昨夜あった話を書きます。
実際に亡くなった人がいるので、私の文章を読んで気分を害される方がいるかもしれません。
その可能性のある方は、どうか読まずにスルーしてください。
昨夜は元彼の17回忌でした。
今日書く話は、私の過去と元彼の話です。
私の入った高校は、部活動に入ることを生徒に強制していました。
それならば、「サボっても問題ないところにしよう」と遊んでいるイメージのあったバスケ部に入部。
しかし、そこで私に出会いがありました。
人数の少ないバスケ部は、男女合同で練習し、男女一緒に遊びに行く・・・そんな仲良しクラブです。
いつしかダラダラしつつも楽しい雰囲気に馴染んでいきました。
そしてクラブ内には自然にカップルが出来、私にも彼氏が出来たのです。
高校1年の初夏のことでした。
1年先輩の彼はとてもカッコ良く、女性からモテる人、ちょっと自慢でしたね。
彼が3年生になり、夏休み明けで引退・・・という時期に、突然部活にも学校にも来なくなったのです。
心配しましたが連絡が取れません。
携帯電話もなく、自宅に電話しても誰も出ない状況です。
夏休みに入り、彼の家のピンポンを押す日が続きました。
メモ帳にメッセージを残してポストに入れて帰る日々。
そんな生活を続けていたある日、ようやく彼のお母さんと話をする機会が出来ました。
たまたま帰宅していたようです。
そして彼の状況を聞きました。
彼は入院していました。
骨の病気でした。
夏休みが明けると彼は登校して来ました。
顔は青白く、痩せた姿に松葉杖、面持ちが変わっていたのです。
放課後、一緒に帰りながらこの2ヶ月に何があったのかを聞きました。
彼は、ずっと膝の調子が悪かったこと。
痛みが増して眩暈がし、自室で倒れたこと。
病院に運ばれ入院、その日から検査の連続で辛かったこと。
自分の状態が分からず、私に連絡することも躊躇していたこと。
ずっとポストに残していた私の手紙を読んで、支えにしてくれていたこと。
帰る途中、話の合間合間にずっと謝っていました。
そして最後に、
「もう治らないんだ」と一言呟きました。
こんな話、実際に身の回りで起こるとは思わなかった。
感情と関係なくただ水のように涙が溢れました。
そして、彼は卒業しました。
卒業しても私たちの付き合いに変わりはありません。
病院にいく頻度が増えました。
彼は痛み止めを飲むと寝てしまうのですが、私は隣で座っているだけで良かったんです。
どこかに行きたいとか、何をしたいとかそんな気持ちもありませんでした。
その時私は高3です。
進学はせず、就職する道を選びました。
彼を支えたかったんです。
しかし、私の両親も彼の両親も、私たちの付き合いに反対しました。
彼の両親からは「あなたには将来があるから・・・」と説得されました。
それでも私の気持ちは変わりません。
その頃から彼が夢に出てくるようになりました。
悲しい顔をしていました。
不思議な実体を見たことがある私ですが、その実体とも違う感じ。
なんだか映像を見ているような姿でした。
たまに「ジッ、ジッ」と映像が乱れるんです。
口を動かし、何かを伝えてくれようとしているんですが聞き取れません。
そのまま普段の風景に切り替わるんです。
気がつくと朝だったり、昼だったり・・・。
彼は、私の中にある迷いに気がついているんじゃないか、非難しているんじゃないかと思いました。
そのくらい辛く、悲しく、そして怒ったような顔をしていたんです。
その姿は日を追うごとに頻繁に現れ、私は眠るのが怖くなりました。
必死の形相の彼の夢を、私は頻繁に見るようになっていた。
でも直接彼に「何か伝えたいことがあるの?」とは聞けず、ただ眠るのが億劫になっていた。
日を追うごとに彼の通院回数は増え、状態が悪いと入院、落ち着いてきたら退院・・・その繰り返し。
その後、私は高校を卒業して就職をした。
彼は変わらず明るく、元気な様子。
今思えばそう演じていただけだと思う。
「良くなっているのかも」
そんな都合のいい期待を胸に、仕事が終わると彼の家に行き、他愛もないことを話し続けるのが日課になっていた。
彼のお母さんが作る夕食をいただき、リビングで話をして帰る・・・そんな毎日だった。
「治らない病気なんて嘘なんじゃないか」
「多分大丈夫」
でも、帰宅してから見る彼の夢は、やっぱり何か言いたげな顔をしていた。
その表情が私を憂鬱にさせた。
それから数ヶ月がたち、部屋でパソコンを見ていたときに彼が突然倒れた。
痛さを訴える彼。
何も出来ずにオロオロする私。
階下に居た彼の両親を呼び救急車で搬送した。
とうとう来て欲しくなかった時が来た。
示された残り時間はわずかだった。
日頃から「自分にも準備があるから」と、告知を望んでいた彼。
容態が落ち着き、彼の痛みが緩和されたとき、その事実は告げられた。
「思っていたより長く生きられた」
そう彼は笑って言った。
彼の唯一の望みは「家に帰りたい」
その願いは病院や主治医の先生の御厚意で叶えられ、帰宅が許された。
彼の家に行くのが辛かった。
何て言えばいいのかわからなかったし、私が慰めの言葉なんかを口にしても、結局彼の本心までは理解できないと思っていた。
それでも一緒にいたい、
その気持ちのほうが勝っていた。
退院後も変わらず彼の家に通った。
歩行は困難になったけれど、歩けないわけではなかった。
彼の歩幅に合わせて家の中を歩く。
そんな姿を見ると「きっと治る」という気持ちになった。
ある日私は会社を早退した。
理由は「天気が良かったから」
昼間の太陽の下に彼を連れ出したかった。
私は彼の家に向かった・・・。
最寄駅で彼のお母さんに会った。
「替えの洋服なんかを買ってくるわ」
「部屋で寝てるから、後をお願いしていいかしら」
そう言って鍵を渡された。
駅からバスで4つ目の停留所。
バス停からは歩いてすぐの彼の家。
渡された鍵で家に入る。
寝ている彼を起こさないように2階に上がり、扉を開けた。
彼はデスクの前に座り、静かに泣いていた。
すぐに私に気がついたけど涙は止まらず、今まで溜め込んでいたであろう本心を呟いた。
「一緒に死んでくれないかな・・・」
今でも消えない彼の姿です。
「一緒に死んでくれないかな」
そう言った彼の眼差しは真剣だった。
でもすぐに
「嘘、嘘、お前が2階に上がってくるの聞こえてたから、驚かそうと思ったんだよ」と笑った。
でも、どちらの台詞が本心なのか痛いほど分かった。
辛いのは彼の方なのに、涙が止まらなかった。
私は、
「いいよ」とこたえた。
彼のお母さんには置手紙をした。
まだ外は存分に明るい。
「散歩に行ってきます」
その言葉に疑問は持たないだろう。
彼に暖かい服を着せ、一緒に外に出た。
バスに乗り、電車に乗り、初めての旅行のようだった。
行き先は、そう、ずっと行きたかった伊豆にしよう。
今日が最後の日、そう思うと景色がキラキラして見えた。
何てことないものに感動したりした。
自分の決心に後悔はなく、ただ彼の手を握っていられることが幸せだった。
押し黙った空気になるかと思っていたが、意外と話は弾み、高校時代に戻ったような錯覚に陥った。
彼もずっとにこやかに笑っている。
「これでいいんだ・・・」そう思った。
何時間か電車に揺られ、目的地に着いた頃には辺りが暗くなっていた。
私たちの気持ちは揺るがない。
岸辺で見つめあった時、
「本当にいいの?」と彼に聞かれた。
彼の目に涙が光っていたのが綺麗だったのを覚えてる。
私は、
「うん」と頷いた。
自分の家族の顔が浮かんできた。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
でも彼を一人には出来ない、一緒について行きたい、その気持ちが大きくて、残された人の気持ちを考える優しさが私にはなかった。
その時の自分の立場に酔っていた、そう非難されても仕方ない。
でもずっと笑っていた彼が一人で泣いているのを見たとき、自分の感情(自ら死を選ぶことは悪)は消されてた。
そして浜辺でしばらく抱き合い、二人の手首を用意してきた紐で固く結んだ。
私たちは真冬の海に入った。
「冷たい・・・」
そう思ったのも最初だけ。
徐々に感覚がなくなり、一歩足を進めるのもよろけるほどバランスが取れなくなった。
水位が胸の辺りまできたとき、もう一度私たちは向かい合いキスをした。
トプンッと大きな波が来たとき、私たちの全身は海の中に消えた。
最初の内は、暗い海の中への恐怖心があったが、次第に意識が遠のいていった。
彼と繋がっている手首が、波が動くたびに引っ張られ痛みを感じた。
どのくらいの時間、海に漂っていたのだろうか。
気がつくと私は病院のベッドの上だった。
周りには私の家族、彼の両親、ドクターや看護師さん、そして警察の方がいた。
私の両親は泣きながら怒っていた。
彼の母親は私を抱きしめてくれてた。
みんなが私のところに集まっている。
「彼はもういないんだ」
そう思ったけど涙も出なくて、「私って薄情なのかも」と考えていた。
しばらく入院した。
その間、誰も彼の話をせず、私も聞かなかった。
落ち着いた頃に警察の方が来て、あの日の事情を聞かれた。
誰が何を話しても、みんなの声が遠くに聞こえる。
まるで水の中に潜った状態のように・・・。
私は淡々と答えた。
その様子に異変を感じたのかもしれない。
「また死ぬ気かも」そう感じ取ったのかもしれない。
自ら死ぬ事がどういう事なのか、我侭でしかないんだ、まわりの人をどれだけ悲しませる事なのか分かっているのか・・・そう力説された。
その時の私には、お説教のようにしか聞こえなかったのが正直なところ。
しばらく事情を聞かれた後、あの日何があったのか。
なぜ暗い海の中から私だけが助かったのか。
詳しい話を警察の方が教えてくれた。
砂浜に下りる道をパトロール中の警察官が通ったとき、小さな男の子が呼び止めた。
「こんな時間に何をしているの?」
そう聞いても、その子は海を指差すばかり。
不思議に思った警察官が沖を見ると、キラキラ光った結晶のようなものが海面を飛んでいた。
ガラスの欠片をばら撒いたようだったという。
その明かりで照らされた海面に白い玉が二つ【浮き】のように浮いていた。
その二つの玉は、当日私が髪を結ぶために使っていたヘアゴムの飾り。
すぐに救助された私。
手首には痣が残っていたが、紐はなかった。
そのまま病院に搬送され一命を取り留めたとか。
彼は翌日、岸に流れ着いていた。
手首に紐を残したまま・・・。
警察の方は、
「水中では紐が締まってしまうため、自然と外れるとは考えにくい。多分、彼があなたを助けようとして外したか、外れるように結んでいたんだと思う」と言った。
救助している間、案内してくれた子供の面倒を見ていた警察官がいたが、いつの間にか子供はいなくなっていたという。
近所の家を探したが該当する子供はいなかったと。
「夜の海で人を見つけるなんて至難の業。
海面を照らしていたものも何だか分からない。
説明がつかないが貴女は助かった」
「彼の気持ちを無駄にしちゃいけない」
そこではじめて、人の声がハッキリ聞こえた気がした。
退院し地元に戻った私。
私一人が生き残ったが、彼の気持ちを大切にしたかった。
時間を大事にして生きていこうと思った。
彼の月命日には必ずお墓に花を添え、命日には伊豆の海に行っている。
それはあれから十数年が経っても変わらない。
困ったことや悩んだことは相談し、うれしかったことは報告してきた。
でも彼の家に行くことは出来なかった。
私一人が生き残ってしまったこと、彼の両親に申し訳なく思っていたから。
今年は彼の十七回忌だった。
先日、あの日以来初めて彼の家に行った。
お線香をあげる私を見て涙を流す両親。
見ているだけで辛く、「すみませんでした」その一言しか出なかった。
そんな私をリビングに誘い、お茶を出してくれたお母さん。
「これを渡そうと思って」
そう言って日記とアルバムを私に渡した。
表紙をめくると、そこには彼の文字が並んでいた。
病気が発覚してからの彼の辛さや苦しみが並べてあった。
いつも笑っていた彼とは別人のようだった。
そして、いつも文末に私へのメッセージが書かれていた。
時には似ていない似顔絵つきで・・・。
「別れるべきか」、
「落ち込まないで欲しい」、
「新しい出会いを見つけて」、
「幸せになって欲しい・・・」
そんな事がたくさん
その日記は、私たちが伊豆に向かった日の朝まで書かれていて、
「今日あいつが来たら、嫌な人間のフリをして嫌われよう。自分の存在を忘れてもらおう」
そう書いてあった。
切なくて涙で文字が読めなくなってきた。
こんな事を書きながら、あの日会った彼の口からは、違う言葉が出ていた。
一生一緒にいたいと思ってくれたのだろうか・・・、今となっては分からない。
そして日記を読み終える頃、お母さんが私に言った。
「ごめんね・・・」と。
お母さんは、彼の部屋の掃除をしたときに、この日記の存在に気がついていたらしい。
彼がいない時にコッソリ読み、そして本心を知ってしまった。
「もしかしたら、あの日のような事が起こるかも・・・と想像していた。」
「息子を一人きりで死なせるのは辛すぎて、見てみぬふりをしてきた。」
「あの日、買い物から帰って置手紙を見た時、何かしら直感はあったけど
、すぐに行動に移せなかった。」
「好きな人と一緒に逝くのが、息子にとって幸せなんじゃないかと思った・・・」と。
アルバムには二人で撮った写真や、小さなプリクラまで全てが貼られていた。
二人の歴史そのもの。
「あなたを巻き込みたくないからと、息子はそのアルバムだけ持って、一人で逝く事も覚悟していたようです」
「本当に辛い思いをさせてごめんなさい」
そう言って、お父さんもお母さんも泣き崩れていた。
今日、この場に来て良かった・・・心からそう思った。
あれから1週間ほどが経ちました。
日記とアルバムは彼の両親からいただき、今は私の部屋に置いてあります。
私にとって彼は永遠に消せない存在で、今まで出会ってきた人たちも彼を越えることは出来ません。
思い出だから綺麗になってるんじゃない?
そうかもしれませんね。
でも、彼に出会えたこと、本当に良かったと思ってる。
彼以上の存在は、もう現れないかもしれない。
これからの私は、今まで守ってきてくれた私の家族と、二人きりで残ってしまった彼の両親を大切にしていく事だけ。
夢の中で必死に本心を語ろうとしてくれてた彼、
私の前で明るく演じていた彼、
そして高校時代の楽しい時間、
彼くらい大きな人間になりたいと思う。
私は、自分に関する不思議な力を持っていません。
ですから、あれから長い年月が経っていますが、彼らしき存在に会えたことはないんです。
ただ、昔流行った彼愛用の「男性コロンの香り」がフッとすることがあります。
でも姿を確認することは出来ません。
もし私に何かしらの力があったら・・・、そう思わずにはいられないんです。
彼がこの世に存在した事を記録して残したかった。
自ら死を選ぶのは悪いことです。
こんなキレイ事ではありません。
もちろん推奨しているわけでもありません。
周りの人にもたくさんご迷惑をお掛けしました。
警察の方々、病院関係者の方々、両家の家族も本当にごめんなさい。
平凡な日々がどんなに幸せなのか、彼が教えてくれた気がします。
読んでくださった方、本当にありがとうございました。
怖い話投稿:ホラーテラー まるさん
作者怖話