私の会社の先輩Eさんが体験した話。
小さい頃から虚弱体質で低血圧な子だったというEさん。
あまりに衝撃的なものを目にすると、貧血を起こしてパタリと気を失ってしまうのだそうだ。
血がドバドバ出るホラー映画などは、目も当てられないほど…
そんなEさんが、今でも大きなトラウマとなっているのが数年前の出来事。
当時住んでいたマンションの近くを、なんとなくブラブラ歩いていた時だった。
それは、あまりに突然の事だった。
ドシャッ…!
ものすごい大きな衝撃とともに、目の前に大きな何かが落下してきた。
それが人間だと気づいたときには、頭から血の気がサーっと引いていくのが分かったという。
……………
ハッと気づいたときには、顔が何かに埋まっていた。
慌てて身を起こすと、目の前にはコンクリートに広がる肉と血の塊…
少しずつ周りに群がってきた人々が、Eさんを呆然と見ていた。
もう無我夢中で、その場から逃げるように去っていった。
家に帰り、オエッと流しに嘔吐した。
口の中にまで血が入り込んでいるようで、しばらく物も食べられなかったという。
後に聞いた話では、その高層マンションにすむ男が、飛び降り自殺を図った事が分かった。
これだけでも十分に恐ろしいのだが、話はまだこれからなのだとEさんは話を続けた…
それから一週間ほど経ち、当時の彼氏と2人で街を歩いていた。
「ねえ、たまにはこっちの道にも行ってみようよ」
珍しく、Eさんはいつも通らない道へ行きたいと思ったのだという。
思えば、そこで既に何かおかしかったのかもしれない…
あまり人通りのない静かな道を2人で歩いていた。
2人で楽しく話しながら、のんびりと歩いていると…
グシャ…
足で何か踏んだような感覚があった。
下を見ると、猫の腐乱死体がそこに転がっていた。
プツリ…
またしても、そこでEさんは意識を失った。
そして気がつくと、頬の下には猫の腐った残骸が潰れている。
猫の身体から出てきたウジが顔を這っている…
口の中には激しい腐臭を放つ肉の欠片。
思わずオエッとその場に大量の嘔吐をした。
吐き出したものをみると、その中にもウジが何匹も蠢いている…
ふと気づくと、傍らで彼氏が恐怖の表情でEさんを見ていた。
「な、何…?」
状況が分からず、Eさんは彼氏に話を聞いた。
彼氏の話では、足下の猫の死体を見た瞬間、Eさんが豹変したのだという。
まるで狂ったように、猫の死体に手を伸ばし、貪り食いはじめる…
あまりの恐ろしい様子に、彼氏は止めることも出来ずに呆然と見ていた。
やがて突然パタリと、猫の残骸に顔をうずめるように倒れこんだのだと…
(ただショックで気を失っただけだと思っていたのに…)
Eさんは、記憶にない得体の知れない恐怖に身震いした。
そして、それを境に恐ろしい出来事が幾度となくEさんを襲った。
フラフラと何かにおびき寄せられるかのように、事故現場や死骸の元へと次々に出くわす。
それを目にした瞬間に意識を失い、気づくと死骸の近くで倒れこんでいる…
口の中にはいつも死骸の欠片が残っている。
そんなことが続き、やがてEさんの体は雑菌に侵されみるみる痩せこけてしまった。
ある日、鏡を見ると…
まるで死人のような顔色をした自分の姿に唖然としたという。
さすがに耐えられず、その道に詳しいという友人に相談した。
「あなた、絶対何か憑いてるよ…それもかなりヤバいのが」
その友人に紹介してもらった、信頼のある神社でお祓いしてもらうことになった。
神社の神主さんは、Eさんを見るなり明らかに血相を変えていた。
「よくもまあ、こんなものが……」
Eさんの背後に憑くものを見透かすように、何かブツブツ呟いていた。
「分かりました。どうぞこちらへ」
Eさんが事情を話す前に、すべて察したかのように神主さんは部屋へと案内した。
「一体どこから現れたのか…あなたの後ろには、恐ろしい姿をした死肉喰らいが憑いています」
Eさんは何もいえずに、黙って座らされたまま。
「少しのあいだ、目を閉じていてください…」
言われるがまま、Eさんは目を閉じてじっと待った。
やがて神主さんがお経を読む声が聞こえてきた。
ジャラジャラ…ジャラジャラ…
目を閉じてはいるものの、懸命にお祓いをする様子が、音と雰囲気から想像できた。
………………
しばらくして、声と音が止み静かになった。
そして、長い間の沈黙…
そーっと目を開けると、神主さんの姿はそこには無かった。
ずいぶん待っても戻ってこないので、不審に思ったEさんは神社内を探して歩いた。
(あっ………)
神社の裏庭…
小さな池の近くで、神主さんが屈みこんで何かしている。
もごもご…もごもご……
恐る恐る近づいてみる。
…………っ!!
そこには、神主さんが鳥の死骸をグチャグチャと貪り食う姿があった。
こちらに気づくと、ギョロリと虚ろな目で睨みつけてくる。
「キャーーーーッ!」
あまりに恐ろしくなり、Eさんは神社から飛び出してきてしまったという。
それから数週間後だろうか、Eさんは友人に神主さんが亡くなったという話を聞いた。
道端で犬の死骸を貪り食い、それが喉に詰まり窒息死してしまったのだという。
「私のせいで……」
そう自分を責めるEさんを、友人は優しくなぐさめた。
「あの神主さん…あなたを助けた事を決して後悔はしてなかったよ。
これが私の仕事なんだって、最後まで前向きに闘いながら死んでいったのよ…」
Eさんは悲しさで涙が止まらなかったという。
その後、神主さんの墓へ線香をあげに行き、何度も何度も礼をしたそうだ。
そして、Eさんに例の怪現象が起こることは一切なくなった。
たまに道端の遠くのほうで動物の死骸なんかを見かけると、恐ろしいような悲しいような気持ちになるのだとEさんは寂しげに語っていた…
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話