私の小学生の頃からの友人Tの話。
彼は高校に上がって間もない頃に、父親を病気で亡くしていた。
「短気で頑固な意地っ張り…根っからの江戸っ子みたいな親父だったよ」
Tは、懐かしそうに話した。
「怒られると、よく頭にげんこつ食らったんだよ…とびっきり痛いやつな」
少し笑いながら彼は語った。
よく喧嘩もしたし、厳しい父親だったが、今となっては懐かしくてたまらないのだという。
「親父が逝ってから、結構荒れてたんだよ」
酒やタバコをはじめ、不良達とツルみだし、いろいろ悪い事をやったのだそうだ。
「べろんべろんに酔っ払って家に帰ったりしたっけ…」
それでも彼の母親は、ただ優しく彼を見守ってくれたという。
しかし、父親が生きていた頃は何でも話せて叱ってくれた…
そんな父親がいなくなってしまったのは、彼の心に影を落としていた。
いつも優しい母親の気持ちが、逆に痛く心にしみたのだった。
そんなある日のこと…
彼は不良達にそそのかされ、ある悪事に手を染めようとしていた。
深夜の夜道、酔っ払って歩いているサラリーマンをターゲットに暴行、財布を巻き上げるというものだった。
「たぶん、あの時の俺はどうかしてたんだろうな」
深夜、人通りの少ない道の影で独り静かに機会を見計らっていた。
しばらくして、ちょうど良さそうな酔っ払いが道を歩いてくるのが見えた。
彼が、影から出ようとしたその時だった。
「あの感触は、何年もたった今でも忘れられないな」
ゴツンッ!
彼はどこからか頭に強烈なげんこつを食らった。
「あれは間違いない…小さい頃さんざん食らった親父のげんこつだったんだ」
彼の頭に、昔聞いた父親の言葉が蘇ったという。
「いいか?どんなに苦しい時だってな、曲がった事だけはしちゃいけねえぞ」
彼は、そんな父親を思い出し、思わずその場で涙を流した。
その後は、不良達とはすっかり縁を切り、悪事からも足を洗ったのだという。
「俺もあんな親父みたいになれるかは分からないけど、頑張って家族を支えられるような男になりたいと思ったんだよ」
彼はそう語ると、少し照れ笑いを浮かべた。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話