友人Dが、大学生の頃。
大学の長い夏休みも終わりに近づき、彼女と泊まりで旅行することになった。
海のすぐ近くの、安くて小さいけどオシャレなペンションで二泊かけての旅行。
夏休み最後の思い出ということで、二人で思い切りはしゃいだという。
しかし、二日目の夜のこと…
ちょっとしたきっかけから、彼女と喧嘩をしてしまう。
二人ともなかなか収まりがつかないまま、ついに怒った彼女が部屋から飛び出していってしまった。
それでもまだ煮え切らないDは、しばらく放っておいた。
しかし一時間近く経っても戻ってこないので、少し心配になってきた。
(しょうがないな…)
部屋を出て、ロビーのほうへと向かう。
「あの、彼女こっちに来ませんでしたか?」
ペンションのオーナーに尋ねてみる。
「勢いよく外に飛び出していったよ。何か、あったのかい?」
オーナーに礼を言うと、急いで彼女を追って外へと出た。
ザザーッ……
ザザーッ……
海のほうから波の音が聞こえてくる。
ペンションの前の通りは、寂れていてシーンと静まり返っている。
(海のほうへ行ったのかな…?)
階段を下りて砂浜へ出ると、月明かりに照らされた静かな海が目前に広がった。
ザッザッザッ…
しばらく彼女を探して、砂浜をひとり歩き続ける。
昼間に二人楽しく遊んでいたのが嘘のように、辺りは暗く寂しさに包まれている。
(ちょっと、言い過ぎたかもな…俺もあいつも、少し強情なところがあるから…)
そんな事を考えながら、少し足を早めながら歩いていく。
(あれ……?)
しばらく歩いていると、少し離れた波打ち際のほうに、人影のようなものが見えた。
彼女かもしれないと思い、早足でそちらに近づいていく。
少しずつ近づくにつれ、影の形がはっきり見えてきた。
その影は、一人にしては大きいものだった。
二人…いや、一人がもう一人のほうを抱えているように見える。
(何かおかしいな…)
そう気づいたDは、近づく足を止めて立ち尽くす。
ザザーッ…
ザザーッ……
波音だけが鳴る砂浜のなか、金縛りにあったように一歩も動けなくなってしまった。
ふと、人影がこちらに振り向いたように見えた。
そしてその直後……
スゥッ……
足音すらたてずに、人影がこちらに向かってゆっくりと近寄ってくる。
その場で動くことも出来ないまま、Dはただその人影を凝視した。
うぅ………
うぅ…………
人影が近づくにつれ、女の悲しそうなうめき声が、波音に混じって聞こえてきた。
その姿も、次第にはっきりと見えてくる。
着物を身に纏った、髪の長い女性…
悲しそうな表情で、男の亡骸を腕に抱えていた。
(泣いているのか…?)
近づいてくる女を見ていると、なぜか物悲しさに胸が締め付けられるような気持ちだった。
そして女が目前まで迫った、その直後…
突然サァッと意識が遠退くのを感じた。
………………
ふと気がつくと、なぜか波打ち際にいた。
ただ、そこに立っているという感覚が全くなかった。
まるで気体となってフワフワと浮かんでいるような、不思議な感覚。
どうなってるのか自分の体を見てみようとしても、それすら出来そうになかった。
ただ、その場にポツンと浮かんでいることしか出来ない。
(あれ……?)
落ち着いて砂浜のほうに意識を向けると、そこには二人の人影があった。
一人は彼女…
もう一人はなんと、見間違うはずもないD自身の姿だった。
まるで、意識だけが体の外に追い出されたかのようだった。
その状況に動揺しながらも、二人の姿をじっと凝視する。
二人はギュッと砂浜で静かに抱き合っていた。
「ありがたやありがたや……」
女の声が聞こえてくる。
その声は彼女のものではなく、先程聞いた着物姿の女の声のようだった。
「あなたとこうして抱き合うことを、どれだけ願ったことでしょうか…」
男の声がそれに応える。
「ああ…こんな時が再び訪れるとは、夢のようだ…」
そうして、しばらく時間が経っただろうか…
「口惜しいけれど、そろそろ別れのとき…」
女が悲しそうに、呟く。
男のほうも、別れを惜しむように女を抱き寄せる。
やがて、二人は離れ…
こちらに向かいゆっくり歩いてくるように見えた。
………………
気がつくと、Dは砂浜に横たわっていた。
隣を見ると、そこには彼女の姿。
慌てて彼女を起こす。
「おい、大丈夫か…?」
Dが声をかけると、彼女も目を覚ました。
話を聞くと、彼女もDと同じような光景を見ていたらしい。
砂浜の中で抱き合うDと彼女の姿…
やはり、少し離れた所から何も出来ずそれを見守っていた、と。
自分達の体を、他の誰かに乗っ取られていたのだろうか。
二人は不可思議な体験に驚きながらも、お互いに無事だった事にホッと胸を撫で下ろした。
喧嘩していた事など忘れ、どちらからともなく静かに抱き合っていた。
やがて二人揃ってペンションに帰ると、オーナーが優しく迎えてくれた。
そして二人にジュースを出してくれた後、こんな話を聞かせてくれたという。
…昔々、この近くに住んでいた仲の良い恋人同士がいた。
とても愛し合っていた二人だったが、親達は決してそれを認めなかった。
それでも二人は密かに付き合い続け、やがて女は子を身籠ってしまう。
それを知り怒りに狂った女の父は、男を勢い余って殺してしまう。
そして、その亡骸を海へと沈めてしまった。
それを聞き悲しみに暮れた女は、ショックで子を流産。
やがて男を追うように、海の中へと身を沈めた…
それからというもの、悲しみながら男の亡骸を抱く女の霊が現れるようになったのだという。
…Dと彼女は、ただ物悲しい気持ちで話を静かに聞いていた。
決して結ばれることの許されなかった、男と女…
もっともっと二人で一緒に居たかったのだろう。
海で見た光景を思い出すと、それが痛いほどに良く分かった。
そして、ちっぽけな事で喧嘩をしていた自分達が、とても情けなく思えた。
思い出深い旅行も終わり、そろそろ帰ろうかという頃。
二人は最後に砂浜へと出て、そっと一輪の花を置いた。
悲しい運命を負った恋人同士に、捧げるように…
その後も、Dと彼女はたまに喧嘩をしながらも仲良く付き合い続けている。
将来は、結婚して二人幸せに暮らそうと考えているそうだ。
あの砂浜で見た悲しき思いを心に背負い、D達はこれからも共に歩み続けていくのだろう。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話