私の実家は小さな旅館を営んでいる。
この話は、そこで起こった出来事だ。
あれは数年前…雪のよく降る、年の暮れも近い日の事だった。
夜遅くに訪ねてきた、一人の若い男性。
予約はしていないのだが、一晩泊めて欲しいという。
雪だらけになった男性を見て、「これはこれは…外は寒かったでしょう」と父は慌てて宿泊の準備をしていた。
とりあえずストーブのついた広間へ案内し、温かいコーヒーを出すと男性は美味しそうにそれを飲んでいた。
…何でも、この近くで車が急にトラブってしまい困っていたのだという。
「でも、ここは良い宿屋さんですねぇ…冷えきった体や心が、温かくて生き返るようですよ」
とても有り難そうに何度も礼を言うと、案内された二階の客室へと上がって行った…
一夜が明け、その翌朝の事。
いつになっても起きて来ないので、父が客室を見に行くと部屋の中は空っぽだった。
「これは、逃げられたかな…?」
ふと部屋のテーブルの上を見ると、一つの書き置きが残されていた。
「温かいおもてなし、ありがとうございました」
そう書かれていた。
そして、その数時間後の事だった。
家の近くで一台の車が見つかったのだ。
その車の中には一人の若い男性が乗っていて、すでに亡くなっていた。
昨夜、家に泊まった男性だった。
警察の調べによれば、暖房をつけっぱなしで車内で眠っていたところ、マフラーが雪で詰まり一酸化炭素中毒を起こしたのだろうという話だった。
そして、男性は昨夜にはすでに亡くなっていただろうと話していた。
「最後は、温かい家の中で一晩過ごしたかったのかねぇ……」
父は昨夜の事を思い出しながら、少し寂しげにそう呟いていた。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話