長編21
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もう一つの世界

何から書けば良いのだろう。

正直文章を書くのは苦手だ。

だが、僕の記憶が薄れてしまわない内に書き記しておきたい。

拙い文章になるだろうが、最後までお付き合い頂けると有り難い。

僕があの世界に行ったのは、高校一年の夏休みだった。

冷たい物が欲しくなってコンビニに行った帰りだった。

涼しいコンビニを出て、真夏の炎天下に出た瞬間、めまいがして僕は思わずしゃがみこんだ。

しゃがみこんでた時間はほんの数秒程度だったと思う。

だが、その数秒で世界は変わった。

僕が顔を上げた時に目にした景色は、数秒前とは全く違ってた。

コンビニの前の大通りも、数軒ある飲食店も姿を消し、足元はアスファルトから砂漠の砂のような物に変わり、目の前には黄色い壁(原色の黄色)が無限に続いていた。

要するに、砂漠の中に黄色い壁が続いてるのを想像して頂けると良い。

僕はワケが解らず目をこすったり、頬をつねってみたが、目の前の光景に変化はない。

ハッとして振り返ると、背後にあるはずのコンビニすらない。

さっぱりワケが解らず一、二分程突っ立っていたら目の前の壁がいきなり左右に割れて扉のように開いた。

そして、童話やなんかに出てくる魔女のような、頭からすっぽりマントを被った人(男性だと思う)が二、三人出て来た。

僕のその時の心境は、何故か(見つかった!どうしよう!)的なものだった。

何だか自分が凄く場違いな場所に紛れ込んで(実際そうなんだが)、それを指摘されるのを怯えてるような気分だった。

彼らは僕に近寄ると、二言三言何かを言ったが、僕には全く解らない言葉だった。

一度も耳にした事のない言葉だった。発音もとても変わってて、文章で説明するのは難しい。

今思うと、彼らはあの時僕に言葉が通じてない事を初めから知ってたんだろう。

何故なら、彼らはすぐに身振り手振りで、僕について来るように促したからだ。

その時の僕の心境は、本当に彼らについて行って良いのかと恐れる気持ちが強かった。

しかし、砂漠のような場所で彼ら以外の助けが来るのを期待も出来ず、彼らについて行くより他はなかった。

今はついて行った事を後悔している。

しかし、あの時他の選択肢がなかったのも事実だ。

あの壁の向こうは地獄のような世界だった・・・。

だが、あの時僕には他の選択肢はなく、彼らについて行くより他はなかった。

壁の向こうには砂漠のような砂ではなく、学校のグラウンドや公園のような地面があった。

だが、草木や花はなく、プレハブのような(多分プレハブとは材質も違う。色も違ってたし)建物が点在しているだけだった。

道と言うようなはっきりした物はなく、僕らはただ真っ直ぐ歩いて行った。

10分ぐらい歩くと、少し立派そうな建物が見えて来た。

だが、形はいびつで屋根にあたる部分変に歪曲していた。

色は始めに出くわした壁と同じく原色の黄色一色。

扉や窓は一切なく、僕は心の中で思案した。

(どうやって入るのだろうか?

それとも建物ではないのだろうか?

もしかしてオブジェか何かなのか?)

その疑問はすぐに晴らされた。

先導していた人間が立ち止まり、僕に建物に入るように促したからだ。

(は?扉ものないのに入れって?)

僕が躊躇していると、そいつはいきなり僕の腕を掴んで建物に押し込んだ。

一瞬グニャンとした感覚が僕を包んだ。

何か昔あったスライムとかいうドロドログニャグニャのゴムみたいな物に似た感触だった。

見た目は普通にコンクリートのような感じに見えたのに、ゴムのような物だったとは。

僕は驚くやら感心するやらで、しばし建物に入って来た場所を眺めていた。

そして、彼らが入って来る気配が一向にない事にやっと気付いた。

彼らがなかなか建物

(建物と言って良いのか解らないが)

の中に入って来ないので、僕は若干慌てた。

そして建物内を見回してドキっとした。

他にも数人の人が居たのだ。

その人達は、彼らと同じようなマントを身に着けて居たが、一つだけ彼らと違っている所があった。

マントの色が違うのだ。彼らは全員黒いマントを着て居たが、ここに居る人達は全員がグレーっぽいマントを着て居る。

そして、そのグレーのマントの人達が僕に近づいて来て、その中の一人

(ちょっと年配の男性)がこう言った。

「素晴らしい。

あなたは生身の身体なんですね。」

(は?何?生身の身体って・・・。この人達は生身の身体じゃないのか?って言うか言葉が通じてる!)

僕の頭の中は様々な疑問と、言葉が通じる人間に出会えた喜びやなんかで軽く困惑していたが、とにかく言葉が通じる相手に質問しなければと気が急いていた。

「あの、ここはどこなんですか?どうすれば元の場所へ帰れるんですか?」

グレーのマントの人達は驚いたように互いを見やってから、話かけて来た男性がこう言った。

「帰る?

帰りたいのですか?

あなたは神様に選ばれたのに?」

(は?神様に選ばれた?え?何に選ばれたんだ?ってか、もしかして僕は死んでるのか?ここはあの世なのか?いや、それなら「生身の身体」って言われた意味が解らない。一体全体神様って何なんだ?)

「あの・・・神様ってどう言う事ですか?

選ばれたってどう言う意味ですか?」

男性はにこやかな笑顔を浮かべてこう言った。

「ああ。まだあなたはこの世界に来たばかりなのですね。

あなたはこの世界の神様に選ばれたんですよ。

とても名誉な事です。

全く羨ましい」

(だから神様とこの世界の事を説明しろよ)

「あの、この世界と神様について教えて貰えませんか?

僕、コンビニ出てめまいがしたらこの世界に来ちゃったようなんです。」

彼らは首を傾げてこう言った。

「コンビニって何ですか?」

僕は軽く衝撃を受けた。

(えっ?言葉が通じてるのにコンビニを知らない?まさか時代が違うのか?)

するとグレーのマントの人達の後ろの方に居た女性が(声や姿で判断した)、

「シレの事よ。」

と言った。

(シレ??って何なんだ!)

「ああ・・・シレね。

生身の身体を持たない我々には縁がないから忘れてたよ。」

(コンビニがシレ?「生身の身体を持たない我々」って事は、この人達は幽霊なのか?)

「あの・・・さっきから、生身の身体を持たないって仰ってますが、どう言う事ですか?」

正直この質問をするには勇気が要った。

とてもデリケートな部分のように感じたのと、何か知りたくない返答が返って来そうな気がしたからだ。

だが、予想に反して返答は凄くシンプルなものだった。

男性は少し考えてからこう答えたのだ。

「我々の身体があちらの世界にあるからだよ」

(えっ?あちらの世界って・・・僕が居た世界の事なのか?)

男性は僕が戸惑って居るのを察したようで、こう続けた。

「大丈夫。すぐにこの世界にも慣れるよ。

我々も始めは戸惑ったが、今は元の世界に戻りたいとは思わない。

何せこの世界に居れば、あくせく働く事も、人間関係で争ったり傷つく事もないのだから」

(ここは天国なのか?働く事も争いもなく、生身の身体も持たない・・・。では生身の身体を持つ僕は何なのだ?)

言葉は通じてるのに、僕の疑問や謎は深まるばかりだった。

すると他の人間、今まで会話して居た人とは別の中年男性が

(ややこしいので始めに会話した人物をA、次の女性をB、これから会話する人をCとします。)

「我々に取ってはこの世界は素晴らしいが、彼に取っても素晴らしいかどうかはわからんよ」

と言った。

Aがどう言う事かとCに聞くと、

「神様に選ばれた人間に何人か会ったが、彼らが神様の元に連れて行かれてから、ここに戻って来た者は居ない。

それに我々はこの部屋と外を自由に行き来出来るが、神様に選ばれた者は迎えが来るまで外には出られないし」

(えっ!そうなの!やっぱりヤバい状況なんじゃない?)

この時、僕の顔にはきっと、ちびまる子ちゃんで言うところの縦線が入っていただろうと思う。

「でも、彼は神様に選ばれたのだから、我々よりも良い場所に行けるんじゃないか?」

僕の不安気な顔に気付いたのであろうAがそう言うと、少年(多分小学校高学年ぐらい。Dとします)

がこう言った。

「僕、聞いた事があるよ。神様に選ばれて生身の身体のまま、この世界に来た人間は、神様の為に働かなきゃいけないって」

「私も聞いた事があるわ。神様の為に働いて、神様の喜びに貢献する事が出来たらこの世界の住人になれるのだって」

とBが言った。

グレーのマントの人達の話しを要約するとこんな感じだ。

〇まず僕のように生身の身体で来た人間は、神様に選ばれてこの世界に来た者。

〇選ばれた者は神様に奉仕しなければならない

〇この世界に居る者はみな神様を尊敬している。

〇この世界の住民達はマントの色で職業や何かがわかる

〇グレーのマントの人達は精神だけがこちらの世界に来ているらしく、肉体は元の世界で生活して居るのでこの世界の住民ではない。

(良く解らないのだが、彼らが言うには元の世界でも歩いたり食事したりしてて、常に二つの世界が同時進行しているような感じらしい。で、彼らの肉体はみな病院に居るらしい。普通の病院に居る者も居れば、精神病院のような所に居る者も居るそう。)

〇この世界で使われてる言語は多様だが、元の世界の言語を話せる者は少ない。

〇グレーのマントの人達は神様には会った事がなく、これからも会えないらしい。

〇黒いマントの連中は元の世界で言うところの警察官みたいなものらしい。

〇僕のように黒いマントに連れて来られた者は、今までにも何人か居たがみな日本人だった。(どうやら同じ言語を話せる人間の居る建物に連れて行くらしい。)

〇この建物内には家具類は一切ない。(まあ精神だけの状態なら、家具や日用品は要らないしね。ってか、トイレないんだけど僕はどうしたら良いんだ?)

〇この世界には必要最低限の商店や何かがあるが、畑や農作物に当たる物を見かけた事がないらしい。(この世界の住人とは食料が全く違う可能性大。飢え死にしたくないし、喉も渇いたんでそろそろ帰らせて下さい。)

彼らとの会話で得た情報は大体こんな感じ。

多分一時間くらいは話してたと思う。

すると、いきなり黒いマントの男が、建物の壁からグニョンと通り抜けて現れた。

マジでいきなりだったんでかなりビビった。

黒いマントの男(入って来たのは一人)はこう言った。

「神様があなたにお会いになるそうです。ついて来て下さい。」

丁寧な話し方と、日本語で話しかけられた事に驚いた。

そしてこれから何が起こるのかと、不安な気持ちでグレーのマントの人達の顔を見回した。

彼らも少し緊張したような表情だったが、Aは明らかに羨望の眼差しを向けていた。

きっとAは、僕がこれから神様に会うのが羨ましいのだろう。

Aの目がそう言ってる。

(代われるのなら、Aと代わりたいよ。神様に奉仕って何をしなきゃいけないんだ?

帰りたい!いや、帰らせろ!)

しかし、今は黒マントについて行って神様に会うしかない。

僕は建物を出る前に、グレーのマントの人達に

「色々教えてくれてありがとう」

と声をかけた。

するとBが駆け寄って来てこう言った。

「気を付けて。あなたが無事に元の世界に帰れるように祈ってるわ。」

そして声を顰めて

「赤いマントの人達には気を付けて」

と耳打ちした。

僕はどう意味か聞きたかったが、黒マントに促されて建物の外へ出た。

(えっ!?ここどこ!?)

建物の外に出て呆然とする。

目の前には、始めに見た殺風景な景色ではなく、今出て来た建物のほんの数十メートル先に、宮殿のような巨大な建物があった。

色は始めに見た壁と同じ原色の黄色。

だが、その建物には入り口があったし、形もそれ程歪ではない。

まぁ若干歪曲はしてたが。

(材質はさっきの建物のようにスライムなんだろうか?ってか、始めに来た時はこんなん無かったぞ?この建物にはトイレあるよね?今すぐにでもトイレ行きたいんだけど)

僕の頭の中は徐々にトイレで一杯になって来ていた。

しかし、尿意があると言う事は、少なくとも僕は生きてると言う証拠だ。

「どうぞついて来て下さい。神様がお待ちです」

「すいません!神様にお会いする前にトイレに行かせて頂けないですか?」

かなり切羽詰まってる状況だ。

黒マントは少し驚いた様子だったが、すぐに案内すると言った。

(トイレもかなり変わって居たけど、本筋と関係ないので省略します)

無事に用を足し、神様が居るであろう宮殿の奥へと導かれた。

その途中、結構大勢の人間とすれ違ったが、大抵は黒いマントだった。

たまに青いマントの人間も居たが、青マントの人間は、必ず僕を案内して居る黒マントにお辞儀をしていた。

どうやらマントの色分けは、職業だけじゃなく階級もあるらしい。

10分かそこら歩いてようやく神様が居る部屋の前に着いた。

僕はそこを始めは部屋だとは思わなかった。

扉はなく、ゼリー状の薄い黄色の壁のような物を部屋の扉だと思わなかったから。

黒マントは、薄いゼリー状の壁(扉だろうが)に向かって、例の聞き慣れない言語で短く語りかけた。

多分、中に居るであろう神様に僕を連れて来た事を報告したのだろう。

中からも例の言語で返事があった。

(神様と言葉が通じるのだろうか?もしかして黒マントが通訳してくれるのかな?)

僕はそんな事を考えながら、黒マントに促されるままゼリー状の壁の中へ入った。

ゼリー状の壁は何の感触もなく、空気より若干質感がある感じ。

中は広く、奥に階段とその天辺に玉座のようにソファーっぽい形の椅子があり、どうやらそこに座って居るのが神様のようだ。

神様も他の人間と同じようにマントを着て居るが、色は原色の黄色。

顔はハッキリ見えないが、何となく若いように感じた。

神様はおもむろに口を開いた。

「〇〇、この世界に来た別の世界の人間には、ある事をやって貰わなくてはならない。それがこの世界の決まりなので、君には拒否権はない。それをやらない事には、この世界に留まる事も元の世界に帰る事も出来ない事になっている」

(普通に日本語話してるし!やっぱり神様だからだろうな!ってか帰れるの!?)

「えっ!?それをすれば帰る事も出来るのですか?」

「帰る事も留まる事も選べる。君次第だ」

「何をすれば良いのですか?僕、普通の高校生なんですが、僕にも出来る事なのでしょうか?」

「誰にでも出来る事だ。ただ見てくれば良い」

「何を見てくれば良いのですか?」

「これから君が見なくてはいけない場所へ案内する。◎☆□◇▲」

(語尾はこの世界の言語だと思う。)

神様がそう言った瞬間、僕の隣に白いマントを着た人間が現れた。

神様が呼んだのだろう。神様と白マントが短い言葉を交わした後、神様はこう言った。

「行くが良い。君の返答を楽しみにしている」

(返答?帰るか帰らないかの?楽しみ?何で?)神様の言葉に何か引っかかったが、白マントがついて来るようにと言ったので(こちらも日本語)、僕は黙ってついて行った。

正直ワケが解らない事だらけなのに疲れていた。

白マントはキビキビと広い廊下を歩き出した。

白マントが歩きながら聞いて来た。

「腹は空いてるか?」

僕は空腹だったが、空腹より喉が凄く渇いてたのでそう告げた。

白マントは解ったと頷くと、空中に指で円を描いた。

すると円が描かれた部分にペットボトルに入ったお茶が現れた。

僕は空中から現れたお茶を渡されると、一気に飲み干した。

(お茶ウマー!ってか魔法使いかよ!見たまんまじゃん!ってかペットボトルだし!伊〇園だし!)

「凄いですね!魔法が使えるなんて!」

「・・・魔法ではない。君が喉が渇いたと言った時に、君がイメージしたた物を次元を開いて取り出しただけだ。魔法とは似て非なる力だ」

(次元を開いて物を取り出すのは、魔法とは違うのか?僕には良く解らんが・・・)

「腹は良いのか?当分何も食えないぞ?」

「そんなに時間がかかるんですか?」

「・・・時間よりも・・・。いや、、空いてないなら良い。行こう」

その時、白マントが何だか僕を気遣ってくれてる気がした。

黒マントやグレーのマントの人達とも違う何かを僕は感じた。

今考えると、それは憐れみだったのだろう。

これから僕が地獄の扉を開く事への・・・。

僕は白マントに連れられて宮殿の外へ出た。

目の前にはグレーのマントの人達が居た建物はなく、代わりにグニャグニャした形の黒い建物・・・例えるならヘドロのような質感の建物があった。

(まさかとは思うがこの中に入るのか?)

予感的中。

中へ入るように言われ、白マントは自分は外で待って居ると言った。

仕方なくヘドロの中へ入る。

一瞬、とてつもなく不気味な感触に包まれたが、それは本当に一瞬だった。

そして目の前の光景に何が起こっているのか解らず呆然とした。

中は広く、幾つかの油が煮えたぎった巨大な釜と、何十人もの全裸の男女。

そして、軍服を着た男達・・・。

彼らは全裸の男女を拷問していた。

(ここからグロ表現入りますので、苦手な方は御遠慮下さい)

1人の女性が釜の上で宙吊りにされて、許しを請いながら泣き叫んでた。軍服を着た連中はニヤニヤ笑いながらこう言った。

「お前らのような忠誠心の薄い連中は、家畜にも劣るんだよ」

別の軍服が言った。

「お前らが国家に対して犯した罪は命で償わなければならない」

その瞬間、彼女の命を繋いでいたロープは切り落とされ、絶叫と共に彼女は釜の中へと落とされた。

高温の油の中で皮膚はズルンと剥け、筋や肉や骨が露わになり、徐々に立ち込める嗅いだ事のない異臭と、断末魔の叫びと共に彼女の姿は見えなくなった。

僕は呆然として一歩も動けずにいた。

軍服の連中の笑い声が聞こえる・・・。

(こいつらは悪魔なのか!?)

僕は目の前で行われた拷問の惨さと、ゲラゲラ笑ってる軍服連中に呆然としたままで居たが、部屋の隅から聞こえる絶叫でそちらに視線をやった。

「ギャーっっっ!!痛いーっっっ!!」

見るとそこでは、床の上に固定されて仰向けになった男女二人が、ナイフや鉈のような物を手にした軍服連中数人に、腹を裂かれたり足の腱や筋を切り取られたりしている。

女性の裂かれた腹からは、ポロポロとした白い粒が見えた。

男女を切り刻んで居る連中の会話が、うっすらと聞こえて来る。

「知ってるか?男より女の方が脂肪が多いから、殺した時に取れる脂肪も多いので、女を沢山殺すんだって」

「女の脂肪で石鹸作るんだろ?男は殺すより労働させた方が良いもんな」

(女の脂肪から石鹸を作る!?こいつらは何なんだ!?この世界はどうなってるんだ!?)

悲惨な光景と絶え間なく聞こえて来る絶叫、そしてそれも断末魔の苦悶の細い叫びに変わって行く・・・。

僕の頭は気が狂いそうだった。

そして自問してみる。

(僕は気が狂ってるんだろうか?この世界そのものが夢か僕の脳内産物なのか?)

その時、僕は掃除機で吸い込まれたかのように、壁に向かって吸い込まれて外へと出た。

白マントが聞く。

「見て来ましたか?」

僕は頷く。

白マントが次に行くと告げたので、僕は口を挟んだ。

「待って下さい!今見て来たのは何なんですか!?大体、あの建物で拷問や虐殺が行われて居るのに、放って置くのですか!?」

「・・・我々はあの建物の中で行われている事には干渉しない決まりだ」

白マントはそう答えてから、少し目を伏せて小声で続けた。

「・・・これはあくまでも私個人の忠告だが、赤マントの連中とは会話をしない方が良い。連中が話かけて来ても無視しろ。何を言われても返事をするな」

白マントの口から唐突に出て来た赤マントに対する忠告に、僕は少し困惑した。

(確かグレーマントのBも、赤マントには気を付けろって言ってたよな?白マントの口から唐突に赤マントの話が出てくるって事は、今から赤マントの所へ行くのか?)

「では次に行こう」

白マントが僕の背後を指差した。

振り返ったが、そこは先程の黒い建物のままだった。

「この建物にはさっき入ったじゃないですか?」

「いや、この建物で良い。・・・先程言った事を忘れるな」

僕はワケが解らないまままた黒いヘドロのような建物に入った。

入った瞬間に鼻をつくような鉄臭さと、肉の腐ったような酷い臭いに思わず鼻を手で覆った。

そして恐る恐る辺りに視線をやると、僕の目の前にまるで壁を作るようにして赤いマントの連中が(恐らく10人は居ただろう)立ちはだかって居た。

僕は予想していたものの、赤マントの意表を突く登場に驚きながらも身構えた。

僕の正面に立っていた赤マントの男が口を開く。

「選ばれし者よ。さあ我らと共に見るが良い」

妙に芝居がかった口調でそう言った瞬間、壁のように立ちはだかって居た他の赤マントの連中が両脇に別れ、道のような空間を作った。

僕に話し掛けた赤マントが誘導するようだ。

他の連中は僕の両脇を歩くらしい。

大人しく酷い臭気の中を付いて行く。

臭いのあまりの酷さに正直吐きそうだった。

二、三分歩くと(建物内と思えない広さ。どうやら先程の建物とは全く違う場所らしい)

遠くから泣き声が聞こえて来る。

泣き声の方に進んで行くと、赤ん坊を抱きしめそばに幼い男の子立たせた女性が居るのが見えて来た。

誰かに懇願して居るようだ。

「お願いだから子供達だけは許して!」

悲痛な叫びに誰かが答える。

「ダメだ。お前は■■の人間だから殺さないが、子供達は半分は△△の血が流れて居る。一人は助けてやっても良いが、もう一人は殺す。さあ、どちらを殺すのか選べ」

「そんな!どちらかなんて選べない!お願いだから助けて!叔父さん!」

(えっ!?叔父さん!?)

「選べないなら俺が選んでやる。さぁ来い!」

叔父さんと呼ばれた男が、母親のそばに立って居た男の子の腕を掴んだ。

「助けて~!お母さ~ん!お母さ~ん!」

男の子が母親に救いを求めて、掴まれていない方の手を伸ばして泣いていた。

(まさか・・・本当に子供を殺すのか!?)

母親が子供の名を呼んで泣き叫ぶ。

僕は耳も目も塞ぎたかったが、両脇にいる赤マントにしっかり見るようにと釘を刺されて居たので、この悲惨な光景から目をそらせないで居た。

そして、男は子供を掴んだ手と反対の手に握った斧か鉈のような物で、泣き叫ぶ男の子の首を切り落とした。

ドスンッッ!ゴロッ!

異様な音と共に男の子の首が転がる。

転がった首のその目は涙を流したままだった・・・。

僕の感情はその時、思考停止したかのように凍りついていた。

先導して居た赤マントが口を開く。

「あいつらは民族間の紛争から、親族で殺し合って居るんだ。・・・さぁ、次に行くぞ」

僕は思わず(もう嫌だ!やめてくれ!)と叫びそうになった。

だが、白マントの忠告を思い出し、その叫びを飲み込んだ。

赤マントに連れられて次に見せられた光景は、ゲリラがある家族を惨殺した後、生き残った少女の両腕を切り落とす光景だった。

その次に見せられたのは凄まじい爆音と、銃撃の中で積み上げられて行く屍の山・・・。

僕は彼らが、いや神様が僕に何を見せようとしているのか、うっすら解り始めて居た。

僕が見て来た地獄のような光景は・・・多分地球上で起こって居る、または過去に起こった出来事なのだろう。

その証拠に、原爆投下直後の長崎か広島(どちらかわからなかったが)の光景も見せられた。

僕は泣いていた。

何故か涙が止まらなかった。

赤マントが声をかけて来る。

「君のような純粋な人間には、見るだけでも辛かっただろう?でも大丈夫だ。我々の世界には神様が居る。神様の元へ行こう」

僕は返事をせずにただ泣いていた。

白マントの忠告をその時にはすっかり忘れて居たが、連続して見せられた光景の凄惨さに、途中から質問や返事をする気力がすっかり無くなっていたからだ。

赤マントがこの世界の言語で短く何かを言うと、僕の体は壁に吸い込まれて外へ出た。

白マントが僕の肩に手を置き、大丈夫かと問い掛けたが、僕には頷く気力もなかった。

「赤マントと口を聞いたか?」

僕は気力を振り絞って微かに首を振った。

「そうか・・・。ではチャンスはまだあるな。気をしっかり持つんだ」

この時の僕には、白マントの言葉の意味を深く考える事が出来なかったが、白マントの言葉でまた涙が出た。

そして白マントに連れられて、再び神様の元へやって来た。

神様の顔はハッキリ見えないのに、何故かニヤニヤ笑って居る気がした。

「どうやら見て来たようだな。

では、最後に君にはこの世界の住人達を見て貰おう」

神様がそう言って片手をあげると、フォログラフのように部屋の中に、この世界の住人達が日々の生活を過ごす光景が浮かび上がった。

薄い黄色のマントを着た人達が、神様に祈りを捧げたり、楽しそうに談笑したり、工場のような場所で楽しそうに働いて居る姿が次々に浮かび上がる。

フォログラフが消えた時、僕は神様に問い掛けた。

「あなたは神様なのに、どうして虐殺も戦争も止めさせないのですか!?

どうして彼らを救わないのですか!?」

神様は無表情で僕を見下ろして居る。

「・・・私は君が居た世界の神ではないから、救う義務などない。

・・・ただ見るだけだ」

(は!?何それ!?)

僕はもう一つの疑問をぶつけた。

「何故僕はこの世界に連れて来られたのですか?」

「・・・偶然だよ。たまたま君が居た場所に次元の穴が開いただけだ」

(は!?この世界に来て、散々選ばれし者とか言われてたのは何だったんだ?偶然って、ふざけんなよ。泣きたいよ)

僕は一気に脱力した。

神様の口元がうっすら笑って居る。

「先程君が見て来た世界をどう思う?」

あれ・・・?このセリフさっき赤マントにも聞かれたぞ?

「どうって言われても・・・、地獄の光景のようだったとしか言えません」

神様は嬉しそうに頷くと

「そうだろう?

でも、あれは君達の世界で現実に起こって居る事や、過去に起こった事なんだよ?」

何故だろう?神様はもの凄く嬉しそうだ。

何か吐き気がする。

神様は続けた。

「さあ、君に選んで貰おう。

元の世界に戻るのか、

この世界に留まるのか」

僕の頭の中を、この世界に来てからの様々な出来事が駆け巡る。

勿論、あの地獄のような光景も・・・。

僕は答えた。

「元の世界に帰ります」

神様が息を飲む気配が伝わる。

そして一呼吸置いてから抑揚のない声で、

「何故帰りたいのだ?」

と聞いて来た。

「・・・元の世界に、

どんなに酷い地獄があったとしても、僕の居るべき場所はここじゃないから・・・。

元の世界だと思うから」

僕の返答を受けて、神様が忌々し気に吐き捨てた。

「お前は、赤マントと会話をしなかったんだな!」

(何故ここで赤マントの事が出てくるんだ?)

僕が不審に思って居ると、神様はこの世界の言語で何事か呟いた。

すると先程僕を案内してくれて居た白マントが現れて、僕を外へ連れ出した。

白マントは無言で僕を宮殿の外へと連れて行き、宮殿の外に出てからこう言った。

「君は良く帰る事を選んだ。神様はお怒りだったが、君は正しい決断をしたんだよ」

少し声が震えて居る。泣いて居るのか?

「何故・・・?」

僕はこの人なら、僕のこれまでの様々な疑問に答えてくれる気がした。

僕はこれまでの疑問を白マントに一気にぶつけた。

白マントは僕を始めに見た壁の方へ連れて行きながら、僕の質問の幾つかに答えてくれた。

〇白マント・(他にも10人ぐらい居る)は神様の側近だが、元は僕達の世界の人間。

〇赤マント(50人ぐらい居る)も元は僕達の世界の人間。

彼らと口を聞くと、元の世界に戻る気がなくなるように暗示をかけられる。

〇黒マント(100人ぐらい居る)はこの世界と元の世界の人間達の混合。

〇青マントは僕達の世界の人間だったが、この世界に留まる事を選んだばかりで、階級は無役。

階級が上がれば黒や赤や白のマントに変わる。

僕は白マントに神様が何故、僕をこの世界に引き留めたがってたのか聞いて見た。

白マントは少し躊躇してから答えた。

「・・・これは私の推測だが、神様はこの世界に来た者に、地獄のような光景を見せ元の世界に嫌悪感を抱かせる事と、その者がこの世界を選ぶ事に、サディスティックな喜びを感じるのだろう」

僕は薄々その事に気付いて居たが、改めて言葉にして言われると何だかゾッとした。

そして例の壁が見えて来たので、急いで最後の質問をぶつけた。

「何故、僕に助言や何かを与えて助けようとしてくれたのですか?」

壁が二つに分かれる、白マントが外に出るように促しこう言った。

「壁の外へ出たら、真っ直ぐ歩きなさい」

僕は外に出て白マントを振り返る。

壁が閉まって行く。

白マントは最後に言った。

「私が後悔しているからだよ」

壁が閉まる。

僕はしげしげと壁を眺めた。

見えなくなった壁の向こうの世界を想いながら。

そして言われた通りに真っ直ぐ歩くと、いきなり辺りが白く光って意識を失った。

そして僕は元の世界へと帰って来た。

どうやら僕は一週間行方不明だったらしい。

発見された場所は地元から何時間もかかるような、他県の田んぼ脇。

道で倒れて居た所を付近の住人に発見された。

僕は着の身着のままで財布などは一切持ってなかったらしい。

親や警察にどこに居たのか何度も聞かれたが、僕が別の世界に居たと言っても誰も信じなかった。(まぁ当然だけどね)

おかげで残りの夏休みは精神科に通院させられた。

警察は結局事件性なしと判断して終了。

僕はその後あの世界で見た光景について色々調べたが、事実と関連付ける記述や、書籍などを幾つか発見した。

僕は今も信じてる。

あの世界は夢ではなかっと。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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