僕が中学生の頃…
…お婆ちゃんは死にました。
とても暑い夏の日でした。
ミーンミンミンミン…
蝉の鳴き声を聴きながら、僕は教室の窓の外を眺めていました。
校庭の木々は青々と葉をつけ、山々は自然の緑で溢れています。
ガラガラガラ…
授業中に教室のドアが開きました。
先生「…Mはいるか?」
僕「はい。僕ですけど…」
先生「…荷物を持って職員室へ来なさい。」
…ざわざわ…
僕が席を立つと、教室の同級生達がざわめいていました。
職員室に着くと、先生が車の鍵を持ってきました。
先生「…君の家族から連絡があってな。お婆ちゃん…危篤らしいんだ。」
僕「…お婆ちゃんが?」
先生「…今、近くの病院らしい。車で送るから着いて来なさい。」
…先生の車から外の景色を眺めていました。
その時、僕は「お婆ちゃんが死ぬかも知れない」という現実に向き合っていませんでした。
「…助かるんじゃないか?」
という甘い考えに逃げていたのです。
…病院に着くと、母親が先生に深々と頭を下げていました。
少し離れた場所で仕事をしている父親は、まだ病院に到着していません。
母「…M。お婆ちゃんがあんたと逢いたいって…」
母親は涙を堪えながら、僕を病室に案内しました。
ピッピッピ…
シュコー…シュコー…
…お婆ちゃんが居ました。
チューブや機械に繋げられ、苦しそうに呼吸しています。
…!
僕は泣き出していました。
お婆ちゃんは末期癌で、長く生きられない…
そう頭の中でわかっていたつもりでした。
僕の目に写った…三ヶ月ぶりに見たお婆ちゃんは、別人の様に痩せ細っています。
僕が大人として「人間の死」を理解した瞬間でした。
…お婆ちゃんは意識が朦朧としていました。
うなされる様に…M…Mと僕の名前を呼んでいます。
僕「…お婆ちゃん!…居るよ!…僕はここに居るよ!」
…お婆ちゃんの手を握り、泣き叫ぶように話しかけました。
しかし…お婆ちゃんは目を開けませんでした。
…
…夢を見ていました。
僕が小さく、両親が共働きだった頃…
毎日、田舎のお婆ちゃんの家に預けられていました…
両親と一緒に都会に引越すまで、僕にとって「もう一人のお母さん」の家でした…
…懐かしいな…
僕は夢の中で、お婆ちゃんの家に入っていきました。
…茶の間にお婆ちゃんが居ました。
お婆ちゃん「…Mちゃん。…ありがとうね」
…寂しそうにそう言うと、お婆ちゃんは微笑んで消えていきました。
…M
…M!
僕は父親の声で目を覚ましました。
…どうやら泣き疲れて、病院のロビーで寝かされていた様です。
時計の針は深夜1時を指し、親戚が集まっていました。
父親が医師から説明を受けていました。
お婆ちゃんの容態が更に悪くなり、集中治療室に移されるとの事でした。
親戚と一緒にエレベーターに乗り、集中治療室のある階に行きました。
お婆ちゃんは逝ってしまう…
僕の中で、気持ちの整理はついていました。
集中治療室の前で、親戚達が泣いていました。
…そういえば
僕はポケットから携帯ラジオを取り出しました…
お婆ちゃんが去年のクリスマスプレゼントで、僕に買ってくれた物でした。
…ゲームボーイが欲しいって言ったのに、間違えて買って来るんだもんな…
…貰った時は「こんなのいらない」って、酷いこと言ったけど、結局ずっと使ってるよ…お婆ちゃん…
イヤホンを耳にいれ、ラジオを聴いていました…
…ザザザ
…ジジ
苦しい…
…助けて
僕「…?…なんだ今の」
チャンネルを変えても、同じような言葉が、聞こえてきます…
…僕が恐怖を感じ始めた時。
母「…M。それやめなさい。ここじゃ悪いモノ拾うよ」
僕「…うん…わかった」
母「…悪いけど、一階の自動販売機で、皆の飲み物を買ってきて」
母からお金を受け取り、僕は一人でエレベーターに乗りました。
…時刻は深夜2時をまわっていました。
一階のボタンを押し、エレベーターの扉が閉まります。
…ブゥゥーン
降下するエレベーターの中で、胃が宙に浮くような不快感を感じた時です。
…助けて…
…死にたくない…
…苦しい…
囁くような…頭に直接入ってくるような…
悲痛な声が聞こえてきました。
(早く外に出なきゃ!)
エレベーターが目的の階に着き、ドアが開きました。
僕は逃げる様にエレベーターから走って外に出ます。
…?
…!?
僕は一瞬パニックになっていました。
降りた場所は一階のロビーではなく、見た事も無かった「霊安室のある地下の階」でした。
薄暗い廊下…
壁や床の不気味な白さ…
明かりは非常口の光だけ…
僕は焦りながら、エレベーターを呼ぶボタンを連打しました。
背後から沢山の気配が近づいて来るのを感じました。
…早く来い!
…早く早く早く!
次の瞬間!
ボタンを押していた僕の腕を冷たい「何か」が掴みました。
僕「…ひっ」
「何か」は次々と僕の自由を奪っていきます…
…両足…頭…肩…
次々と「恐ろしい何か」に身体を掴まれる絶望と恐怖のあまり…
僕は失禁していました…
最後に両目の視界を奪われ、奥へと凄い力で引きずられていきます。
…もうダメだ!
そう思った時でした。
懐かしく、優しい温もりを感じました。
お婆ちゃんが僕を優しく抱きしめてくれています。
真っ黒な絶望が…
真っ白な安心感に変わりました。
そこで僕は気を失いました。
目が覚めると、やはり霊安室の階に居ました。
僕が戻らない事を心配した親戚が、病院中を捜したのですが
僕を見つける事が出来なかったそうです。
そしてお婆ちゃんが亡くなり、霊安室に運ぼうとしたナースが、僕を発見しました。
「鍵を使わないとエレベーターで来れないはずなのに」
ナースも驚いたそうです。
母親についさっきの出来事を話しました。
母「…お婆ちゃんね。あんたが行方不明になってすぐ、亡くなったよ。」
母「…最後にMを助けに行ったんだね…」
僕は涙が止まりませんでした。
…あれから毎日
…僕はお仏壇のお婆ちゃんに手をあわせています。
お婆ちゃんの遺影を見る度に、僕に微笑みかけてくれる様な気がします。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
怖い話投稿:ホラーテラー 店長さん
作者怖話