私の友達、Mちゃんは霊が見えます。
私とMちゃんがまだ小学生だった頃の話です。
思えばこの件は私がMちゃんと体験した最初の怪異であり、またMちゃんが「見える」ことを自覚するキッカケにもなった件でした。
ある日、Mちゃんに「明日お祭りに行こう」と誘われました。
隣市の神社で毎年開かれるお祭。
私も両親に連れられ何度か行ったことがあります。
断る理由もありません、私は「うん、いいよ」と二つ返事で了解しました。
しかし私たちはまだ小学生です。
時間も夕方からで場所も遠いし、親に子供だけで行っては駄目だと止められました。
何もなければ父か母が連れて行ってくれるのですが、その年は運悪く両親共都合が悪かったのです。
そのことをMちゃんに相談すると、ちょうどこっちに来ているらしいMちゃんの叔母さんが付き添ってくれることになりました。
それで私はなんとか親の了承を得ることが出来たのでした。
次の日、待ち合わせの駅前。
Mちゃんはほとんど待たないうちにやって来ました。
しかし、一人です。
「あれ? 叔母さんは?」
「ちょっと遅れるの。待っててって」
私は叔母さんに会うのが少し楽しみでした。
Mちゃんの叔母さん……Mちゃんのお母さんの妹にあたる人ですが、Mちゃんから聞いた話では、どうやら彼女も「見える」人らしいのです。
どんな人なんだろうなー、と待つこと10分くらい。
真っ赤な車が私たちの前に止まりました。
「叔母ちゃんなの」
Mちゃんが言いました。
車から降りてきたのは、やたらとスタイルの良い、派手な女の人でした。
全体的に赤を中心にした服装で、髪も金に染めて赤いメッシュを入れています。
その女の人は「遅れてゴメンね」と私たちに言いました。
「あの、えっと、はじめまして……○○です」
私は予想外の容姿に戸惑いながらも、Mちゃんの叔母さんに挨拶をしました。
「ああ、○○ちゃんね。Mからアナタのお話聞いたわ、仲良くしてくれてるそうね。
はじめまして、Mの叔母のRです」
そしてMちゃんの叔母さん――Rさんは微笑みました。
見た目とは裏腹に、意外と優しい印象です。
「あ、はい。よろしくお願いします……Rさん」
若く見えたのでおばさん、と呼ぶのも抵抗があり、私はRさんと呼びました。
「叔母ちゃん、早く行こう。お祭り始まっちゃうの」
自己紹介も終わったところでMちゃんがRさんを急かします。
「そうね、混んでも嫌だしね」
Rさんは私たちに車へ乗るように言いました。
私とMちゃんは後部座席に乗り込みました。
お祭りのある神社までは車で20〜30分くらいでした。
「仕事も今日で終わりだったしね。まぁ、ちょっと手こずったから遅れちゃったんだけど」
付き添いに対するお礼に、Rさんはそう答えました。
「じゃあ車停めてくるからここで待っててね……ちゃんと待っててね」
神社に到着し、Rさんは私達を降ろすと車を少し離れた仮設駐車場へ停めに行きました。
何故か二回「待ってて」と言いました。
その時の目線は、神社の近くにある空き地へ向いていました。
辺りを見回すともうかなり人が集まってきていて、出店の作る焼きそばのいい匂いもしてきます。
「あれ、○○と嘘つき女がいるぞ!」
がやがやと人混みの中。
私とMちゃんが叔母さんを待っていると、同じクラスのお調子者であるKが、他に2人の友達を連れて現れました。
彼らはMちゃんを「嘘つき女」と呼んで、なにかとちょっかいをかけてくるのです。
「それ、やめてよ! イジメじゃない」
私はKに食って掛かりました。
「なんだよ、○○はソイツの味方すんのか? 嘘つきがうつるぞ!」
そう言ってKは取り巻きの二人とけらけら笑います。
私はむっとして、
「何よ、怖がりのくせして。嘘つき、嘘つきって、本当はMちゃんの話が怖いだけなんでしょ!」
と、言い返しました。
変にプライドの高いKにはこれが効くのです。
「馬鹿、こ、怖いことあるかよ!」
「お姉ちゃんがホラー映画観てる時、いっつも部屋にこもってブルブル震えてるくせに。聞いたんだからね。
怖いからってあることないこと言わないでよ」
Kの顔が赤くなるのが分かりました。
「な、なんだよブスっ! だったらなぁ、証拠はあんのかよ! 本当に見えるんなら証拠見せろよ証拠!」
「証拠……」
私は少したじろぎました。
そう、私自身見えないのです。
Mちゃんを疑うわけではありませんが、証拠を見せろと言われてもどうすればいいのか……
「ほら、やっぱ嘘じゃねぇか。嘘つきって認めろよ」
Kが勝ち誇ったように笑みます。
「嘘じゃないの。証拠見せるの」
その時、Mちゃんがポツリと呟きました。
「証拠見せれんのかよ?」
「証拠見せるの」
そう言ってMちゃんは歩き始めました。
「ちょっとMちゃん、Rさんは待ってろって……」
私の静止にも、Mちゃんは聞く耳を持ちません。
あまりに無表情なMちゃんの様子は、どこか不気味でした。
「おい、本当だったらどうするんだよ」
Kの取り巻きが怖じ気付いたように顔を見合わせます。
「ビビってんのか? だったらお前ら帰れよ。俺だけで行ってくる」
Kはそう言うと、一人でMちゃんの後に着いて行きました。
「……俺、知ーらね!」
「お、俺も!」
二人は逃げるように去って行きました。
Mちゃん、どうしたんだろう……?
私はすぐにMちゃんとKの後を追いました。
「どこまで行くんだよ」
Kが苛立ったように言いました。
「ここなの」
Mちゃんに連れられて来たのは、神社の近くの空き地でした。
そう、先ほどRさんが見ていた空き地です。
賑やかな祭の音はまだ聞こえていました。
私達はMちゃんの後につき、壊れた立入禁止の柵を抜けて中へ入りました。
古いコンテナで影になった場所へ、Mちゃんは進んで行きます。
まるでそこだけが、周りから遮断されているようでした。
その時、私は吐き気が込み上げてきました。
異常。
何かがおかしい。
重苦しい威圧感が辺りに漂っています。
「何があるんだよ」
「ここにいるの。女の人。歯がないの」
こんな場所にいて平気なKが不思議です。
私は知らぬ間に後退りしていました。
「どこ行くの?」
「え?」
Mちゃんが私を見ていました。
「逃ガサナイワヨ」
……声が、違う。
にたぁ、と笑ったMちゃんは、最早Mちゃんではありませんでした。
白目をむいて、口からボタボタと血がたれています。
流石にKも、異常な様子に冷や汗をかいていました。
「誰モ逃ガサナイ……折角コンナ良イ体ガ見付カッタノニ……」
「M……ちゃん……?」
「なんだよ……どうなってんだ!?」
空気の重さがまた一段と増しました。
「ウフフ……アハハ……アハハアハハ……」
Mちゃんに取り憑いた何かが、狂ったように笑う。
私は心底恐怖しました。
寒気が止まらなく、立っているのもやっとです。
「お前、ふざけるのもいい加減に……!!」
Mちゃんの肩を掴もうとしたKの体が、次の瞬間、はね飛ばされていました。
「ウフフウフフアハハ……」
尻餅をついたKの目には、はっきりと恐怖が浮かんでいます。
「何なんだよ、お前……」
「私……ワタシハ……」
「それは怨霊よ」
エネルギーに満ちた、力強い声。
振り向くと、そこにはRさんが立っていました。
「どこに行ったかと思えば、やっぱりここだったか。タチの悪い奴に見入られちゃって……」
重苦しい空気も意に介さず、Rさんは悠々とMちゃんに向かって歩き始めました。
「さっき隠れてた奴ね。大したこと無いと思ってたら、Mに目を付けてたのね」
Mちゃんの目が怯えました。
はっきりと分かったのでしょう、『天敵』が現れたのだと。
「来ルナ……! コノ娘ガドウナッテモ……」
「黙りなさい」
Rさんは右手の掌でMちゃんの胸を打ちました。
そして左手で印を組み、気合いを一喝。
Mちゃんは糸が切れたように崩れ落ちました。
身体を押さえ付けていた圧迫感は、嘘のように消えていました。
Rさんは私とKに「大丈夫だった?」と聞くと、ポケットから木の根みたいなものを取り出して、私とKに渡しました。
「噛んどきなさい。楽になるから」
抵抗はありましたが、噛んでみると確かに気分が楽になります。
その間Rさんは、Mちゃんに御札を丸めて液体と一緒に飲ませたり、コンテナに隠れた一角に陣を立てて何か呪文を唱えていたりしていました。
「ま、今日はこんなもんか」
「ん……」
「Mちゃん!」
全てが終わったところで目を覚ましたMちゃんは、いつものMちゃんでした。
後で聞いたところによると、あの空き地にいたのは強い怨霊で、封印という形を取られていたものの、最近になってそれが解けたものらしいです。
前任者の力量不足で処置が甘かったんだとか。
Rさんはお祭りの後、数日かけて後始末をしたそうです。
Mちゃんは「見える」ことに慣れすぎていて、それが良いものなのか悪いものなのか分からなく、今回はタチの悪い怨霊に見入られてしまったそうです。
「この子には一から教えなきゃならないわね」
Rさんの一言が印象に残りました。
Kはと言うと、Mちゃんを「嘘つき女」と呼ぶことをやめました。
それどころか、どんな心変わりかは知りませんがMちゃんに親切になりました。
そういえばRさんに何か言われていたので、それがキッカケかもしれません。
「馬鹿、あんなん怖くなかったぜ」
しかしまぁ、見栄っ張りは依然そのままでした。
Mちゃんは私達を危険な目に遭わせたことをRさんからよく言い聞かされたらしく、しばらくは口数が少なかったです。
ただ……以前より「見える」ことを自覚したようでした。
以上、これが私が初めてMちゃんと体験した怪異でした。
怖い話投稿:ホラーテラー かるねさん
作者怖話