正直、僕はもう聞きたくなかった。 吐き気と頭痛でもうその場から離れたかった。
想像するだけで、気持ち悪くなってきていた。
A「さっきも言ったろう? 鬼、畜生になったんじゃよ。
女子の死骸を見つけると、誰かがいったんじゃ。“穢れた女を成敗した”と。
凶事を吉事に無理やり変えたんじゃ。 その晩、村を上げての祭りになった。」
僕「祭り!? 何も悪いことしてない女性をよってたかって苛めて殺しておいて
それが良いことなんですか?
そんなのちっとも納得できないですよ!
第一、穢れたっていうなら村の人たちのほうがよっぽど穢れてるじゃないですか!?」
我慢しきれなくなって、全く無関係のAさんに怒鳴り散らしてしまった。
自分でも驚くくらい大きな声だった。
それでもAさんは落ち着いていた。
A「お前さんの言う通り。 結局、村人達も、住職も罪の意識から逃げ出しただけで、
ちゃあんと罰は帰ってきたんじゃ」
A「女子が死んで、村を上げた祭りをしていたとき、女子の死体は柱に括り付けられ
焚き火にかざされた。 村の者どもは歓喜にも近い状態で騒いでいた。
それはもう、狂ったとしか思えん光景じゃな。 見たわけではないが、想像はできる。
人は笑いながら人間を殺せるんじゃろうな。」
A「祭りが夜通し続く中、住職はただ一人、恐ろしいことをしてしまったと後悔していた。
自責の念というよりも、ただただ怖かったんじゃろうなぁ。
自分が呪われたり、何かよくないことが起きるんじゃないかと気が立っていたそうじゃ。
それでも、例の本は、そらぁきちんとせねばならんからの。 女子の血で張り付いた
紙を丁寧にはがし、拭き、しまわなければならんかった。
外では村人が騒いでいる、大勢いたから気も紛れたんだろう。
怖い気持ちをごまかしながらなるべく見ないように手を動かしたそうじゃ。」
A「ただ、女子の血が乾いておったから途中で破けてしまった。
元々曰く付きのもので、さらにぞんざいに扱ったらどうなるか分かったもんじゃない。
慌てて破けてしまった部分を見たんじゃ」
僕「それで? どうなったんですか」
A「食い入る様に、瞬きもせずその本を凝視しておったそうじゃ。」
僕「・・・」
A「しばらく黙ってその本を見ていたかと思えと、今度は最初から丹念に、読み出した。
おかしなことに、本と顔の間には指が一本はいるくらいの隙間しかなかったそうじゃ。
一心不乱に本を読む住職、それを知らず外では相も変わらず騒ぐ村人。
それは柱に括り付けられ音を立てて燃える女子を、火が多い尽くしたときに
起きたそうじゃ」
僕はもう言葉も出なかった。 ただただ、その場から動けず話の続きを待つことしか
できなかった。
A「女子の口がな・・・動いたんじゃ。 舌を噛み切って死んでいたからの。
それは苦悶の表情で死んでいったんじゃが、死んでから半日以上経とうというのに、
口元が笑ったんじゃ。
最初は誰も気付かなくての。 少しずつ、誰ともなく動きを止めて、
声を呑み込んで、じっと魅入られるようにその顔に目線を集めたんじゃ。
程なくして、誰かが悲鳴を上げてしまった。
それまので狂喜が恐怖にかわって村人全員に拡がるまでまで時間は大していらんかった」
A「それと時を同じくして、今度は本堂から住職が、もつれながら走って出てきた。
昨日は押しかけて責めたてた村人共が、今度は助けを請いに住職の元へ走って集まった。
“助けてくれぇ! 殺されちまう!! 和尚様、何とかしてくれぇ”
俯いたままで、肩を揺らす住職、、、村人が足を掴んですがりつくと
見上げた先にはどこを見ているか分からないまま、笑っている住職の顔があった。」
A「村人はすぐに“女子の呪い”と結びつけた。 それ以外には考えられんかった」
A「不気味に笑う住職の両手には、鎌が握られておった」
あとはもう話さなくても分かるじゃろう・・・。」
僕はそこでやっと“っはぁ!”と息を吐いた。
自分でも意識していない間に息を止めてしまっていたらしい。
僕は、自分を落ち着かせるために煙草に火を点けた。
手は震えていて、しっかりと火が点くまで何度もかかった。
震える手で煙草を吸い、ゆっくり吐き出すとそれまで溜まっていた、何と言うか
悪いものまで一緒に出てきているようで気が滅入った。
僕「それじゃぁ、もうその村は・・・」
A「酷いことはあったがなぁ・・・、結局最後は住職が寺ごと焼き払ったそうじゃ。
自分と一緒にな」
僕「そうですか。 それじゃぁその本もその時に」
A「あぁ、あんなもんないほうがええ。 恨みつらみを集めたようなもんは
あっちゃなんねぇ。
結局、だーれも良いことになんかなりゃしねぇ。
こんな話が残っているのことも、本当は良くねぇ。
あんたも学業のためとか言ってるけど、知っちゃいけねぇもんや見ちゃいけねぇもんが
あるってことをよっく覚えときなさい。
本当に怖いのは、何かってことも考えなきゃいけないよ」
僕「はぁ、、、ありがとうございました。。 疲れました。本当に」
僕は、疲弊感からなのか、それとも気分からか、それ以上は何も聞く気に
ならなかった。 ただ、少しでも早くその場を離れて帰りたかった。
A「そんじゃ年寄りの話はこれしかないもんで、さ、暗くなる前に帰りなさんな」
気持ち悪かったからか、それとも疲れていたからか、そう言われると挨拶も
手短に、車に乗り宿泊先の旅館へと戻った。 戻るなり荷物も乱暴になげ、
真っ先に風呂に向かった。何故かどうしても風呂に入りたかった。
身体に何か質の悪いものが纏わり付いている気がして、それを洗い流したかった。
風呂から上がると、部屋でしばらく放心状態だった。 とにかく疲れ果てていた。
食事もほとんど手がつかず、まだ20時前だったがその晩は強引にビールを
数本開けて酔った勢いで眠った。
目が覚めたのは午前3時だった。
酔いも醒め、眠ったせいか疲れも大分抜けて頭が冴えてきた。
僕は、ふと気付くと聞いた話を思い出そうとしていた。
どうしても、違和感が合って、腑に落ちなかった。
それが何なのか分からずしばらくAさんに聞いた話を繰り返し思い出していた。
何か・・・変だ。
おかしい事がある。
考え始めてから2時間が過ぎた頃、それが分かりかけてきた。
思わず呟いていた。
「村中が巻き込まれた事件で、何で、こんなに詳しい話が残っているんだ?」
「それに・・・読んだ馬鹿者は誰だ? 出てきたか?」
そう、Aさんの話にはおかしいところがあったんだ。
村では惨劇が起きた、はずだ。 じゃぁそれをここまで細かく伝えたのは・・・誰だ?
それに、Aさんは「読んではいけないものを読んだ馬鹿者」と、そう言った。
読んだ馬鹿者は話に出てきていない。 Aさんの話に出てきたのは
「読まされた女子」と「思わず目が言ってしまった住職」しかいない。
言葉通りだとしたら、自分から読んだ人間がいたはずだ。
僕はすぐにAさんの家へと向かった。ただ、疑問や矛盾を取り払いたかった。
Aさんの家についたとき、まだ当たりは少し暗かった。
当然Aさんも起きている訳がなく、時間を持て余した僕はAさんの家の周りを
少し歩くことにした。
Aさんの家は昔ながらの日本家屋で、お世辞ではないがきれいではなかった。
アスファルトなんてものはなく、雑木林に囲まれているような感じだ。
車は少し離れたところに停めて、しばらく歩かなればならない。
Aさんの家を、遠巻きにぐるりと周り、家を正面から見て左手に差し掛かったとき、
すこし離れた場所に白い建物が見えた。
いや、白くはなかった。元は白かったのだろうが薄汚れていた。
かなり時間がたっているらしくところどころ壊れたところと、つぎはぎのように
板が打ち付けられていた。
近づいて見ると、、、あぁ、何で来てしまったんだ。 土蔵だ。。。
古い、土蔵だ。
その少し先には、、、何かの建物があったような大きな敷地の跡があった。
それが何を意味しているかはすぐに分かった。分かったが体が動かない。
何もしていいかも分からない。 完全に、その場で固まっていた。
何故って、僕の視線の先には、、、視線の先には土蔵と、恐らく寺があった敷地と、
それに、何もない更地となったその敷地の真中を囲むように小さな小さなお堂が四角に
真中を向くように置かれていて、対角線が交差する丁度中心には巨大な石碑が、
注連縄を巻かれていて、その周りには渦を巻くような形でこぶし大の石が敷き詰められていたから。
動けない状況で、僕は自分の全身が震えていることを感じていた。
全身に鳥肌が立ち、体中から汗が噴出していることも感じた。
最後まで気付かなかったのは、僕が泣いていただけだ。
多分、声を出していたと思う。
泣きながら、ただその中心に目を奪われていたんだ。
「おいっ!! こら!! オメェ何してる!!!」
その声で僕は叫び声を上げた、体が動いた。
その後は、断片的な記憶しかない。 ひたすら土蔵と、石碑の反対側へと
駆け出して、雑木林の木にぶつかっては立ち上がり、足がもつれては転び、
気がつくと僕は、押さえつけられていた。
「落ち着け! お~ち~つ~けぇ!!」
鼓動はいつまでたっても治まらなかった。 息もほとんど吸っていなかったと思う。
目を大きく見開いていたが、何が起きているのか全く理解できなかった。
目に映るものが何かを理解できなかった。
バチン! バチン! バチン!
「目が醒めたか!? あぁ? おぉ~いっ! しっかりしろ!!」
バチン!
顔を何度も平手打ちされ、僕はやっとそれがAさんだと分かった。
安心して泣いた、恥ずかしいけど、子供のように泣きじゃくったんだ。
「うぅ~、おうぅ~。。 っ! おわあっあ、。あわあっあでう」
怖かったと言おうとしたが、泣きじゃくっていたせいでまともな
発音になっていなかった。
Aさんはしばし黙って僕を見ていた。ただ、僕が落ち着くのを待ってくれていた。
30分くらい経っただろう。 僕はやっと落ち着きを取り戻し、Aさんが
助けに来てくれたことを理解した。
A「ふぅ~。なぁんか足音がすっから気になって来てみれば。。
あんたみたいな人がここにいちゃいかん。ほれ、立てるか?」
僕「はい、あの、僕一体・・・。」
A「後で話ししてやっから。ほれ、行くぞ」
僕はやっとの思いで立ち上がり、Aさんに連れ添われるようにAさんの家に向かった。
Aさんの家についたときには、安心からかまた泣いた。
Aさんが出してくれたお茶がおいしかった。 心のそこから「助かった」。
そう思ったんだ。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話