あれは、私が大学に入学した頃の話です。
大学に合格して、独り暮らしを始める私。
女の独り暮らしと言うこともあり、両親がセキュリティ万全のマンションを借りてくれました。
引っ越しを済ませ、新たな生活に胸を躍らせていた私も、徐々に落ち着いてきた頃でした。
放課後のアルバイトを終えて、マンションの部屋に帰った時、何だか妙な違和感を覚えましたが、理由が分からなかったので、気にしないようにしていると、不意に「ドンドンドンドン」とドアを乱暴にノックされました。
驚きはしたものの、独りの生活に慣れてきていた私は、何の気なしに返事をしましたが、ドアの向こうからは、何のリアクションもありません。
首を傾げながらも、私はドアスコープを覗きましたが、人影はありませんでした。
「変だなぁ……」と思いつつ、リビングに戻った途端、再度、「ドンドンドンドン」と、ドアを叩かれました。
いよいよ怖くなった私は、無視を決め込んで、リビングで息を殺していました。
しばらくすると、部屋の無音が怖くなってきたので、テレビを点けてから、お風呂に入りました。
お風呂で髪を洗っている時、無防備だからか誰かがいるような気配を感じることがありますよね。
あんなイタズラをされた後だったこともあり、ふと、そんな雰囲気に襲われた私は、早々に入浴を済ませて、リビングに戻ると、テレビの深夜放送で、心霊特集が始まっていました。
普段の私なら食い入るように視てしまう番組でしたが、今日はとてもそんな気分じゃなかったので、いろいろチャンネルを変えてみましたが、この気を紛らわせてくれそうな番組も無かったので、テレビを消しました。
そして、静寂に包まれた部屋に、再び恐怖を呼び起こされた私は、お気に入りの音楽をヘッドフォンで聴くことにしました。
自分が寝付くまでこのまま聴いていようと思った私は、ヘッドフォンをしたままベッドに入りました。
もちろん、部屋の明かりは点けっぱなしです。
ショパンの美しいピアノの調に、いつの間にか寝入ってしまった私を襲う、あの「ドンドンドンドン」の音。
玄関ドアを力任せに叩く音が響きます。
何故なら、つけっぱなしていたヘッドフォンからは、曲も流れていなかったのです。
リピートにしていたはずなのに。
寝室には、月明かりすら入ってこなかったので、真っ暗な闇に呑み込まれていました。
不安と恐怖の入り雑じった感覚に陥った私は、すぐにベッド脇の電気スタンドを点けました。
仄明るくなった寝室内を見渡しましたが、特に何もありません。
「疲れてるんだな」
そう自分に言い聞かせ、その日はベッドに潜りました。
翌日、同じゼミの友達に、雑談がてら昨日の夜のことを話すと、部屋に来たいと言い出しました。
その子は、所謂、見える人だと言われているA子。
とは言っても、陰気な感じはせず、良く言えば快活、悪く言えばKYな子だったので、私としても半信半疑でしたが……。
あまりにしつこくせがむので、私は根負けし、来てもらうことにしました。
アルバイト終わりに待ち合わせし、私の部屋に泊まる気満々の荷物を持っていたA子に、若干引きながらも、私の部屋に向かいます。
「いい部屋じゃん」
そう言うなり、部屋に入った途端、酒盛りの準備にかかるA子に、私は本来の目的である質問をぶつけました。
「……で、どう?何か感じる?」
私の問いに、目すら合わせずにA子は言います。
「感じるって言うか、いるよ」
ザワつくことをサラッと言ってくれるA子に、私はドン引きしました。
「えっ!?何処!?何処にいるのよ!?」
テンパる私を振り返り、A子が言いました。
「アタシのトイ面に座ってる」
A子の対面に目をやりますが、私には見えませんでした。
「何かね、アンタが来る前からいたんだけど、気づいてもらえなくて、ドア叩いてたらしいよ」
A子の言葉に悪寒が走りました。
私には見えない同居人がいたと言うんですから。
「でもね。反省してるし、出てくって言ってるから安心していいよ」
A子のあまりにも明るい話し方に、私は安心できませんでした。
「大丈夫だって!元々、この子は出て行きたかったんだけど、道を塞がれて出れなかっただけなんだから」
私はますます訳が分かりませんでした。
「玄関にコレがあったから剥がしといた」
A子が買い出しのポリ袋から、何やら書かれたシワシワの御札を取り出して、私に見せます。
「下駄箱の目立たないトコに貼ってあった。コレが原因だね」
私の気づかない場所に、そんな禍々しいモノがあったなんて……。
「この子は前の住人で、ガス漏れで死んじゃったんだって。出たくてもがいたけど、結局、ダメだったらしいよ」
自分が住んでいる部屋が、事故物件だったショックも、A子に軽く言われると、何だか怖くありませんでした。
「今夜は、この子の送別会しよう!!来世に乾杯♪」
その夜は、A子と私と前の住人だった人の送別会と言う名の酒盛りをしました。
「お世話になりました」
明け方、私の耳元で若い女性のか細い声がしました。
律儀に挨拶して去って行ったみたいです。
私の心は冷水を浴びせられた感覚と同時に、何処かセンチメンタルになりました。
その日から部屋には平和が訪れましたが、代わりにA子が入り浸るようになってしまったのは、また別の話です。
作者ろっこめ
わたしの友人がモデルです。
いくつか書き貯めた中の記念すべき第一作なのですが、話が進むにつれて、キャラがぶれていってるなぁと、今更ながら思います。
怖い話が苦手な人向けのソフトな怪談ですので、需要はないかも知れませんが、個人的には好きな作品なので、思い切って投稿してしまいました。
こんな話でも良ければ、随時更新したいと思っています。
お目汚し失礼しました。
第2話 『オルゴール』
http://kowabana.jp/stories/28002