手形を押した後、母と私は別の部屋に移り腰をおろした。
その部屋には、変な形のハサミと何故か金庫があった。
うちには金庫などないはずなんだけれども、もう質問するのも無駄な気がして黙っていた。
一息つく間もなく、母が話を始めた。
「今から、あの結び目の元になったものを出すよ。これは普段、私しか知らない場所に保管されていて、家にはない。今日は必要だから、ここに持ってきてるけど。まず、それがどんなものかを話すから、よく聞いてなさい」
※正直言って、この時母が話した内容は当時16歳の私には難しすぎた。
私自身の理解が曖昧な部分を書いてもややこしくなると思うし、ここから先は簡略化したものだと思ってくだされ。
最初は、Iっていう小さな地区の者達だけの秘密だった。
I地区は長きに渡って貧困に苦しみ、地域の中で隔絶されていた。
暴力や直接的な行為でなく、徹底した無干渉を貫く事で、彼らの人権を自ら失わせていった。
お前達に与えるものは何一つないし、お前達が生み出せるものなど何一つとしてない、なのに、なぜそこにいるの。
そういうメッセージを、決してはっきりとした形では示さず、空気のように地域全体に浸透させていった。
そこに在ってそこに無い、生きているのに生きていない、そういう扱いだった。
彼らは抵抗出来なかった。
地域全体を相手取るにはあまりに無力だったし、何より彼らは生きていたかったから。
もし、地域に対して敵対心を向けてしまったら、どうなったか。
答えは簡単だった。
即座に地域のルールが変わる。
彼らはそれを察していた。
無干渉でなくなり、きっと彼らを許さない。
今のルールがあるうちは、少なくとも危害を加えられる恐れはない。
だから、彼らは何も出来なかった。
何年も何年もそういった状況が続き、彼らの世界はどんどん小さく、どんどん寂れていった。
そんな中で、彼らの中の一人がある事に気付いた。
自分達の何もかもはこの地の畜生共に支配されているが、この地にはまだ自分達が支配し得る畜生がそこらを駆けているじゃないか!と。
それは動物だった。
彼らは動物を支配することに決めた。
では、どう支配したか。
彼らは手始めに犬を殺した。
死体は雄と雌をしっかり分け、必要があれば食料とする。
そして適当な一匹の死体を焼き尽くし、残った骨を自分達の血に浸した布切れで包んだ。
雄なら女が血を流し、雌なら男が血を流した。
男は射精する事もあったとか。
さらに、女は自分の髪を切って布を縛り、袋のようにした。
男は髪の長さが足りなかったので、布の端を持って直接結んだ。
そして、また別の一匹を燃やし、同じものをつくった。
ただし、一つだけ違う点が。
二つ目の袋には、最初の袋も入れた事。
袋の大きさも少し違う。
三匹目も同じようにつくり、今度はそれに二つ目の袋を入れた。
彼らの意図は何だったか。
不様に殺されたあげく、骨となり灰となった後も、陽にあたることなく殺した者の血に包まれる。
雄に女をあてがったのは、弱さ、情けなさを嘲笑うため。
雌に男をあてがったのは、奴隷、玩具となった証だった。
つくっては入れつくっては入れを繰り返したのは、最初の骨から順にだんだんと暗がりへおちていくから。
そうして、彼らは彼らのやり方で支配欲を満たし、怨念を込めていくつもの袋をつくっていった。
手順や名称も、次第にしっかり決められていった。
死んで灰になった人間の骨を布で包む。
女が包むなら、布をその女の血に浸し、包んだらその女の髪の毛で結ぶ。
男が包むなら、布をその男の血で浸し、包んだら布を直接結ぶ。
一人は中(骨)、もう一人は外(血・髪)。
二人の人間から一つの袋をつくる。
今度はその袋を入れる為の袋をつくる。
前の袋で外になった人間の骨を、また別の人間の血に浸した布で包む。
包むのが女なら髪の毛で結ぶ。
包むのが男なら直接結ぶ。
前の袋も入れないといけない。
少し大きめに。
最初に外になった人間も、今度は中になる。
そしてまた、新しく外になった人間がいる。
次はその人間を中にする為、また袋をつくる。
これをただただ繰り返す。
男女混合、その比率に法則性のないものを千るる結
男のみ、または男の比率が高いものを武結
女のみ、または女の比率が高いものを卑し結
(それぞれ結び方が違うらしい)
呪いとして形を成してきた事を喜びあい、彼らは仕上げに取りかかった。
自分達の中から、次々と材料を選んだ。
選ばれる基準は特に無かった。
全員が加わるつもりだったから。
彼らは一人ずつ順に他の地域の貧困層へ広めにいき、その役目を終えると結に加わった。
時間が経つと共に、あちこちで袋だけが無数に残った村や町が出始め、それらの地に赴いた人はみんな死んでいった。
結を受け継いだ者達は、それぞれの地域に対して無干渉を貫いた。
地域が謝罪を申し出ても助けを求めても、I地区の遺志を汲み、決して手を取り合おうとしなかった。
こうして、I地区がつくった呪いは完成した。
ここまで話すのにも、数時間かかった。
話していた母も、聞いていた私も、これだけで衰弱しきっていた。
しかし、母はそれでも事を進めた。
「普通の人やお供えを済ませてない人は、結び目もまともに見られない。お前みたいにすぐ目を離せば助かるけど、見続けると大概は錯乱したりするよ。でもね、そんなでも、袋に比べたらはるかに楽。私やお前のようにお供えする立場にあれば、お供えを済ませた時点でさほど危険はなくなるけどね、それ以外の人はどうにもならない。近づかない事ぐらいしか」
「そうならないように、お前もしっかりお供えしなきゃいけない。…今から金庫を開けて、お母さんの家で残されてた袋を出すよ。結は卑し結で、袋の数は三。三人の人の骨が入ってる。だから、お祖母ちゃんとお母さん、お前の三人で供養は終わるの。これが済めば、お前にはもう関係なくなるから。もう少しだけがんばりなさい」
母の励ましも虚しく、私は心ここにあらずといった状態だった。
そんな袋なんて見たくない。
そんな袋に髪を供えたくない。
今にも倒れそうなほど、本当に疲れていた。
一刻も早く、いつもの日常に戻りたかった。
それでも、母は止まらなかった。
必死で平静を装い、なんとか無事に事を済まそうとしているようだった。
「袋を出したら、お母さんが髪を切るから。お前は、とにかく耐えなさい。本当は切った髪をお前が結ばなきゃいけないけど、袋を見る前にそんなまいってるんじゃ無理でしょう?お母さんがお前の手を持って結ぶから。それまで、耐えるんだよ。いいね」
母の言葉を耳に入れようとした矢先だった。
母が金庫を開け、中のものを出した。
そこへ視線をやると、結び目を見た時同様、靄がかかったようになった。
そして
オェェオッオウェ!!
ゲェッホッゴホッ!!
私は激しく嘔吐し、泣きながら汚物を撒き散らした。
突然襲ってきた強烈な吐き気。
物凄い勢いで私の体をはい上がり、口から飛び出ては床に散らばっていく。
服どころか手足も顔もゲロにまみれ、悪臭が部屋中に広がった。
ウゥェオェッホッゴホッ
ゴホッゲェッオゲェッッ
母の声は聞こえない。
意識はあるが、周りが見えない。
顔がべちゃべちゃになっているのはわかった。
でも、手足が動かない。
頭がグルグルし、それが余計に気持ち悪くさせ、また吐いた。
何だか下半身が生ぬるくなっていくのを感じたが、気付いてもどうにもならなかった。
床一面のゲロに倒れこみ、私は失禁した。
この日の事はここまでしか覚えてない。
私が目覚めたのは翌日で、服や体は綺麗になってた。
フラフラしながら立ち上がり、真っ先に鏡を見たら、髪は切られてた。
結構、バッサリやられてた。
母が部屋に来たが、何も言わなかった。
頭を撫でられたぐらいで、何がどうなったのかは一言も。
ゲロまみれにした部屋も覗いてみたけど、嘘みたいに綺麗に戻ってた。
臭いもなくて、吐いた跡すらなかった。
たぶん、お前には関係なくなるってこういう意味だったんだと思う。
髪を供えたら、後は全て忘れなさいって事。
省略しちゃった部分もあるし上手く文に出来なかったけど、母がいない以上はこんなもんで精一杯です。(亡くなってからだいぶ経ちます)
ごめんなさい。
読んでくれてどうもありがとう。
怖い話投稿:ホラーテラー たまさん
作者怖話