私には弟が二人いて、二人とも結婚して子供もいる。
当然、両親は私の結婚も望むんだが、まだ時間が必要だ。
地元で業担をしていた頃、仲の良い他社の業担のKさんに、彼の後輩のY君と飲み会に参加してくれ、と言われた。
行ってみたら、別の派遣会社の女性従業員が二人。
ハメラレタ…合コンだった。
後でKさんが言うには、
「ゴメンゴメン。でも、本当のこと言うと参加しないでしょ?」
どうやら彼女のいない私に、つき合わせたい女の子がいて、セッティングしたらしい。
その女性…Tさんは、背が高くて髪の長い美人。しかし礼儀正しくて、性格の穏やかな人だった。
Kさんの計算外だったのは、Y君が積極的にTさんにアプローチしたこと。
Y君は若くて背が高く、性格も明るい。
私は身長は平均だし、温厚(人畜無害)な顔なだけ。
翌日、Y君から、
「Tさんとつき合うことになりました。」
と言われても、素直に納得。むしろ祝福した。
ところが後日、私が残業確認の為に現場を回っていると、Tさんがスッと近寄って来て、
「あの…Yさんが私とつき合ってるって言ったみたいですけど、信じないで下さいね。私、つき合ってないですから」
と囁いた。
混乱してしまった。
あれ? じゃあY君の言ったことは?
Kさんが真相を説明してくれた。
「Yの言ったこと、嘘なんだ。告白したけど断られたらしい。でも、まだ好きだから、君をTさんに近づけさせないよう、嘘をついた」
Tさんが好意を持ったのは、私だったそうだ。
嘘をつかれたとはいえ、私はY君を憎む気は無かった。
仲良くやってきた仲間だし。
むしろ、Y君とTさん二人の気持ちに挟まれて、戸惑ってしまった。
ヘタレな私は、自分の気持ちは抑えて二人には普通に接することに。
毎日、現場を回るとTさんと会釈で挨拶を交わす。
お互い、会社が違うから、おおっぴらに会話するワケにはいかない。
でも、いい歳して芽生えた初恋みたいな淡くてほのかな想いは、二人の間で育っていった。
当然、勘の良い人は気づく。
私は、彼女の周囲にいる男性従業員達に、訝し気な目から、敵対心剥き出しの目で見られることに。
しかし、彼女の気持ちは揺るぐことなく、男性従業員達も諦めモードに。
でも、別れは突然やってきた。
ある日、Kさんが暗い顔で教えてくれた。
Tさんが、退職して地元に帰ると。
複雑な心境だった。
お互い、正直な気持ちは言ってなかったし…。
現場に行くと、Tさんが寂しそうな顔で、
「辞めて地元に帰ることになりました」
と、頭を下げた。
私は、
「お疲れ様でした」
と返して、頭を下げた。
気の利いた言葉は、出なかった。
Tさんの同僚達と、私の会社の従業員達が、不思議そうな顔で私達を見ていた。
二週間が経って、私は仕事の合間に事務用品の買い出しに、スーパーに行った。
その時、
「こんにちは」
という声に振り返ると、Tさんがいた。
「あれ?」
と言う私にTさんは、
「いろいろ片づけとかあるから、まだ帰ってないんです」
と微笑んだ。
でも、寂しそうな顔だった。
「あの…」
Tさんが続ける。
「私、○○(私)さんが好きでしたよ。今も…」
「俺も…好きです」
別れる時が来てから、告白するなんてな…。
Tさんは、少し寂しそうな…でも笑顔で、
「ごめんね…。もし違ったかたちで会ってたら…」
「あの…会いに行きますよ!連休になったら絶対!」…私は言った。
寂しい顔をさせてるのは、私だから。
Tさんは、「ありがとう」と言った。
もっと話したかったけど、時間が無かった。
必ず会いに行くから、ともう一度言って、私は会社に向かった。
Tさんは、笑顔で手を振っていた。
会社に戻ると、Y君が暗い顔をして近づいて来た。
「○○(私)さん…Tさんが…亡くなりました…」
はっ? 何言ってんの? さっき会ったよ?
混乱する私に、Y君は、
「彼女が辞めた理由…病気だったんです。先週、帰って入院したんですけど…」
えっ?えっ? 先週帰った?
Tさんの会社の業担に聞くと、間違いなく先週で退寮して地元に帰っていた。
Y君は、ずっとTさんに電話していたが繋がらず、昨日やっと繋がったら出たのはTさんのお母さん。そこで、全てを知ったらしい。
彼女は、一昨日に亡くなっていた。
彼女が亡くなったのは、事実だった。
その年の暮れ。
私は、Tさんの地元に行った。
その県の、何処の市かは知らなかったけど。
「ごめんね…俺に勇気があれば…」
呟く声に、答えは無かったけど、冬の街に温かな風が流れていった。
怖い話投稿:ホラーテラー 元業担さん
作者怖話