中編4
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消えた配偶者

 「忙しいのにゴメンね」

 長い黒髪をクルリと纏めて上げた薄化粧の女が、眉をハの字にして軽く頭を下げた。

 「お気になさらず。今日は非番ですので」

 大学時代の友人、小松夏江に呼び出された米野刑事がニコリと笑った。

 都心から離れた郊外の一軒家。

 まだ新築の様相を漂わせる白い庭付き一戸建てに彼女は住んでいた。

 大学を卒業して以来、会うのは久しぶりだった友人の頼みで、米野刑事がわざわざ訪ねたのは、彼女が切迫した電話を寄越したからだ。

 広いリビングから見える庭には、彼女の趣味であろう大きな花壇があり、たくさんの薔薇が咲き誇っている。

 「……で、用件とは?」

 畏まった米野刑事の態度に夏江はクスリと笑って言った。

 「変わらないのね……むつめさんの口調」

 淹れたての紅茶を運んできた夏江が、米野刑事に微笑む。

 「そうですか?」

 あくまでも自分のペースを崩さない米野刑事に、夏江も半ば諦めたように口角を緩めた。

 「実は主人のことで相談があるの」

 米野刑事の目が夏江に向けられる。

 「と、言うと?」

 米野刑事の質問に、夏江は紅茶を出しながら答えた。

 「半年前から行方不明なのよ……」

 夏江は悲壮に満ちた表情を浮かべながら、米野刑事を見つめた。

 「警察には届けを出したんですか?」

 米野刑事の問いに、夏江は首を振る。

 「探偵を雇って調べてもらっていたの。でも、その探偵も……」

 夏江の言葉に少し考え込んで、米野刑事が切り出す。

 「旦那さんは、どなたかと駆け落ちした可能性があるんですか?」

 単刀直入な米野刑事の言葉に、夏江は自嘲気味に笑った。

 「ハッキリ言うのね……変わらないな……むつめさんは」

 つい口走った言葉に、米野刑事も少し罪悪感を持った。

 「わたしに直接頼むと言うことは、内密に処理しろと言うことですか?」

 米野刑事のその問いには、夏江は返事をしなかった。

 流石にそれくらいは察して欲しかったのだろう。

 夏江は探偵から届いた調査報告書をサイドボードの引き出しから出して見せた。

 調査報告はメールでされていたらしく、コピー用紙に印字された明朝体の文字が並んでいる。

 「読ませて頂きます」

 米野刑事は、受け取った書類の束に目を落とした。

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 1月8日

 調査対象が欠勤して三日経つが、未だ出社していない模様。

 社内でも様々な噂が錯綜しており、長期の出張や出向は有り得ないと断定する。

 以後、調査が進み次第、また報告する。

 結果がどうあれ、正確に調査することを誓う。

 それが依頼人を傷つけることになっても。

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 米野刑事は首を傾げながら先を読み進める。

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 1月19日

 調査対象の足取りは依然として掴めず。

 カードの使用履歴も、預金を引き出した形跡も無いのが気にかかる。

 それとなく調査対象の実家へ探りを入れてみる。

 そう。

 予想は目付き?

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 1月29日

 先日、お宅へお邪魔した際に拝借したアルバムから気になる1枚を見つけたので、そこから調査にかかる。

 何故だろう。

 この男子は何でいる?

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 2月5日

 調査は再び暗礁に乗り上げた。

 調査対象が名前を変えて何処かに身を隠している可能性を考えた。

 調査対象者と深い関係にあった人物の名前は考えられないだろう。

 その中で浮かぶ可能性。

 まさか。

 田代が小松?

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 「田代って確か……」

 米野刑事が夏江を見ると、夏江は一度頷いて答えた。

 「私の旧姓よ。でも、違ったみたい」

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 2月17日

 心当たりを捜索するも空振りに終わる。

 依然、足取りは掴めない。

 しかし、一つの可能性から、目星をつけた。

 恐らく場所は。

 博多の石段かな?

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 3月6日

 小松夏江 様

 担当調査員が失踪したため、以後の調査は中止とさせて頂きます。

 調査結果は当方から一切漏れることはありません。

 しかし、疑問を整理すれば、必ずご主人は見つかるはずです。

 早くご主人が発見されることを祈ります。

 また粉があるでしょう?

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 以上の調査報告を読んで、米野刑事は夏江を見る。

 「この『また粉があるでしょう?』とは?」

 米野刑事が顔を上げると、夏江が答える。

 「さぁ……私にはさっぱり……」

 夏江がおどけたように首を傾げた。

 「夏江さんは報告書を読んでどう思いますか?」

 相変わらず抑揚のない声の米野刑事に、夏江は落胆して答えた。

 「どうって……担当の探偵さんまでいなくなって、調査会社からは一方的に調査終了と言われるし……」

 失踪した夫を案じるあまり、少しやつれたようにも見える夏江に、米野刑事は優しく話しかけた。

 「ご主人の居場所なら報告書に書いてありましたよ」

 そう言って米野刑事はスマートホンを取り出し、電話を掛けた。

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