これは、私が小学3年生の時に体験した話です。
初めての投稿で、お見苦しい点があると思いますが失礼します。
男の人の言葉は、丁寧だったのですが独特の荒さと方言が混じっていたため、上手く再現出来なかったので標準語です。すみません。
当時の私の家族構成は、母方の祖父母、父母、姉、です。
祖父の生家を建て直す事になり、壊す前に家族全員でご挨拶に伺いに行きました。
山だらけの県ですので、祖父の生家もまた山の中にありました。
普段は田舎とはいえ県庁所在地付近の平地に住んでいる私は、坂道だらけのレトロな雰囲気が物珍しく、周囲を探検することに。
親戚のお家のすぐ上に古い小さな神社があり、小さなブランコと鉄棒、砂場らしき物がありました。
一通り周囲を歩き、姉と父母はのすぐ向いにある小学校の校庭で、遊んだり日向ぼっこをしていました。
私は神社の雰囲気を気に入っていたので、もう一度見に行ってくる、と家族に告げ神社へと向いました。
神社には大きな樹があり、枝ぶりも大きく葉の擦れあう音が心地いい。
私はブランコに腰を掛け、樹を見上げていたのですが、ふと、人の気配を感じて視線を落としました。
そこには着物を着た男の人が立っていました。
綺麗なかっちりとした着物ではなく、着流し、というのでしょうか。普段着といった雰囲気の着物。足には下駄。
年齢は多分20代後半から30代前半という印象。
左腕の肘の少し下辺りに、大きな切り傷の様な痕がありました。
(近所の人かな?今時着物なんて変わった人だなぁ)と思いつつ、
「こんにちは。」と頭を軽く下げながら挨拶をしました。
すると表情のあまりなかった男の人が嬉しそうに目尻に笑みを浮かべて、
「こんにちは、お嬢。」
と挨拶を返してくれました。
(お嬢?この辺では女の子のことをそう呼ぶのかな?益々変わった人だ。)と思いながら、
なんとなく気まずかったので、視線を樹の枝へと戻しました。
ですが、その男の人は立ち去る気配を見せず、恐る恐るそちらへと視線を向けました。
男の人は少し寂しそうな顔をして私を見ていました。
居心地が悪くなり、私の方が立ち去った方が良さそうだと判断し立ち上がりました。すると、
「お嬢は楽しく暮らしてますか、今幸せですか。」
寂しそうな顔のまま男の人が話しかけてきました。
(わぁ!もしかして宗教の人だったりするのかな。まずいなぁ。)
と思ったのですが、男の人の表情に無視するのも憚られ、
「学校も家族も楽しくて、幸せです。」
と、『だから宗教は要らないですよ!』的な意図を込めて返事をしました。本当に不幸だと感じたことはなかったですし。
すると男の人はまた嬉しそうな顔をして言ったのです。
「そうですか、そりゃあ良かった。やっぱりオヤジさんは間違ってなかったんですね。」
(!? ???)
「本当に良かった。」
さっぱり意味の分からない私は、答えた後素早く立ち去る算段だったことも忘れ、益々笑みを浮かべる男の人を見つめて固まってしまいました。
男の人がちょっと変わった近所の人なのか、危ない宗教の人なのか判断は出来なかったのですが、不思議と悪意がないということは伝わり、(悲しそうな笑顔じゃなくなって良かったな)と素直に感じていました。
立ち去ろうと、「あの、それじゃあ失礼します。」と声を掛けかけた所で、ふと、樹の枝が大きくざわつき急に寒くなりました。先ほどまで暖かかったのに、歯がガチガチ言うほどゾクゾクと体が震えました。
寒くなってきた方向に目を向けると、神社の入り口に何か黒い者がいました。
黒いモヤの様な、でも人型に近い黒い何かでした。
目にした途端、激しい眩暈と吐き気に襲われ、「うぅ・・・はっ・・・!」と思わず声が漏れる程の息苦しさ。
ズチャ・・・ズルズジュ・・・ズチャ・・・
気味の悪い濡れたような音を立てながら、近付いてきます。
近くなってくると、黒い中に皮膚が解けた後焦げたような黒い肌らしき輪郭や、おそらく長い髪であろうことが分かるようになりました。
立て続けに起きた良く分からない状況と、初めてのとんでもない恐怖にパニックを起こしかけたその時、
すっ、っと私の視界は黒い者から遮られました。
男の人が私を背に庇うようにして間に入ったのです。
「大丈夫ですよ、お嬢は絶対俺が守りますからね。」
振り返らずに男の人がそう言いました。
声が出せなかったので、頼もしい背中と言葉に泣きそうになりながら、ただ何度も頷いて返事をしました。
息苦しさで過呼吸を起こしたのか、その後は息をするのが苦しい!!と思った所までしか覚えておらず、気がついた時には。
頭を撫でられる感触に私は目を開けました。
そこはあの神社。
暖かい日差しと大きな樹、私はブランコに座っており、傍らにはあの男の人が私の頭を撫でながら立っていました。
あの黒い者のことを思い出し、バッ!っと神社の入り口を見たのですが、そこに黒い者の気配はありませんでした。
ほっと息を吐いたのと同時に、男の人が私のことを庇ってくれていたことを思い出しました。
「怪我しませんでしたか!?大丈夫ですか!?あの変なのはっ・・・!?」
慌てて男の人に聞くと、
「もういませんよ。このくらい大丈夫、お嬢に怪我はさせられませんからね。」
と優しく微笑んでくれました。
でも良く見ると、左腕にあった傷の痕近くから少し血が出ているしあちこち服も汚れています。
私は半泣きで、
「ごめんなさい、ごめんなさい、怪我させちゃってごめんなさい!・・・」
と、先ほどの恐怖を思い出し謝り続けました。
あんなに気持ち悪く得体の知れない者と、私を庇いながら対峙してくれたのです。大変じゃなかった訳がないのに、ただ怖がってパニックを起こしていた自分が情けなくて申し訳なくて涙が出てきました。
黒い者から逃れられた安堵も手伝って、涙は止まりません。
「あの・・・親戚の家が近くなんです、怪我消毒するので一緒に来てください。」
やっとの思いでそう言うと、くしゃくしゃと今まで以上に嬉しそうな顔で、
「やっぱり間違ってなかったんだなぁ!」
そう言いながら、私の頭を先程より大きくかき混ぜながら撫でます。
「お嬢は優しく育ったんですね。」
そういって私の頭から手を放しました。
その手を私の目の前に持ってきて、何かを差し出します。
「これをどうぞ。持って行って下さいお嬢。」
紫と緑と黒の太い組紐の先に、直径4センチくらいの木製の黒い丸い物がついてました。そこには祖父の家の家紋が彫ってありました。
後で聞いたのですが、これは根付という昔お財布とかに付けていたものだそうです。
受け取るか迷っていると、手を取られ掌に載せられました。
「ありがとう。」
男の人の声が聞こえ、お礼を言うのは私の方なのに、と顔を上げた先にはもう男の人は居ませんでした。
それどころか、顔を上げる瞬間まで暖かな日差しが出ていたはずなのに、辺りは茜空になっていました。
手に持っていた筈の根付もありません。
再びの奇怪な状況にまたあの黒い者が来るのではないかと、慌てて神社を駆け抜け親戚宅に戻りました。
親戚宅に戻ると、こっぴどく祖父と父親から怒鳴られ怒られました。
戻ってこない私を心配し、家族や親戚が車まで出して探していてくれたそうです。
家族に神社に行くことを告げていたし、神社にずっと居たのですからこんな騒ぎになってるとは思わず驚きました。
ずっと神社に居たことを言ったのですが、神社には始めに探した後も何度か探したのだそうです。しかしその狭い敷地内には私は見当たらなかったとのこと。
何処に行っていたのか正直に言うようにと詰め寄られたのですが、本当にずっとブランコの側にいたし、嘘は言ってないので他に答えようがなく、あの変な話をしたところで信じてもらえるか分からないので、男の人に会ったことだけを話しました。
みんなの中では、『知らない人に話しかけられて付いていった。』という解釈をしたようで、更に怒られゲンコツも頂きました。
信じてもらえず、ひたすら怒られ、先ほどの出来事は自分の生々しい妄想か白昼夢か、と自分の頭が真剣に心配になってきた頃、親戚の人が宥めてくれて、ようやく帰宅することになりました。
散々怒られ凹んでいた私に親戚の人がお菓子をくれ、それを鞄にしまおうとして気が付きました。
あの根付が鞄に入っているのです。
慌ててそれを手に取り、家族や親戚に私の鞄に入れたかを聞いたのですが、誰も入れていない。
ですが根付を見た親戚のおじさんが「ちょっと待ってて。」といい、違う部屋へと消えていきました。
その間におばさんが説明してくれました。
「その根付、普段は神棚に置いてあるのよ。おかしいわね、いつ(私)ちゃんの鞄に入ったのかしら。」
「あの、私神棚をいじったりしてないです。」
散々怒られた後なので、怒られる前に自己申告しました。
「(私)ちゃんじゃ無理よ。高い所だから椅子を使っても届かないわよ。」
と朗らかに肯定してくれたので、安心しました。
そこへおじさんが戻ってきました。
「それ、家のじゃないなぁ。家のは神棚にあったよ。」
と持ってきた根付を見せてくれます。
確かに同じデザインの物でした。私の鞄に入っていた物より古めかしいという違いは有りましたが。
男の人に貰ったものかもしれない、とは確信もないので言い出せずにいると、
「縁起物みたいな物だから、折角だから持って行きな。いいよね、おじさん。(祖父を指します)」
と、鞄に入っていた根付は私が貰うことになりました。
暫らくしてほとぼりが冷めた頃に、根付のことについて祖父に聞きました。
以下は祖父から聞いた話です。
祖父の祖父の代まで、祖父の家系はいわゆる任侠一家の親分さんだったそうです。
しかし祖父の祖父が財産を山二つ分食いつぶし、それを見て育った祖父の父は一家を辞め商店を経営することに。
その時に、『家業が変わっても絆は変わらない』というような意味合いで作られ、一家の者に配られた物だそうです。
祖父の父の遺言により、14人も居る祖父の兄弟は誰一人そういった道に関わっている人が居なかったため、全く気が付きませんでした。父もこの日初めて知ったそうです。
ここからは私の予想でしかないのですが、
あの男の人は、祖父の父の代で生きていた人ではないかと。
そして祖父の父を大事に思ってくれていた、一家の一人ではないかと思っています。
家業をやめてまで選んだ道は正しかったのか、疑問に思ったまま亡くなった方なのではないでしょうか。
私に霊感はなく、あんな怖い物を見たのも、不可思議な体験をしたのもこれ一度きりですが、白昼夢ではなかったと思っています。
今でもあの根付は毎日持ち歩いています。
挫けそうになった時、側にあると不思議と頑張れる気がしています。
怖い話投稿:ホラーテラー お嬢さん
作者怖話