歩き始めてから何分経ち、何歩進んだのだろう。
気付けば後ろからの気配はなかった。諦めたんだろう。
「良かったですね、兵隊さん」
「ええ、助かりました」
じいちゃんは歩きながら、出口に着いたらこの人達になんと御礼をしたら良いか考えていた。
そんな時僅かな光が前から射しこんできた。
光の方へ無我夢中で全力で走った。
最初のうちは目がくらんだが徐々に慣れていき洞窟から飛び出すと…
目の前には夕暮れに太陽が沈みかけた大きな海が広がっていた。
敵は一人もいなかった。
助かった。生きて出てこれたんだ………生きる喜びを実感していた。
ハッと思い出した。二人に御礼を言わないと。
が、どこにもいない。前は少し行けば崖。横は二人通れるのが精一杯の細道。まさか落ちたのかと思い身を乗り出し見てみるといなかった。
振り返ると洞窟の横に窪んだ穴があり、二人がいた。
お母さんらしき人が正座で腹を刺し前屈みになっている。両手は包丁を刺した状態のまま。
その数十cm先には女の子がうつ伏せの状態で手を伸ばしながら倒れていた。手を伸ばすその先には母親が。腹の辺りは血が乾いた後がにじんでいた。
二人の周辺にはタバコの吸殻が落ちていた。
それを見たじいちゃんはこう思った。
敵に追われ命からがらで逃げてきた。洞窟に隠れているとこを見つかり。殺される前に娘を刺し、母も自決した。敵はそれを見届けると吸殻を捨て去っていった。崖に飛び降りる事よりも相手の目の前で自決する事を選んだ。
同じ日本人として立派に、誇りに思った。
じいちゃんは目の前にいる親子を何とかしてあげたいと思った。
お母さんの包丁をゆっくり垂直に抜いた。被っていた帽子を湧水に浸し、傷口を拭いてあげた。
娘にも同じように傷口を拭いてあげた。
離れ離れになってしまった娘を持ち上げるとお母さんの横に座らせた。お互いの手を握らせ、土下座して、
「ありがとうございました!この御礼はあの世にて必ず、必ずや御返致します。ありがとうございました!!」
と言った。じいちゃんはそれから敵にバレないように山を大きく遠回りして二日後無事に本部に着いた。
じいちゃんは最後にこう言っていた。
「洞窟の中で、もう少しであの親子は『行く』って言ってたけど、多分わしを出口まで届けたらあの世へ旅立つっていう意味だったんじゃ。本当に戦争はもうたくさんだ。」
怖い話投稿:ホラーテラー 万年みひろ命さん
作者怖話