地方では現代とは相容れない風習が、まだあるようだ
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この話は、私の父方の祖父が亡くなったときの話だ
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父の実家は九州の北部にある小さな山村で、現在の人口はわずか300人足らずの過疎地域である
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父の父つまり、私の祖父は80歳で亡くなった
体格も腕っぷしも良く、日に焼けていつも陽気な人だった
当時まだ小学生だった私はよく遊んでもらっていたので、祖父が亡くなったことを聞いたとき、すぐには信じられなかったことを覚えている
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私は祖父の葬式に出席するため、父母に連れられ、山村にある父の実家に行った
大阪に住んでいたので、新幹線、特急、普通列車、路線バス、と乗り継ぎ、茅葺き屋根の父の実家の門前にたどり着いたときは、もう夕方になっていた
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門から玄関までには、名札の刺された色とりどりのスタンドの花がズラリ並んでいた
記帳所である玄関脇にある長机の向こう側には、喪服姿の年配の男性が立っており、父と親しげに話をしていた
この人は父の兄であり、現在は奥さんと二人この屋敷で暮らしている、ということだ
父は兄と二人兄弟だった
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玄関にはギッシリと黒の革靴が占領しており、奥の方から住職の読経のような声が聞こえてくる
私は父母の後に続き、奥の間に向かった
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廊下突き当たりの襖を開けると、8畳くらいの広間で、一番奥に祭壇が作られており、中央には、元気な頃の祖父の遺影が飾られている
祭壇の前には布団が敷かれ、人が寝かされていた
顔には白い布が乗せられている
─あれは、おじいちゃんだ
私は子供ながら、そう思った
その前で、渋い紫色の袈裟を羽織った住職が、正座をして神妙に読経をあげていた
私たち親子三人は、背中を見せて正座をしている方々の間をぬって、住職の横辺りで改めて礼をして、焼香してから祭壇に向かい合掌した
その後父が、祭壇の前に寝かされている祖父の顔に
乗せられている白い布を外した
白の死に装束を着せられて横たわる祖父の顔はいつもとなにも変わらず、頬のところも仄かに桃色になっていて、本当に今にも起き上がってきそうな様子だった
昨日の朝、いつもの時間に起きてこないので、父の兄嫁が様子を見にいくと、その時は既に息をしていなかった、らしい
住職の読経が終わると、父の兄が祭壇の横に立って、型通りの挨拶をした
その後、部屋の片隅に置いてあった大きな木桶を父とその兄は二人で抱えて、寝かされている祖父の真横に移動した
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父の実家である山村は未だに「土葬」だった
亡骸を木桶に入れ、そのまま墓地に埋めるのだ
大変な作業のようだった
まず棺桶の蓋を外し、祖父の上体をゆっくりと起こし、膝を抱えるような恰好をさせると、そのまま兄弟は二人で父親の亡骸を抱き上げ、ゆっくり、そうっと、木桶の中に収めていった
それから、前もって準備していた祖父の遺品を木桶の中に入れていく
タバコや酒、思い出の写真、様々なモノが次々と……
そして、最後に住職が紫色のフサの付いた「鈴」を入れた
三途の川を渡る途中に、恐ろしい邪鬼たちに襲われないよう、と
すると私の隣に座る白髪頭のじいさんが、恐ろしいことを独り言のように呟いた
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「あれはのう、本当のところは、埋められた後に、
万が一生き返ったときのためじゃ……」
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祖父の収められた木桶は蓋をされ、村の若い者たちによって、玄関口に準備されていた大八車に乗せられた
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住職を先頭に、その後ろは遺影を持った父の兄、その横に父、それから木桶を乗せた大八車は二人の若い者たちが、その後ろには黒い着物を着た父の兄嫁、母と私、そして、親戚縁者と、ズラリと一列に並んで、実家の真裏にある共同墓地に向かってゾロゾロと歩いていく
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少し小高くなったところにある村民たちのための墓地に私たちが着いた頃には、もう日は沈みかけており、たくさんのお墓たちや木々は朱色に染まっていた
祖父のために準備された場所は、既に深く穴が掘られており、祖父の入った木桶は父とその兄の二人で
抱えられてその穴の中に入れられ、土をかけられた
その後、祖父のお墓の周りで、私たちは住職とともに合掌した
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夜、皆は実家に戻ると、先ほどの部屋に準備された
精進料理御膳に舌鼓をうち、ビールや酒を酌み交わした
初めは住職が、それからやがて一人、また一組と、夜がふけるに従い、皆は帰っていく
私たち親子は実家に泊まることになっていたから、最後は父の兄とその嫁、それから私たち親子が残った
さすがに父も疲れたのだろう
10時過ぎる頃には、別室に準備されている寝床に収まった
私と母もその後、程なくして、寝床に収まった
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庭に面したその部屋は、闇と静寂だけが支配しているようだ
車の音などは全く聞こえず、たまに聞こえてくるのは、カサリカサリという木の葉が風で擦れあう音だけだった
私は布団の中で、目まぐるしく進んでいった今日の
出来事を思い返していた
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広間の奥に作られた豪華な祭壇と、
その前に敷かれた白い布団、今にも起き上がってきそうな祖父の顔、木桶に収められる死に装束の祖父、最後に住職が木桶に入れた紫色の「鈴」、そして何より怖かったのは、隣のじいさんが言った言葉
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「あれはのう、本当のところは、埋められた後に、
万が一生き返ったときのためじゃ……」
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どれくらい時間が経った頃だろう
私は障子の向こう側から微かに聞こえてくる奇妙な音に気づいた
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─ん、、?何の音だ、、
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私は全神経を耳に集中した
どうやら、何か金属の響く音のようだ
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チリーン、チリーン……
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─鈴の音だ!
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音は少しづつ大きくなってくる
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チリーン、チリーン……
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─おじいちゃんだ!
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私はすぐにそう思った
鈴の音はしばらく続くと止み、数秒後にまた鳴り始める
そこには規則性が無く、何か人の意思のようなものが感じとれた
私は隣で寝ている父を必死に揺さぶった
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「お父さん、お父さん、おじいちゃんだよ、おじいちゃんが生きてるんだ!」
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父は眼をこすりながら、「バカ言うな、じいちゃんはもう死んだんだぞ」と言って布団を頭から被る
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チリーン、チリーン……
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鈴の音はさらに大きくなり、最後には、障子の向こう側の庭の方から、聞こえてくるようになった
起き上がって庭を見たかったのだが、私にはそんな勇気はなかった
それから数分間、鈴の音は続いたのだが、やがて止み、再び暗闇と静寂が部屋を支配した
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朝方、庭を掃除していた兄嫁が、
庭木の境で人が倒れているのを発見したそうだ
それはなんと祖父だったらしい
白い死に装束や顔、手足は泥だらけで、両手の爪は何かを懸命に引っ掻いたかのように割れて血を流していたそうだ
そして、右手にはあの「鈴」をしっかりと握りしめていたということである
すぐに救急車が呼ばれ病院に搬送されたのだが、既に亡くなっていたそうである
作者ねこじろう
今回は古典的な怪談的な話に挑戦してみました
少し長いです