不景気真っ只中、就職氷河期と言われている頃、男は類に漏れず、就職浪人二年目に突入していた。
何もかもが上手く行かず、男は行き場のない怒りを溜め込んでいた。
そんな中、大学の同期から呼び出され、男は待ち合わせ場所に向かった。
「よぅ!」
気安く声をかけてきた同期に、無言で手を挙げる。
同期は難関の一流企業に就職を決め、順風満帆な人生を謳歌していた。
趣味のいいスーツを着こなし、みすぼらしい自分の服装とつい見比べ、嫉妬の炎が燃え上がった。
同期は高級そうなクラブに男を連れだち、中に入った。
煌びやかな豪華な店内に、色とりどりのドレスを着た若い女性達、まさに銀座と言わしめるような所に、男は場違いさを噛み締めた。
本革の長ソファーに座らされ、名前だけは知っている銘柄の酒、見た目だけのフルーツの盛り合わせを前に、男は縮こまっていた。
「好きなだけ呑めよ」
大人の余裕を見せる同期を前に、自分の境遇を呪いながら、ガブガブと酒を煽る男を、同期は哀れみと侮蔑の目で見ながら、グラスを傾けていた。
息苦しい酒宴が終わり、会計の際に同期がかざした黒光りのカードを見て、男は更に劣等感に打ちのめされた。
店を出た去り際に放った同期の一言。
「頑張れよ」
蔑むように吐き捨てたこの一言を背中に聴いて、男は「チッ」と舌打ちをした。
翌朝、男は呑み慣れない高い酒を呑みすぎた所為か、昼過ぎに目を覚ました。
その日は就職面接の予定があり、とうに約束の時間は過ぎていた。
その日行くはずだった面接案内の紙を見つめ、男はまた「チッ」と舌を打った。
男は怠惰に夕方までゴロゴロしていた。
ふと一応、昨夜のお礼を言おうと、同期に電話をかけようと思い立った。
上手くいけば、その企業に口を利いてもらえるかもなどと、浅はかな算段もあった。
男は携帯を鳴らす。
「この番号は、現在使われておりません……」
感情のない音声ガイダンスが流れてきた。
「番号変えたのかよ……」
男は苛立ちまぎれに携帯を放り投げた。
バカにしやがって……。
男は腸が煮えくり返りそうな怒りがこみ上げて、別の仲間に電話した。
細やかな悪評を広めるためだ。
電話に出た仲間に開口一番で口火を切る。
「なぁ、あの柏木っていたろ?」
すると、仲間は男の話しを遮った。
「はぁ?誰だよソイツ」
気の抜けたような仲間の声に、男が返す。
「柏木だよ!あのいけ好かないヤツ!いつも女をはべらせてた……」
「んなヤツ知らねぇよ?大体、お前と俺、モテないモン同士で、他のヤツと付き合いなかったろ?」
男は困惑した。
昨夜のことはおろか、大学時代のアイツは誰だったんだ?
「いやいや、とぼけんじゃねぇよ!!お前も覚えてんだろ?一緒に悪口言ってたじゃねぇか!!」
「だから、んなヤツ知らねぇって言ってんだろ?これからバイトだから切るぞ」
一方的に電話を切られた男は、放心した。
そして、自棄になって放置していた面接予定の会社へお詫びの電話をした。
「この番号は現在使われておりません……」
また、あの無機質なアナウンスが流れた。
冗談だろ?
男は面接案内の紙を探したが、何処にも見当たらなかった。
消えた……のか?
男は再び放心した。
まさか……あり得ない。
男は着の身着のまま部屋を飛び出し、面接予定の会社へ向かった。
男が会社の入っているビルに入り、入口のテナントボードを見た。
嘘……だろ?
会社の名前は無かった。
男はしばらく立ち尽くしたが、とぼとぼと帰路に着いた。
これは夢だ。
そう自分に言い聞かせ、翌日の面接に備えて眠りについた。
翌朝、目覚めは爽やかとは言えないものの、時計に目をやり、時間を確認する。
余裕はあったが、早いに越したことはないと、男は身支度を始めた。
顔を洗い、念入りに歯を磨いた。
シェービングクリームを付け、だらしなく伸びた髭をT字カミソリで剃り始めた。
「痛っ!!」
何ヵ月も替えていないカミソリの刃が、男の肌を切りつけた。
頬に残った泡が赤く滲んでいく。
男は鏡に映った自分を見つめて、忌々しげに「チッ」と舌打ちした。
数ヶ月後、生活臭溢れる状態の部屋で、持ち主不明の家財一式が発見され、小さなニュースになった。
作者ろっこめ
この話を書き上げた時に、ふと思ったんですが……。
ジャンルは何なんでしょうか。
普通に怪談でいいのでしょうか。
皆さんの作品が素晴らしくて、とても勉強になります。
どなたか、オススメの作品がありましたら教えてくださると嬉しいです。