20年前の僕が小学四年の夏の日のことだった。
毎年、夏休みは祖母の家で過ごすのが恒例になっていたのだが、都会育ちの僕が、一夏だけ田舎で過ごす……当然、友達なんかいなかった。
同年代の子達も、余所者の僕をチラ見するくらいで、話しかけては来ないし、僕も話しかけない。
だから、毎年、夏休みは憂鬱だった。
一人で山に虫を取りに行ったり、川で魚釣りしたり……そんな毎日に飽き飽きしていた。
同じ毎日を繰り返している内に、僕は退屈をこじらせ、ついに隣町まで足を伸ばした。
隣町はまぁまぁ栄えていたが、所詮は田舎……僕のいる町よりは寂れた町だった。
僕はただ、適当に町中を自転車で流した。
細い路地を抜け、少し広い道に出ると、褪せたコンクリ製の二階建ての建物があった。
平たくて、一階部分に三枚並んだ閉まっている大きなシャッターがあり、一見すると廃工場だった。
その建物の二階のベランダには、肩までの黒髪を下ろした少女が立っていた。
円らな瞳の可愛らしい女の子で、僕の二つ下くらいに見えた。
僕が見上げていると、少女は僕に気付き、ニコリと微笑んで手を振った。
僕も少し照れながら、手を振り返す。
すると、少女は僕に手招きした。
自転車を降り、ベランダの真下まで行くと、少女はしきりに下を指差した。
ベランダ下のシャッターのことだと思い、大きなシャッターに手を掛け、力一杯持ち上げると、シャッターは重いながらも少しだけ上がった。
僕はその開いた隙間から潜り込み、中へ入る。
外は日が高かったが、中は薄暗く、ホコリっぽい。
乱雑に床に転がった発泡スチロールの欠片や壊れた木箱を見て、水産工場だと分かった。
僕は少女がいた二階への階段を探す。
今は動かないダムウェーターの傍に、階段を見つけた。
そこを上がり、二階に行くと、右側は窓のない煤けた壁、左側に冷たい鉄製のドアが奥に向かってぽつりぽつりと並ぶ、一本道の細い廊下が伸びていた。
僕は少女がいるであろう部屋のドアに向かって歩き出し、突き当たりに一番近いドアを開ける。
部屋の中は外の光が射し込み、明るかった。
部屋の大きな窓の外のベランダに、少女がこちらを向いて立っていた。
「どっから来たの?」
気さくに僕に話しかける少女に、僕は嬉しくなって答えた。
しばらく話していると、少女が「かくれんぼしようか?」と言ってきた。
これだけ広いんだ……隠れる場所なんて一杯ある。
僕は快諾して、かくれんぼをすることにした。
ルールは工場から出てはいけないこと、百まで数えたら捜索開始すること、そして、必ず見つけること。
じゃんけんをし、一発で僕は負けた。
僕は百まで数え、捜索を開始した。
まずは二階の部屋、今いる場所以外は二部屋しかないから、簡単だった。
シートを捲り、空の段ボール箱をどかしたりしたが、あの子はいなかった。
既に一階に当たりをつけていた僕は、すぐに一階に降りた。
ダムウェーターの扉を開けたり、空の発泡スチロールの箱を蹴散らしたり、積み上げられた木箱の間をするすると通り抜けながら探したが、あの子はいなかった。
探してないのは、高い壁に隣接している錆び付いた業務用冷蔵庫だけ……もうここしかない。
ズラリと並ぶ扉を片っ端から開けていく。
いない…いない……いない………。
開けても開けてもあの子の姿はなかった。
最後の扉を開けたが、やはりあの子はいなかった。
担がれたのか……。
僕は悔しさと悲しさで、廃工場を後にした。
その日の夕方、突然両親が迎えに来て、僕は町へ行くこともなく、そのまま都会へ帰った。
都会に帰ってすぐの夜、あの子の夢を見た。
夢の中のあの子は暗い所で屈んで泣いていた。
話しかけようと、あの子の肩に手を置こうとした時、あの子はクルリと首を向け、怒りと悲しみを含んだ形相で僕を見上げて言った。
「必ず見つけるって約束したのに……許さない!!」
僕は恐ろしさのあまり、声を上げて飛び起きた。
その日以降、夏休みだろうが、祖母の家に行くことはなくなった。
しかし、その夢は毎日20年間続き、まさに悪夢の日々を過ごしていた。
誰にも打ち明けられず、ただひたすら夢の中の少女に謝る夜を続けてきた。
そして、祖母が死に、葬儀のために久々にやって来た田舎。
さらに過疎化は進み、あの町も人の気配はまばらになっていた。
祖母の納骨の後、僕はあの廃工場へ向かった。
20年の時が、無情にも建物を蝕み、風化は進んでいた。
僕は錆び付いたあのシャッターを力任せにこじ開け、中へ入る。
あれから誰も入ってないのだろう……ホコリの量は多くなったが、他は見覚えがあった。
僕は二階から探した。
同じルートを同じように探したが、やはり二階はハズレのようだ。
本命の一階に降り、またダムウェーターを開けた。
いない……。
高々と積まれた木箱も、僕が成長したせいか、低く感じた。
もう隙間を縫うようには入れない体になっていた僕は、木箱を退かして探したが、ここもハズレだった。
どうしても冷蔵庫が怪しい……。
僕は冷蔵庫の扉を次々に開けていった。
祈るような気持ちで、冷蔵庫の扉を開けていく。
ことごとく空の冷蔵庫を見て、苛立ちまぎれに天板を殴りつけた時、ふと、僕は気づいた。
子供の頃、見えなかった冷蔵庫の天板を見て、奥に隙間を見つけたのだ。
まさか……。
僕は服が汚れるのも構わずに冷蔵庫の上に乗り、壁との隙間に目を凝らした。
そこには、小さな黒い塊が横たわっていた。
「ゴメン……やっと見つけてあげられたね」
僕は廃工場を出て、警察に通報した。
後の警察の調べで、あの子は水産加工場の娘で、22年前に行方不明になっていたことが分かった。
一日中動いていた冷蔵庫のモーターが、あの子を腐敗させることなく、ミイラ化させたため、誰も気づかなかったのだろうとのことだった。
20年越しの約束を果たせた今、あの子が夢に出てくることは……もうない。
作者ろっこめ
これは、とある企画に参加させていただいた時に書いた作品です。
ベランダ、少女、冷蔵庫の3つを怪談に盛り込むことが決まりで、落語の三題噺の怪談バージョンとでも言いましょうか。
なかなか楽しかったですが、苦労したのも覚えています。
拙い話ではありますが、ご一読いただけたら嬉しいです。