それは遠い記憶・・・
僕はまだ小学生くらいの年頃でした。記憶の深淵にあるとても綺麗な夜でした。
月明かりに照らされた穏やかな海・・・
銀色に輝く砂浜で、お婆ちゃんと2人で遥か遠い海岸線を眺めていました。
静かに波打つ音が心地よいリズムを奏で、お婆ちゃんが優しく僕に話しかけます。
「あの海の向こう側にお父さんがいるだよ・・・」
僕「お父さんはいつ帰って来るの?」
「いつでも海からお前を見守ってるさぁ」
僕「いい子にしてたら帰ってくる?」
「そうさなぁ、きっとそうだぁ」
満面の星が夜空を彩り、お婆ちゃんの横顔を月明かりが映しだしていました。
僕「お婆ちゃん?なんで泣いてるの?」
「なんでもない・・・なんでもないよ」
お婆ちゃんは僕を抱きしめていました。いつもの暖かい温もりを感じながら、なぜか少しだけ悲しい気持ちになりました。
僕は小さな漁村で生まれ育ち、そこにある小さな学校に通っていました。
小学校は全校生徒で30人くらいです。
A「〇はとうちゃんいねーんだぞ!」
ある日、同級生のAがそう言って僕をからかってきました。
僕「父ちゃんは外国の海で漁をしてるんだ!」
その度に、幼かった僕とAは殴り合いのケンカをしては先生にゲンコツを貰っていました。
僕のお父さんの漁船は、外国で漁をしている最中に遭難して行方不明でした。
その頃は自分の中で「父ちゃんは必ず生きている」と信じていました。
毎日Aとケンカをしながら数ヶ月が過ぎていました。ちょうどお盆の季節です。
放課後、Aはこう切り出してきました。
A「今日ハッキリさせようぜ」
僕「どうやって?」
Aが提案してきたこと・・・それは「渡り焔」を見に行くことでした。
渡り焔(わたりび)とは、海で亡くなった人たちの魂が、鬼火となって海から現れ、村外れの岬の先端にある「鳥居」をくぐり「海神様の祠」を通って成仏するというものです。
その時、遺族がその場所に行ってしまうと、魂が家族を思い出し、この世に未練を残して成仏できなくなるので、遺族は「渡り焔」を見てはいけないという習わしでした。
この日・・・大人達が海は時化ていないのに船を出さない日。つまり「渡り焔」がやって来る日でした。
「お父ちゃんは死んでいない」と頑なに否定し続ける僕を目の仇にする理由がAにもありました。Aもお父さんを5年ほど前に、漁の事故で亡くしています。
僕はAも「お父さんが恋しい」のだと思いました。そして僕も・・・もしお父さんが死んでいるなら、最後にもう一度会って「よく泣かなかった」と頭を撫でて褒めて欲しかったんです。
その日の夜。
僕とAは家を抜け出しました。
海が見える小さな漁村の夜。
小高い坂にベニヤ板とトタンの家が立ち並び、
坂を下った先に見える。
星空を反射させた静かな海が
僕たちを待っていました。
A「お前も根性あるんだな」
僕「僕も漁師の子どもだからな」
そして僕たちは小さな手漕ぎボートに乗り込みました。
A「よし、出発だ!」
オールで、波止場のコンクリートを押すと、不安定に揺れながらも僕たちを乗せた小さなボートが、波止場から離れました。
Aがオールを力いっぱい漕ぎ、グンとボートが前に進みます。
小さな漁村の明かりが、少しずつ遠ざかって行きました。
A「・・・恐い?」
僕「・・・いや」
船というには心もとない小さなボートで、夜の海に漕ぎ出す。
小学生の僕たちでも危険な事をしているのはわかっていました。
「お父さんに逢いたい」2人ともその想いが恐怖心を上回っていたのです。
本当に海が穏やかな夜でした。
波音は静かで、風一つ無く、少し冷たくなってきた潮風が僕の頬を撫でていきます。
陸から少し離れると、数キロ離れた場所にある灯台を目指しました。
灯台を越えると、すぐに「海神様」の岬があるのです。
一定のリズムで此方を照らす灯台の光が、僅かばかりの安堵感をもたらしていました。
僕とAは緊張のあまりお互い無言でした。
30分くらいボートを進ませた頃でしょうか。
その静寂を破るように、僅かな異音がボートの横腹から聞こえてきます。
チャプ・・チャプン・・・
僕・A「・・・?」
一瞬、僕とAは顔を見合わせましたが、すぐに2人で音のした方の海面を確認しました。
青黒い海の底から、何か「白い」ものがユラユラと揺らめきながら浮かんできました。
A「・・・なんだ?」
僕「・・うっ」
・・・チャプン
「うわああああああああ!」
海面にあがってきた「モノ」
それは僕とBの顔でした・・・
「ソレら」はギョロりと僕らを睨みつけた後、不気味に微笑んで一言だけ言葉を発しました。
・・・かえれ・・・・
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
僕たちは音を立てながら、ボートの上で後ろにひっくり返ります。
・・・・ブクブクブク
それと同時に「僕たちの顔をした白いモノ」は再び暗い海の中に消えていきました。
僕「帰ろう!やっぱり帰ろう!」
A「う、うん!帰るぞ!」
信じられないモノを見てしまった僕たちは、慌ててオールを持ち、時計回りにボートの向きを陸地へ向けました。
必死にオールを漕いで、漁村の明かりを目指しました。
しかし、30分以上漕いでも陸地が近づきませんでした。
それどころか、どんどん沖の方へ引っ張られていきます。
僕「おい!A!漕ぎ方が逆じゃないの?」
A「違うよ!合ってる!潮に流されてるよ!」
僕たちがあせり始めた頃、夜の海の沖へと向かうボートはどんどん加速していきます。
A「ありえない!早すぎる!」
僕「う、うわっ!そんな!嘘だ!」
ザザザと波を切り裂く音を立てて、僕たちを乗せたボートは逆走していきます。
あまりのスピードで、ボートは波を受けて激しく上下に揺れ動きます。
「うわあああああああああああ!」
「たすけて!たすけて!」
僕たちは悲鳴をあげながら、振り落とされないよう船べりにしがみついていました。
Aも僕も恐怖のあまり、目を瞑ってました。
10分くらい引っ張られた処で、ボートが静止しました。
僕「・・・・止まった?」
A「やばい!見て!」
Aが指差す方を見てみてると、村の微かな明かりは完全に見えなくなり、灯台の光が本当に小さくなっていました。
ボートが大きく波に揺られながら上下します。ここは陸地から1キロ以上も離れた沖でした。
僕「大変だ!はやく戻らなきゃ!」
A「やばいよ!流されてる!」
潮の流れがかなり速く、僕たちは必死に戻ろうと再びオールを漕ぎ出しました。
さきほどの「ボートを引っ張る」ものは無かったものの、自然の潮の流れでどんどん沖に流されています。
灯台の光が微かに見えるほど流された時、絶望のあまりにAは泣き出していましました。
それを隣で見ていた僕も泣いていたと思います。
静かで恐ろしい夜の海・・・
陸地に戻れず漂うボートの上で、僕たちは自然と大声で助けを求めていました。
「おーい!おーい!たすけてー!」
しかし・・・
その声も虚しく、無限に広がる闇夜に消えていきました。
そんな時、Aが沖の方に何かを見つけます。
A「おい!あれ陸地じゃない?」
僕「あ!本当だ!」
遥か沖の方には、海面を埋め尽くすかのような無数の光が見えていました。
そして2人を乗せたボートは少しずつ、光のほうへと流されていました。
村から出たことが無かった僕たちは、自分達の住んでいる場所以外を知りませんでした。
「外国かな?」「あんなに光ってるのは東京だよ」そんなバカみたいな希望を持ち、その光を見つめていました。
しかし、その光に充分に近づいた時、僕たちは再び絶望の淵に立たされます。
僕「そんな・・・」
それは「人魂」でした。無数の小さな炎の塊が海面の上を移動しています。
A「渡り焔だ・・・」
沖に向かう僕たちとは逆に、その「人魂」達は陸を目指して四方八方から集まり、やがて細長い列を成していました。
夜の海。その沖で偶然にも見た光景は言葉にできないくらい神秘的で、その美しさはしばしの間、僕たちの絶望を忘れさせてくれました。
「渡り焔」に見とれている間に、僕たちのボートが「人魂」と同じように陸に向かって流れに乗っていることに気づきました。
A「お、おい!帰れるんじゃないか?」
僕「海神さまが助けてくれたのかな!?」
「やったぁ!やったぁ!」
僕たちは抱き合って喜びました。
海で亡くなった「魂」と同じ列に入る・・・
どれだけ恐ろしい事態であるかを理解するには
その頃の僕らは幼すぎたのです。
・・・・続きます。
怖い話投稿:ホラーテラー 店長さん
作者怖話