■シリーズ1 2
「腕時計は一生もの」
スターバックスの店内でコーヒーを飲みながらそう言った上司(U)の腕で、高級なブランド時計が光っていた。
誰もが知っている高級ブランド、電池のいらない自動巻きの時計だ。
ご存知の方も沢山いると思うが、ブランドの腕時計は軽く何ヶ月分もの月収と同じ価格だったりする。
「一生もの」は高い金額でもずっと使い続けるものだから・・・と自慢しているように聞こえた。
俺「いつか盗まれますよ・・・俺に」
悔し紛れと半分冗談で、そう吐き捨てた俺に上司が語ってくれた。
U「うん?でもこれは無理だと思うよ?」
ここから上司であるUさんのお話が始まります。
Uさんがまだ仕事を始めたばかりの頃だった。
その頃はバブル全盛期。
しかし新入社員だったUさんは、まだバブルの恩恵を受けていなかった。
その時のUさんの上司は「男は時計!ベルト!靴!」
つまりスーツを着て仕事をする男は、ブランドの時計とベルトと靴を持っていなければならない。
そこを見られるからと、そう言っていた訳だ。
そんな掟を押し付けられていたUさんは、出来るだけ無理をせずに「ブランドの腕時計」を手に入れようと、質屋やリサイクルショップを探し歩いていた。
そしてついに見つけた「有名ブランドの激安中古の腕時計」
置いてある店も信用度が高い老舗だった。
腕に巻く部分に多少キズが入っているものの、Uさんが欲しかった理想の時計だった。
すぐにUさんは気に入り、カードの分割払いで購入した。安いと言っても当時の給料2ヶ月分だった。
そして・・・
これが恐怖の始まりだった。
時計を買った翌日、Uさんは遅くまで会社の机で仕事をしていた。
誰もいない広いオフィスで、ひとり黙々と残業していたUさん。
カチャカチャカチャ・・
Uさんがキーボードを叩く音だけが辺りに響いていた。
パソコンに入力する仕事をしていたが、時計を巻いている左腕がやけに重い。
定時で終わるはずだった仕事がはかどらなかったのもこの為だった。
U「あぁ〜、ダメだ〜、おわらねぇ〜」
少し手を止め、ダランと椅子から左腕をたらし、疲れた両目を休ませながら、右手でこめかみを押しながら休憩した。
その時だった。
ヌチャ・・・
ダランと垂らした左腕に、冷たくて濡れた何かが触れるような感触が走る。
U「・・・え?」
ふと左腕に視線を落とすと、「黒い腕」が机の下からUさんの左腕を掴んでいる。
安全な日常の空間に居たはずのUさんに突然、戦慄が走った。全身に鳥肌が立ちとっさに悲鳴をあげた。
U「うわあぁぁぁあぁあ!」
机の下の隙間は10センチくらいしかない。
腕を掴まれた瞬間に「生きている人間」では無いと理解した。
次の瞬間。
ぐいいいいいいい
ドターン!
Uさんは「黒い腕」に引っ張られ、座っていた椅子ごと転倒した。
身体を床に叩きつけられ、一瞬息が詰まるような鈍い痛みを感じながら、Uさんは反射的に机の下を見てしまった。
床と10センチほどしかない隙間
その暗闇の中から「二つの目」がこちらを見ている。
ギョロギョロギョロ・・・
U「ひっ!ひいいいぃいぃ!」
腰が抜けて床にうつ伏せで這い蹲っていた。
ちょうど同じ姿勢の向き合うような格好で、机の下にいる「黒い何か」を見てしまった。
その「黒い何かの視線」はUさんの左腕の時計を捕らえると
ゆっくり・・・
静かに・・・
隙間の暗闇の中から
再び「黒い手」を外に伸ばしてくる。
ヌゥゥゥゥ
U「ぎゃああああああ!」
突然の出来事で金縛りのように動けなかったUさんも、その「黒い手」を見た瞬間、火花を切るように逃げ出した。
(とにかく人の居る所まで逃げないと!)
そう思ったUさんは、自分の荷物も何も手に取らず、一目散にオフィスビルで常駐している警備室まで走っていった。
ガチャ
U「助けてくれぇえええ!」
・・・・・・・
U「・・はい。すいませんでした」
Uさんは上司に電話をしていた。
恐怖に怯えながら警備員と2人でオフィスに戻ったが、「黒いもの」は居なかった。
それどころか、椅子も倒れていない。
Uさんは半ばパニックで先ほどの出来事を上司に電話で話し、あのオフィスで自殺などの事件が無かったかを聞いたが、逆に「幻覚だ」「疲れているんじゃないか?」「いい歳した大人が」などと怒られてしまった。
そして上司の判断で、Uさんは翌日休むことになった。
一人暮らしの部屋に戻るため、Uさんは重い足取りで駅のプラットホームに立っていた。
しばらく待つと駅構内のアナウンスが聞こえてきた。
「まもなく〇行き、3番ホームに列車が到着します。白線の内側までお下がりください」
ガタタンガタタン。プアー。
真ん中くらいに立っていたUさんの目の前を、列車が横切りながら徐々にスピードを緩める。
U「・・・うん?」
バッバッバッバッバッバ・・
横切る列車を見ていると、列車の中の等間隔に居る(置いてある?)何か「黒いもの」が見えた。
キキィィィィィィィ
列車がブレーキをかけ徐々に停止する。
その緩やかなスピードで、「黒いもの」が何かを理解した。
周りには帰宅で帰る大勢の人たちがいる。
しかし、Uさんは恐怖のあまり絶叫した。
U「わあああああああああああああ」
すぐに駅から逃げ出し、なけなしのお金でタクシーをつかまえる。
運転手「どちらまでですか?」
U「すいません!とりあえず急いで出してください!」
運転手「あ・・・はい。」
その後タクシーを30分くらい走らせ、自宅前に着いた所で料金を払おうとした。
運転手「え?お連れさんもここで降りるんですか?」
U「…連れ?」
運転手「あれ?確かにお2人でしたよね?」
U「いえ!一人です!冗談はやめて下さい!」
運転手「・・・・・・」
喋らなくなった運転手にお金を渡し、気まずい雰囲気のままタクシーから降りた。
キュキュキュ、ブオオオオ…
U「・・・ふざけんなよ」
逃げるように急発進したタクシーを見送りながら、Uさんは辺りを見渡した。
やはり誰もいない…
U「本当にたちの悪い冗談だよ」
その時、心の底では「黒い恐怖」がすぐ近くに潜んでいる事をわかっていた。
しかしUさんはそれを認めたくなかった。
限界だったんだ。
「ソレ」が自宅までついてきていることを認めたくなかった。
自宅のマンションについたUさんは、恐怖心を紛らわす為にテレビと、全ての照明を煌々とつけながらベッドで寝ることにした。
時刻は22時過ぎくらいだったが、Uさんは疲れきっていた。
スーツを脱ぎ、時計を外すと身体が嘘みたいに軽い。
ベッドに入った瞬間、泥の様に眠れたらしい。
ザー・・・・・
Uさんは夜中に目を覚ました。
テレビが砂嵐を映し、不愉快な雑音を出している。
(リモコンで消そう)
寝ぼけながらもそう思い、身体を動かそうとした。
が、ぴくりとも動けない。
(・・・金縛りだ)
全身が麻痺したかのように、脳からの指令に従わなかった。
(なんで?なんで真っ暗なんだ!?)
すぐ直後に気づいた。
目を覚ますと部屋中が暗い。確かに電気をつけたまま寝たはずだ。テレビの砂嵐だけが部屋を照らしている。
恐怖で声を出したかった。
助けを求めたかった。
しかし、自由になるのは眼球だけだった。
(やばいやばいやばい)
Uさんは絶望の中で「黒い恐怖」を連想していた。
(またアレがくる!)
ズル・・・
ヌチャ
ズル・・・
ヌチャ
ズルズル・・・
ヌチャヌチャ
薄暗い部屋の中
Uさんの視界の外で
「何か」が床を這っている音が聞こえてきた。
・・・・・続きます。
■シリーズ1 2
怖い話投稿:ホラーテラー 店長さん
作者怖話