ある夏のむし暑い夜、仕事帰りの男がバス停に向かって歩いていた。
バス停まであと数十メートルというところで、ふと後ろから呼ぶ声がする。
「すいません、少しお時間よろしいですか?」
男が振り替えると、道の脇に一人の女が立っている。
いつもならば、無視して通り過ぎる男だが、女の異様さに呆気に取られて、つい立ち止まってしまった。
暑そうなワインレッドのロングコート。脂の薄そうな腰まで伸びた髪。大きなマスク。緑のリュックサック。
「……なんですか?」
不気味に思いながらも声をかける男。
「私きれい?」
少し訛りのある女の口から出た言葉は、男が女に抱いたイメージ…口裂け女そのままを表した言葉だった。
身の危険を感じた男は、急いで逃げ出す。すると、後ろから女が泣きながら「待ってください」と絞り出すように言った。
なんだか、自分のしたことに罪悪感を感じ、女の所に戻る男。
涙を流す女に理由を聞くとこうである。
驚かせて申し訳ない。自分の口は確かに裂けている。生まれつきの病気でこうなってしまった口裂き女だ。地方から出てきたが仕事も見つけられないし、人にも恐れられ避けられる。もう死のうかと思い、死ぬ前にふざけて人を驚かそうと思った。
でも、やっぱり死ぬのが怖い。
女が不憫になった男は言った。
「死ぬなんて言うな!俺が相談にのってやるよ」「ありがとうございます。こんな口裂き女を心配してくれて」
男はバスに乗らずに、近くの公園で女と何時間も話し合った。
気づくと公園の時計は23時を指していた。
男「君はなかなか楽しい人だな。これなら充分やっていけるよ」
女「相談に乗っていただいて、ありがとうございました。あなたのことは忘れません」
男「気にするな。じゃあそろそろオレは帰るよ」女「あ、待ってください。これ受け取ってください」
男に渡されたのは茶封筒。中に数枚紙が入っているようだ。
男「ああ、さようなら」
自分の住むアパートに着いて、部屋に入ると男は茶封筒を開けてみた。
「……………」
トイレに駆け込み、胃の内容物を吐き尽くした。
茶封筒の中身は、6枚の写真。写真一枚一枚には1人ずつ口をズタズタに切り裂かれた男達が写っていた。
そういえばあいつ言ってたな。
「ありがとうございます。こんな『口裂き女』を心配してくれて」
玄関のドアが静かに開いた。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話