部屋に籠って、怪しげなことをやっていたという噂もあった。

まだ若いのにスキンヘッドで、しかも分厚い黒縁のメガネかけててさ、とにかく気持ち悪かったから虐められて当然だよ。

担任の山田も他の連中も見て見ぬふりしてたみたいだから、全員共犯みたいなもんだな」

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「でもね蒲生くんのお父さんって、大学の偉い先生だったらしいよ。日本の化学の権威という話」

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美優が口を挟んできた。

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「マジか?

だからあいつ化学だけは成績ダントツだったのか。英語や数学はからっきしダメなくせに、化学だけは、全国模試で毎回5番以内に入ってたもんな」

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早島の言葉に、美優が続ける。

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「そうそう、自宅の庭の片隅にプレハブ小屋を親に作ってもらい、家にいる時は、そこにずっと籠って何か変な実験をしてたらしいよ」

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するとホール前の演壇に、当時の担任だった山田が立ち、マイクでしゃべり始めた。

年齢はもう70は過ぎてるはずなのだが、グレーのスーツの上下をビシッと着こなしている。

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「みなさん、宴もたけなわになってきましたが、ここで一つ、わたくしからご提案がありまして。

みなさんは覚えておられるでしょうか?

3年A組最後の日。つまり卒業式前日の日。

各々の将来の夢を書いてもらった手紙を空のペットボトルに入れて、校庭の隅っこに埋めたことを。

その時、わたくしはみなさんにこう言いましたよね。

これは将来同窓会を行った時に掘り返して、もう一度中身を見ましょうと」

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ホール内に歓声が沸き起こった。

山田先生は続ける。

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「そうです。今日がその日なんです。

奇しくも、ここは学校のすぐそばのホールであります。

みなさん今から、手紙を見に行きましょう!」

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山田先生の言葉に、ホール内のボルテージは一気に上がった。

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ヤ!マ!ダ! ヤ!マ!ダ! ヤ!マ!ダ!

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意味不明なヤマダコールが沸き起こる。

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さっそく先生を先頭に当時の生徒たち15名が市民ホールをあとにし、ぞろぞろと懐かしい校舎へと向かった。

日曜日のため、生徒の姿はほとんど見られなかった。

厳めしい石の正門を通り抜け、古びた校舎を横目に夕陽に染まるグランドを並び歩く。

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たどり着いたのは、グランド隅っこにあるバックネットの裏。

そこにあるひときわ大きな楠の木の下にペットボトルは埋められている。

男子の数名は山田先生が準備していたスコップを受け取ると、徐に掘り返しだした。

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50センチほど進んだ時点で一個めが見つかり、あとは芋づる式にどんどん見つかった。

ペットボトルには黒マジックで氏名が書かれており、各々自分のものを見つけると満面の笑みで手元に持つ。

山田先生の合図で皆はボトルの蓋を開け、中にある手紙を引っ張りだすと、開封し興味津々で見だす。

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あちこちで起こる感嘆の声。

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皆とともに懐かしそうに手紙を見ている酒井田のそばに山田先生が近づくと、神妙な顔でこう言った。

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「酒井田くん、きみ蒲生くん憶えてる?」

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唐突な山田先生の質問に、酒井田は少し驚きながら「はい、憶えてますが」と答える。

すると先生は一個のペットボトルを酒井田に見せた。

そこには、蒲生の氏名が表書きされている。

山田先生が続けた。

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「きみも知ってると思うが、残念ながら蒲生くんは亡くなってこの世にいない。

彼は3学期の最後辺りはほとんど休みがちで、このペットボトルを皆で埋めた日も欠席していたんだ。それで私は彼の家まで赴いて、直接この企画に参加してほしい旨を伝えた。

そしたら彼は快く応じてくれて、その場で手紙を書きペットボトルに入れると、こう言ったんだ。

『多分僕が将来、同窓会に参加することはないと思う。だからその時になったら先生、これを酒井田くんに手渡してほしい』と」

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酒井田は山田先生から蒲生のペットボトルを受け取ると、

キャップを開けて、手紙を取り出す。

そして緊張した面持ちで便箋を開いてみる。

そこには、角張った癖のある文字が数行並んでいた。

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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

酒井田くん、久しぶり。

同窓会は楽しんだかい?

きみがこの文章を読む頃には残念ながらもう僕はこの世にはいない。

3年A組というクラスでは何の楽しい思い出もなかったけど、それでもクラスの皆や山田先生にはいろいろお世話になったと思う。だから皆にどうしても捧げたいものがあるんだ。

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それで酒井田くんにお願いしたい。

校庭の端に立派な御影石の忠魂碑があるだろう。その真後ろにあるモノを埋めたんだ。金庫なんだけど、ダイヤル式ロックになっていて4桁の数字を揃えると開くはずだ。

番号は1985。そう僕やきみが生まれた年だ。

中には僕からの心をこめたものが入っている。

だからそれを掘り出して、皆で金庫を開いて見てほしい。

では3年A組卒業生の皆に幸せな未来が来ることを願い、筆をおくよ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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秋の風たちがグランドの真ん中辺りで戯れていた。

辺りは大分薄暗くなっている。

酒井田は便箋を両手に持ったまま、北側に視線を移した。

10メートルほど向こう側に、寂しげな佇まいで忠魂碑が立っている。

遠い昔、かつての戦争で犠牲になった若い人を弔って作られた石碑だ。

彼は、山田先生やクラスメートに蒲生からのメッセージを伝えると、石碑に向かって歩きだした。

他の者たちも、黙って後に付き従う。

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酒井田は忠魂碑の背後に回ると、早島からスコップを受け取り、ゆっくりと掘り始めた。

少し時間が掛かったが、目的のモノは見つかった。

彼はそれを両手でそっと持つと、地面の上に置く。

何の変哲もない少し大きめの黒い金庫だ。

周囲を囲む山田先生や卒業生たちは、緊張した面持ちでそれを見つめている。

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酒井田は金庫の正面に中座すると「確か1985だったよな」と呟き、ダイヤルを握る。

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その時、彼の真後ろにいた早島は何故か背中に刺すような視線を感じ、思わず後ろを振り向く。そして酒井田を見守るクラスメートの面々の間を避けながら一団から抜けると、向こう側にある木立に視線を動かす。

並び立つ数本の木の中でひときわ大きな木。

その物陰に人が立っていた。

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スキンヘッドに黒縁メガネ。

白の開襟シャツに黒のズボン姿。

どこか怯えた様子で、こっちをじっと見つめている。

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早島はその時思った。

─あれは、もしかしたら、、、

いや、まさかそんなことは、、、

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酒井田は金庫のダイヤルを握ると、ゆっくりと番号を合わせ始めた。

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、、、、、1

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、、、、、9

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、、、、、8

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そして最後の数字を合わせた。

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カチリ!

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…ソウジマサン

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……ソウジマサン

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………ソウジマサン

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…………ソウジマサン

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……………早島さん!

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早島が目を開いた瞬間、彼の視界には白い天井と若い女性の顔が飛び込んできた。

女性は薄いブルーの制服を着た看護師のようだ。

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「早島さん!早島さん!

ああ、良かった。意識が戻ったのね。

すぐ、先生を呼んできますからね」

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そう言うと看護師は早島の寝ているベッドを離れ、部屋から出ていった。

彼は、頭部や身体のあちこちにぐるぐる包帯を巻かれ、

腕には点滴がされている。

痛みを感じるのか、時折顔を歪める。

やがて若い医師が看護師を伴い部屋に入ってきて、早島の枕辺に立つと声をかけた。

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「早島さん、私たちが分かりますか?分かるのなら、返事してください」

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早島は微かに首を傾け「はい」と答えた。

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「早島さん、あなたは5日前、うちの病院に緊急搬送されました。重度の火傷と一部の臓器や血管の損傷、左下肢の切断。ひどい状態でした。もちろん、あなたと一緒にいた人たちも。」

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「どうして、どうして、こんなことに?」

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早島の問いに医師は少し間をおき応えた。

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「まだはっきりとは分かっていないのですが、あなたは市民ホールで開催された同窓会に出席していた。それから、かつての母校に皆で移動した。その後どういう理由からか、皆で校庭の隅に集まった時、何かが爆発したようです。」

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「爆発、、、」

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「そうです。何故あんな場所で爆発があったのか?現在、警察で調査中です。」

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「他の、他の連中はどうなったんですか?」

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「かなりの威力の爆発だったようで、ちぎれた腕や足が木の枝に引っ掛かっていたり、地面には頭部が転がっていたり、現場は酷い惨状だったみたいです。被害者は当院以外にもあちらこちらに運ばれたようなのですが、恐らく半数は絶望的かと」

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「金庫だ、、、」

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早島が一言呟いた。

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すると医師は「え、今何かおっしゃいましたか?」と、彼に確認したが、

早島は何も応えずにまた静かに目を閉じた。

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Presented by Nekojiro

Concrete
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命を捨てる覚悟があるのに、虐めに立ち向かう勇気がない...
怖っ。

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