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ボクサー時代の悲しい思い出

中編6
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ボクサー時代の悲しい思い出

三年前まで俺はプロボクサーだった。

いや…本当に…

まあいいや。

これはその時あった悲しい思い出…

ボクサーの頃に一番大変だった事、そりゃ練習もロードワークもきつかったが、俺の場合は減量だった。

とにかく減量がきつかった。

試合一週間前になるともうホントにフラフラ状態で、駅の階段でさえ上がるのに嫌気がさしたもんだ…

それはプロ三戦目、新人王戦の初戦まで後5日に迫った夜の事だった。

俺はいつものように夜のロードワークに出かけた。

俺は、朝は走らない事に決めている。

なぜなら眠いからだ。

いつものように夜の荒川土手を走っていると、いきなり目の前が真っ赤になった…

どうやら俺は減量のためか、貧血をおこして倒れたらしい…

倒れた俺を起こしたのは、聞き慣れない若い女の声だった。

「ねぇ、ちょっと、大丈夫?」

俺が起き上がると、女は言った。

「こんな所で寝ていると風邪ひきますよ…」

こんな所で寝ている訳ないだろが!

と、言いたい所を抑え、俺は女にお礼を言った。

「どうもありがとう…貧血おこして倒れたみたい…助かったよ。」

女は多分、高校生だろう。

女が着ていた制服を見て俺はそう思った。

俺は立ち上がり、体慣らしに軽くシャドウボクシングをした。

すると女が言った。

「わあ!あなたボクサーなんですか?」

俺は少し得意気に言った。

「フッ…見れば分かるだろ。」

シャドウにも少し力が入る。

「わあ、格好いいですね!」

「フッ…見れば分かるだろう。」

俺は女の顔をチラッと見た。

なかなかかわいい子だ。

女は俺と目が合うと言った。

「でも…スネオみたいな変な顔ですね…」

「フッ…見れば分か…なっ…!!」

女は声をあげて笑った…

俺もつられて笑った。

俺は言った。

「君、高校生だろ?こんな時間に出歩いたらあぶないよ。

親だって心配してるかもよ?」

すると笑っていた女の顔が一瞬にして曇った。

そして寂しそうな顔をして言った。

「いいの…別に…親が探してるかも知れないけど、私…見つかりたくないの……

ねぇねぇ、それよりさあ、あなた試合とかやるんでしょ。

試合のチケット持ってきてよ。タダで。お願い。」

まあ思春期なんてこんなもんだろう…

その時はそう思っていた。

次の日の夜。

日課のロードワークに出かけた俺は、少しワクワクしていた。

(もしかしたら昨日の女がいるかも知れない…)

そんな下心…いや期待を膨らませ走っていた。

なんと言っても女の子に応援してもらえるというのは嬉しいものだ。

荒川土手の、昨日倒れた場所に着いた時、昨日の女の姿があった。

女は俺を見ると言った。

「遅い!いつまで待たせるのよ!」

別に待ち合わせをした訳ではないのに…

大人の俺は笑いながら言った。

「ごめんごめん、ほらっ昨日言ってたチケット、タダでやるよ。

応援よろしくね!」

女はチケットを受けとると素直に「ありがとう。」

と言った。

ちょっと照れくさくなった俺は、

「じゃあ、ロードワーク残ってるから…

気をつけて帰ってな。」

と女を後にした。

女がニコニコ笑いながら、俺に手をふっていたのを、今でも忘れられない…

試合3日前に、俺は練習をあがった。

プロボクサーは試合3日前くらいから、ロードワークも練習も何もせず、ただ体を休める事に専念するのだ。

俺は家で、空腹と戦いながらゴロゴロしていた。

すると家のチャイムが鳴った。

玄関のドアを開けると鋭い目つきのオッサンが二人立っていた。

オッサンの一人が、俺に黒い手帳を見せながら言った。

「あの…〇〇さんですね。我々は〇〇警察署の者です。

えーとですね、あなたにちょっとお聞きしたい事があるのですが…」

オッサンが出した黒い手帳が警察手帳と分かるまで少し時間がかかった…

戸惑う俺に、もう一人のオッサンが言った。

「あのな、そこの荒川土手でな、人が殺されてたんだ…

でな、お前が何らかの事情を知っているかもしれんということでな…

ちょっと悪いが、署まできて話を聞いてくれんかな。」

俺は何の事かサッパリ分からなかった…

そして、オッサンにうまい具合に言われて警察署に行く事になってしまった。

警察署に着くと、取り調べ室みたいな所へ連れていかれた。

そして、そこで俺は信じられない話を聞く事になったのだ…

オッサンは話出した。

「なあ、君は毎日あの荒川土手を走っているんだってな。

実はな…3日前に、あの荒川土手にある小さな物置き小屋でな、女子高生の死体が発見されたんだよ…

んでな、その女子高生がな、君の試合のチケットを握りしめていたんだよ。」

オッサンの話が理解できなかった俺は言った

「えーと…女子高生が死んでて…俺の試合のチケットを持ってて…えっ?どういう事?」

オッサンは静かに言った。

「つまりだ…君が重要参考人もしくは容疑者になる可能性があると言う事だ…

この女の子に見覚えはないか?」

そう言ってオッサンは俺に一枚の写真を見せてきた。

その写真を見て俺は息が止まりそうになった…

あの女の子だ!

間違いない…

あの娘が殺されたのか…

俺は悔やんだ…

あの時俺が送って行ってやったら…

こんな事件にならなかったかもしれないのに…

3日前のあの日…

…ん?3日前?

そんなはずはない…

俺があの女の子に会ったのは一昨日の事だ…

俺はオッサンに確認した。

「この女の子が亡くなったのは3日前で間違いないのですか?」

オッサンが答える。

「ああ、間違いない。発見されたのは今日の朝だ。

で、持ってたチケットの試合の出場選手の中に近所に住むお前の名前があったんだ。」

俺はオッサンに全てを話た。

一昨日貧血で倒れた事

その娘が助けてくれた事

親には見つかりたくないと話てた事

チケットを渡した事

笑いながら手をふってた事…

オッサンは俺の話を真剣に頷きながら聞いていた。

全てを話終えるとオッサンは俺に言った。

「話は大体分かった。まあ…普通はあり得ない話だわな。

だがな、俺もこの商売を長い事やってるからな、こういう話は良く聞くんだ…

そうか…女の子は親に見つかりたくないって言っていたか…

可哀想になあ…」

そう言うとオッサンは唇を震わせて泣いていた…

そして俺に向かって言った。

「まあ、今日は家に帰っていいだろう。

だが、また我々が呼び出したら事件解明に協力すると約束してほしい。」

俺は力なく頷き、家に帰った…

事件の解明は早かった。

次の日の昼に携帯電話に電話がかかってきた。

それは昨日のオッサンの声だった。

「〇〇君、犯人が捕まったよ。

近所に住む、性犯罪前科持ちの男だったよ。

君には悪い事をしたね。

試合頑張ってくれ。

そして試合が終わったらさ…

女の子の現場にさ…

花を持って行ってくれないか。

これは俺からのお願いだ。」

オッサンは一方的に喋って電話をきった。

花だけじゃなく勝利も持って行くと俺は心に決めた。

試合の前日の計量は、何の問題もなくパスした。

俺の心は燃えていた。

「明日は絶対勝つぞ!」

そんな気持ちが体中から沸いていた。

試合当日の後楽園ホールはガラガラだった…

そりゃそうだ…

新人王戦の予選なんて、身内くらいしか見にこないからな…

だが俺の気持ちは全く変わらなかった。

試合の相手は、2戦2KOの強者だったが、俺は負ける気がしなかった。

ゴングが鳴る。

戦いの火蓋は切って落とされた。

俺はゴングと共に飛び出した。

相手を倒す!

それだけしか考えてなかった。

ゴングがなって58秒後、

俺はリングの上で大の字に寝転がっていた…

何をもらったのかも覚えていない…

レフリーのカウントが聞こえる…

エイト・ナイン・テン…

試合終了のゴングがカンカンカンと鳴った…

あっさり負けちゃった…

試合が終わってすぐに、俺は花を持って荒川の事件現場に行った。

あの女の子が笑顔で手をふっていたのが忘れられない。

俺は現場に花を供えると呟いた。

「ごめんな…負けちゃったよ…」

その時、確かに女の子の声が聞こえた。

「ごめんね、面倒な事に巻き込んじゃって…」

あの女の子の声だった…

「試合見に行ったよ…あなた…弱すぎ…」

俺は涙を流していた。

親にも見つけて欲しくないと言っていた、女の子…

一体どんな酷い目にあったのだろうか…

俺は答えた。

「ごめんな…次は勝つからよ…」

女の子の声は寂しそうに答えた。

「次はないの…

私もう行かなくちゃならないから…

試合、負けちゃったけど、とっても格好良かったよ。

チケット…ありがとう…」

そう言い終わると、女の子の声はもう聞こえなくなった…

俺はこぼれ落ちる涙を拭いながら、

あの娘が行く所が天国でありますようにと心から祈った。

怖い話投稿:ホラーテラー ビー玉さん  

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