これは僕が店長を勤めていたカラオケ店での出来事です。
今はもう、チェーン店自体が消滅したので投稿します。
厳しい冬も終わりを迎えた頃でしょうか。
ある施設関係者が名刺を持って僕のお店へやって来ました。
話だけでも…
と、事務所で内容をお聞きしました。
スーツに銀色のバッジを付けた彼は、過去に犯罪を犯してしまった少年達の保護監察官に近いお仕事をしているそうです。
何をしたかはお教え出来ないのですが…
と、彼は一枚の履歴書を差し出しました。
それがS君を始めて見た瞬間でした。
牧場の仕事や、レンタルショップのアルバイトをしていたそうですが、
何か問題が起こる度にS君が犯人扱いされ、仕事を辞めなければならない状況になってしまったと…
彼は語りました。
そして…彼を更正させる為に、試験的に彼を雇って欲しいとの事でした。
…まずは一ヶ月。
最初の一ヶ月分のS君の給料は、彼の施設で負担します。
そこで、何も問題が無ければそのまま働かせてやって欲しい。
そして1番重要なのが、履歴書のS君の出身地や、この話を他の従業員に言わないで欲しいとの事でした。
…少し考えた後
僕はその話を承諾しました。
僕も人間としてまだまだ未熟で、色んな経験をする事により、自分自身も成長できると考えたのです。
彼は「良かった!」
と、満面の笑みを浮かべ
それではS君を連れて来ますので…と店の外に出て行きました。
…彼はすぐにS君を連れてきました。
どうやら外の車に待たせていた様でした。
S君が事務所に入ってきました…この時、少し部屋の空気が重くなったのを覚えています。
…予想していた人物とは全然違う、爽やかな青年でした。
S君と簡単な面接を済ませ、店内を案内しました。
その時、店の天井から物音がしました。
S「なんか居るんですか?」
僕「あぁ、鳩だよ」
僕「何処からか入りこんで、巣まで作ってしまってね。皆で決めたんだけど、雛が巣立ってから対応する事にしたんだ。」
S「…優しいですね。」
僕はこの時のS君の微笑みを「店に対する安心感」だと思っていました。
S君が働き始めてから一ヶ月が経ちました。
真面目に働き、接客でのお客様の評判も良く、S君をずっと雇って行く事にしました。
しかし、S君は周りの従業員に上手く溶け込めない様で、その事を悩んでいました。
僕が度々、相談に乗っていたんですが…
…長い間、施設で暮らしていたS君は、遊びや娯楽などの経験が極端に少なく、周りの従業員の話について行けないそうでした。
そして今も施設から通勤している為、遊びにも行けない…
僕「いつ自由になれるの?」
S「とりあえず…経済的に自立できれば、一人暮らし出来るんですが…」
それならば!と翌月からS君のシフトを増やし、18万円くらいは稼げる様にしました。
S君はそれに応える様に頑張り、周りのスタッフも次第にS君を認めていきました。
僕は、なにもかもが上手くいってると思いました。
S君がお金を貯め、一人暮らしも目前だった頃です。
その頃、僕の店では皆を悩ませる出来事がありました。
店の裏側にあるゴミ置場が、ネズミに荒らされていたのです。
なんとかしようと、ホームセンターで駆除用品を購入しました。
罠のカゴは、裏側の取り扱いの文章で買うのをやめました。
…罠にかかったネズミをカゴごと水に沈め、溺死させると書いてありました。
迷ったあげく粘着性のシートを買いました。
A4サイズのシートを開くと、強力粘着の面が出て来ます。
それをネズミの通り道に置き、かかったネズミは動けば動くほど、開いたシートが閉じていき、窒息死します。
…罠を仕掛けた翌日です。
ゴミ置場から「キーキー」と鳴き声が聞こえます。
従業員達と数人で見に行きました。
粘着性のシートはノートの様に閉じていました。
中を開けると、うまい具合にネズミが顔を出しています。
シートを開くとネズミの顔が左右に引っ張られ、
「キーキー」と悲痛な鳴き声をあげます。
…どうしよう。
…さすがに可哀相だな。
…良く見たら可愛い。
僕達が喋りながら悩んでいると、S君がおもむろにシートを持ち上げました。
…バン!
次の瞬間、S君は振りかぶり、ネズミごとシートを地面に叩きつけました。
…そこにいた僕達は固まりました。
僕「…え」
S「ネズミの骨はマッチ棒みたく脆いんです。これで充分、死にますよ。」
…辺りがほんのりと、獣と血の臭いで包まれました。
この出来事からです。
S君が事務所に入って来る度に、僅かな「獣臭」を感じる様になりました。
ペットショップの臭いと言えば、わかり易いでしょうか。
それはS君の臭いではなく、S君が居る空間全体から漂って来ました。
気づかない人も居ましたが、何人かは同じ臭いを感じていました。
しばらくして…S君は部屋を借り、従業員と皆で引っ越しを手伝い、無事に一人暮らしを始めました。
S君が一人暮らしをして一ヶ月くらい経ち、従業員達と引っ越し祝を持って彼の家に行きました。
…彼の部屋のドアを開けたその時です。
中からムワッと凄まじい悪臭が漂って来ました。
…部屋の中に夥しい数の動物の死骸がある…
瞬間、僕の頭にそんなイメージが沸く様な「獣臭」でした。
ここで、何人かは吐き気をもよおし、帰ってしまいました。
全く「獣臭」を感じていない従業員も居たので、
僕も吐き気を噛み殺し、S君の部屋に入りました。
部屋の中には何もおかしいモノはありませんでした。
しかし…天井の隅の方で何かがうごめく気配を感じていました。
…S君は本当に更正していたのでしょうか…
店の天井裏には…
何者かにくびり殺された…
鳩の雛の死骸がありました…
怖い話投稿:ホラーテラー 店長さん
作者怖話