わしはこの場所で死んだ。
駅のホームから落ちたんだ。普通なら事故だよな…。
だがわしは、掴める物があっても掴まなかった。
体勢も立て直す事は出来たろうが、それをしなかった。
生きる事を諦めてしまった…。要するに自殺だ。
だからわしは死んだ今も、何度も何度も あの時と同じように 死ななくてはならない。
何度も何度も…。このまま永遠に繰り返すのか…?
あの頃わしは、自分の会社を持ち直す事だけに必死になっていた。
なに、会社って言っても 吹けば飛ぶような小さなもんだ。
バブルが消えれば 蜥蜴の尻尾切りのように、切り捨てられていく…。
しかし従業員達の為には踏ん張らなければ、と必死だったよ。
妻も子供も、家にも帰らぬわしに愛想を尽かして出て行った。
そこまでして守ろうとした会社は、裏切り者にあっさりと取られてしまった…。
何もかも失ったわしは、たいして強くもないのに酒をしこたま飲み、この線路に落ちたというわけだ。
さて…そろそろ時間だ。
また、わしが死ぬ時間がやってきた…。
「ちょっとあんた。」
あの電車がきたら わしは…
「ちょっとあんた!聞こえてるんだろう?」
…は!?なんだ?まさかわしに言っているのか?
見ると、わしの横に婆さんがいた。
「やっぱり聞こえてんじゃないか。さっさと返事をおし!」
「わ、わしが見えてんのか!?」
「あぁ、見えるし聞こえるよ?
あんたは珍しいねぇ。自ら命を絶っているのに 誰も恨んでいない…。人間性も保っている。」
なんだ、この婆さん…。生きている人間のようだが…。
「婆さん…あんたは一体…」
電車が近づくにつれ、体が引っ張られる。
「婆さん、わしが見えるのなら あっち向いてた方がいいぞ。
轢死体なんて 見たくないだろ?」
線路にどんどん引っ張られる。わかってるよ、ちゃんと落ちるさ…
今まさに落ちようとしたその時…
線路とは反対側へ、ぐいっと引っ張られて わしは尻餅をついた。
電車が目の前を通過していく。
何が…何が起きたんだ!?
婆さんがわしの腕を掴んでいた。
「あんたが…わしを!?」
あたしについて来るかい?」
そう言うと、婆さんはスタスタと歩きだす。
「え?ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
慌てて立ち上がり、わしは婆さんの後をついて行った。
信じられない…!わしだって、何度もあの場所から逃げようとした。
しかし見えない壁のようなものがあって、あそこから離れられなかったのだ。
それをいとも あっさりと…!何者だ?この婆さん…!
しばらくついて行くと、婆さんの家に着いたようだった。
「お入り」
婆さんに言われ、恐る恐る中に入ってみる。
「あら、お母様、おかえりなさい。お茶入れましょうか?」
「いや、大丈夫だよ。あたしがやるから、あんたは休んでな?
今が大事な時なんだから」
「ありがとうございます。何か用があったら 呼んで下さいね。」
そうにこやかに言うと、その人は奥へ戻って行った。
「あんたの事は、他の者には見えないから 安心おし。」
「そ、そうなのか?」
「そこがあたしの部屋だ。さぁ、入りな」
通されたのは簡素な和室だった。
「じゃ、お茶でもいただくかね。」
そう言うと婆さんは、茶を入れ わしのところへ置いてくれた。
お茶の横には豆大福が添えてある。
「まぁ、一応…な?」婆さんはふふっと笑った。
甘い物なんて どれくらいぶりだろうか?
豆大福を一口食べてみると、程よい甘さが口一杯に広がった。
「う、うまい!!」
思わず目に涙がにじむ。
「あ、あんた食べたのかい!?」
婆さんが驚いた顔でわしを見た。
「あ、いや、つい!食べちゃまずかったのか?」
すると婆さんは、腹の底から楽しそうに笑った。
「いいよ、食べても。しかし珍しいもんを見たわ!」
ひとしきり笑うと、これも食えと 自分の豆大福をわしにくれた。そして
「さて、あんたは自由になった。どこへ行こうと、かまわない。」
と言った。
「自由…」
しかしいくら考えても、行くところなんてない…。
「ここにいては…ダメだろうか?」
婆さんは、悪さをしないなら と、また笑った。
なんだか今日は騒がしい。一体どうしたんだ?
廊下をうろつく婆さんを見つけ、何があったのか聞いてみる。
「生まれた孫が、今日ここへ帰って来るんだよ!楽しみだねぇ」
なるほど。落ち着かないわけは それか。
しばらくすると、若夫婦が赤ん坊を連れてやってきた。
男の子だ。
なんだか家の中が、パッと明るくなったようだ。
名前はゆうやというらしい。
その子はすくすと育ち、婆さんも可愛がっていたから、5才の頃には立派な婆ちゃん子になっていた。
「なぁ、婆さん。わしは思うんだが…あの子はもしかして、わしの姿が見えるんじゃないか?」
「何!?何故そう思う?」
「たまにだがな…。わしが後ろに立つと振り返るんだよ。
わしはすぐに隠れているから、完全には見られてないとは思うが。」
「そうか…。息子には受け継がれなかったから 安心していたが…。
ゆうやに引き継がれてしまったのかもしれん…」
「あとな、ずっと思っていたが 気のせいにしてきた事があるんだが…」
「なんだ?」
「わし…縮んでるよな!?」
もう、気のせいなんかじゃごまかせない。
なにせ婆さんより小さいのだから。
「今頃何を言ってんだか…。縮んでるのなんか、とっくに気づいてるだろうに。
お前はな、自殺者だ。
それなりの罰は受けねばならん。」
「罰…。」
そうか、自由と引き換えに…か。
それならそれでいい。
それが運命なら、受け入れるだけだ。
あれから何年たったのか。
ゆうやには、もう何度も見つかっていた。
最近では、わしを見つけると追いかけてさえ来るようになった。
そろそろ潮時か…。
そう考え始めた頃、婆さんが倒れ そのまま亡くなった。
棺にすがりつき泣いてるゆうやを見て、わしは思わず声をかけてしまった。
「大丈夫か?」と。
ゆうやは、藁にもすがりたい気持ちだったんだろうか。
わしを抱きしめ泣き続けた…。
婆さんが死んだ今、ゆうやを見守れるのは わししかいないじゃないか!
わしはここにいる事を決めた。
ゆうやがわしを、求めてくれるのなら……。
「オッサン!ゲームしようぜ!」
あれから四年、今ではすっかり わしをオッサン呼ばわりだ。
「今日買ってきたゲームさぁ、対戦できんだぜ?」
ゆうやは気づいているだろうか。
初めて話した時より、わしがたいぶ縮んだという事に……。
「早く、オッサン!勝負しようぜ!」
全くこいつは…!いつまでたってもガキだなぁ。
早く大人になれよ!
わしが、完全に消えて無くなってしまう前に…。
「よっしゃ!仕方ねぇな〜。相手してやるよ!」
今は、この暮らしが 少しでも長く続くようにと 願っている。
怖い話投稿:ホラーテラー 桜雪さん
作者怖話