あれは、そう…私が高校の頃の話。
私は一時期、荒れていたことがあった。
その日も親と喧嘩をしてしまった私は、夜中に家を飛び出した。
行くあてもなく、ただひたすら駆け出した。
(勉強だの成績だの、勝手な期待ばかり押しつけて、みんな何も分かっていない…!)
私も、その頃はまだまだ若かった…
どれくらい走っただろうか…
家からは離れた、見たことのない場所に来ていた。
周りには民家もなく、広い田畑が広がりゴミの山があちこちにあった。
走って少しは落ち着いたものの、まだ煮え切らなかった為、しばらく辺りを無心で歩いていた。
辺りはわずかな月明かりがあるだけで、真っ暗闇に包まれていた。
……シーンと静まり返った中で、かすかな音が聞こえた気がした。
よく耳をすませてみる…
ブツブツ…ブツブツ……
何かひたすら呟くように、延々と聞こえていた。
まるで恨みのこもったような、低い不気味な声だった。
声のする方向は真っ暗で何も見えない。
気味が悪かったが、なぜか足が自然とそちらに向かって進んでいた。
あっ………
気づいた時には、すでに遅かった。
足下にポッカリとあいた古井戸の中に真っ逆さまに落ちてしまった。
(うう…痛……)
井戸の壁面に頭をぶつけてしまい、痛さに悶絶していた…
…井戸の中は月明かりも当たらず、真っ暗で何も見えない。
見上げてみると、結構穴は深そうだった。
とても穴の出口まで手は届かない。
途方にくれながら、ふと気づいた。
足の下に、何かやわらかいような妙な感触……
手探りで下を調べてみる。
ぐにゃり…
「うわっ!?」
気持ち悪い感触に、思わず手を引き飛び退く。
(いったい何だ…!?今の感触はまるで……)
落ち着いて、再び下に手を伸ばしてみる。
その太さと形からして、人間の腕…
それも、すでに腐っているような肉の感触…
さらに恐る恐る探ってみると、胴体・頭・脚…
全身の形そのままの、腐った人間の死体がそこにあった。
恐ろしさのあまり、絶叫を上げながら井戸の壁を這い登ろうとするが無駄だった。
ドクンドクンと心臓が高鳴り、全身から嫌な汗が吹き出した。
ひとしきり大声で地上に向かって叫んでいたが、やがて声も枯れてきた。
どうしようもないまま、私はその場にへたれこんだ。
じっとしていると、腐ったような何ともいえない屍臭がただよってくる。
耐えられない吐き気や頭痛まで催してきて、正気を保っているのがやっとの状態だ。
ガサガサガサッ……
ふと、井戸の外から音が聞こえてきた。
(誰か人が来たのか!?)
そう思った私は、もう一度外へ向かって大声で叫んだ。
「おーい!おーい!」
……すると、外の音がピタリと止んだ。
そしてスゥッと誰かが井戸の中を覗き込んだ。
私はそれを見てハッと息を飲んだ。
顔中が血だらけで、明らかに生気がない女がこちらを睨んでいた……
その恐ろしい顔を見上げるや、金縛りにあったように体がびくとも動かなくなってしまった。
一体どれだけそうしていただろうか…私にはとてつもなく長い時間に感じられた。
女がスゥッと顔を引っ込めた。
フゥと一息つこうとした、その直後。
ザァーーッ……
どしゃ降りの雨のように、上から何かが降り注いだ。
「おえーーっ!」
思わず私は吐きそうになる。
鉄臭さと生臭さが混じったような、血の匂いだった。
それが頭の上からとめどなく降り注いでくる。
(い…息ができない……)
井戸の底にみるみる血が溜まっていく。
……やがて私は血溜まりの中に倒れこんで、気を失った。
次に気がついた時には、私は外の地面に倒れていた。
(あれは何だったんだ…?)
私は訳が分からなかった。
「ゲホッゲホッ……」
まだ喉の奥のほうに生臭い血の匂いと味が残っているような気がした。
フラフラしながら、先ほどの井戸の辺りを慎重に調べてみた。
(あ…確か、あの辺に…)
井戸があったであろう場所に近寄る。
そこにあったはずの井戸は、土で埋められていた。
そしてその近くには、小さな石碑が倒れていた。
後で祖母から聞いた話では、あれは井戸などではないとの事だった。
昔、村に住んでいたある男が、その穴をつくったという。
その男は若い女をさらって来ては、穴の中に閉じ込めて拷問をしていたそうだ。
食物すら与えず、獣の血や汚物を降り注いでは、泣き叫ぶ女を眺めて楽しんでいた。
それは女が死ぬまで続き、やがて女が死ぬと、また次の女をさらって来て穴の中に放り込んでいた。
その残虐な拷問は幾度となく続き、男が捕まった時には穴の底は死体で山積みになっていたそうだ。
そのあまりの凄惨な有様に、その穴は埋められた後、石碑が立てられ祀られたという。
その話を聞いて、あまりの衝撃に私はしばらく生きた心地がしなかった。
何十年も経った今でも、苦しみながら死んでいった女たちの強い怨念は消えることなく残っているのだろうか……
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話