旅館を営む私の実家に、良く泊まりに来ていたAさん。
Aさんは保母の仕事をしているという。
もう長年やってきた仕事の中で、奇妙な体験がいくつかあったが、今回はその一つの話。
はじめに気づいたのは、もうすぐ夏という頃だった。
いつもポツンと中で大人しく遊んでいる男の子がいた。
「お外でみんなと遊ばないの?」
そう聞いても、首を振って全く遊ぼうとしない。
たまにみんなの所に連れていってみても、少しするとつまらなそうにどこかへ行ってしまう。
そんなある日、男の子は中で一心不乱に画用紙に向かって絵を描いていた。
(何を描いているのかな…?)
邪魔しないように、そっと覗き込んでみる。
…まだ小さい子が描く絵なので、非常に分かりずらいのだが、それは実に奇妙なものに見えた。
背景は赤でぐちゃぐちゃに塗り潰されている。
そして、横長のひし形の中に丸…
どうみても、それは「目」のようだった。
赤い背景の中、「目」がビッシリと並んで描かれていた。
何の絵なのか男の子に聞いてみても、何も答えてくれなかった。
それから一ヶ月ほど経っただろうか。
男の子は相変わらず奇妙な絵を描き続けている。
目がビッシリと描かれたものや、意味不明な記号の羅列…
体がバラバラにちぎれた人間の絵など、他の子達の絵と比べても明らかに異様なものだった。
ある日、男の子の母親から電話があった。
「うちの息子に、変な絵を教えないでくれます?」
かなり不機嫌な口調で、いきなりそう言われた。
教えるも何も、男の子が勝手に描いているもの…
そう説明しても、母親は全く分かってくれない。
「家で、夢中になって気持ち悪い絵を何枚も何枚も…もう耐えられないわよ!」
母親はひどく疲れた様子で、そう怒鳴り散らす。
Aさんには訳が分からなかったが、「すみません」とただ何度も謝り続けた。
やがて一通り怒鳴り終わると、電話は乱暴に切られた。
仕方なく、絵を描く道具をすべて男の子から取り上げてしまった。
男の子はしばらく絵を描きたいとせがんできたが、やがて諦めた様子だった。
しかし、それから何日かして…
(あれ…?あの男の子がいないな…)
いつも中で大人しく遊んでいる男の子の姿が見当たらない。
外のほうを探してみても、やはりいなかった。
少し心配になりトイレのほうへ行ってみると、個室からフラフラと男の子が出てきた。
その姿を見て、思わず悲鳴をあげた。
朝に見たときは普通だった男の子の体が、真っ赤になっていた。
慌てて近づいてよく見ると、刃物で刻まれたような傷が体中にビッシリとついていた。
まったく意味不明な記号のような絵文字の数々…
トイレの個室には血まみれのカッター。
救急車と母親が呼ばれ、男の子は運ばれていった。
そして、男の子が保育園に来ることは二度となかった。
それから約一ヶ月後、男の子の住む家が原因不明の火事で全焼したのだ。
焼け跡からは、丸焦げになった両親と男の子の遺体…
それを知ったAさんや他の保母さんたちはとても驚き、そして悲しんだ。
(そういえば……)
以前に男の子の描いていた絵が、何枚も保育園で保管されていた。
(親御さんも亡くなり、貰い手がいない…)
処分しようかしまいか、考えていた時のことだった。
ギィヤアアアアアアー!!!
この世のものとは思えないような、物凄い悲鳴があがった。
保管した男の子の絵を出そうとした保母さんが、その場にうずくまっていた。
落とした絵が床全面に散らばり、保母さんの手からポタリポタリと血が滴り落ちていた。
「どうしたの?大丈夫?」
Aさんは、慌てて近寄り保母さんの手をとる。
しかし、傷らしきものは見当たらない。
何の傷もないところからポタリポタリと血が滴っている。
保母さんは、床に散らばった絵を指差してガクガクと震えている。
Aさんは床の絵をよく見て、愕然とした。
…まるで紙の内面から染み出しているかのように、絵は赤黒い血で全面を染めていた。
その異様な光景に、保育園内は一時騒然となった。
その後、男の子の絵は全て集められ、寺で供養されたという。
なぜ男の子が、異常と思えるような絵をひたすら描いていたのか…
そして、一家全焼した火事との因果関係は…?
未だに全てが謎のままだという。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話