バウムテストというのをご存知でしょうか。
被験者に一本の木を描いてもらい、感性の豊かさや深層心理を解明するために行われる心理テストの一種です。
主に子どもの発達検査や心理判定などに広く使われています。
私は児童養護施設に勤める20代の女性です。
児童養護施設とは戦後、身寄りのない孤児を保護する場所として始まった歴史がありますが、近年では被虐待児童の保護施設と言っても過言ではありません。
なので、家庭内で身も心もズタズタになってやってくる子どもたちが私の施設にも多くいます。
彼らの発達状況を知るため、私の施設でもよく行われるバウムテスト。
標準的な発達が見られる子どもの場合、色鉛筆を使い分けて青々とした木を描くものです。そこに家族の姿が描かれることもあります。
しかし、施設の子どもたちの描く木には虐待によって歪んでしまった心が投影されたような、奇妙なものが多いのです。
葉が一枚もなく枯れ木にしか見えないもの、赤や黒一色で描かれたもの、木を切り倒そうとする人が描かれたもの…
そして私は、新たに入所してきた7歳児T君に行ったバウムテストで、最も驚愕した絵に出会いました。
大きく描かれた木の枝に無数の実のようなものが着いている。
よく見るとそれは人だった。無数の首つり自殺の遺体が………
ほとんど色彩はなかったが、それが逆に、遺体の顔から流れ出る赤い血を強く印象づけた。
子どもはどんなに虐待を受けたとしても、親に対する愛情を心のどこかに宿しているものだということを、この施設で学んだ。
しかし、このT君は違っていた。
無数の首つり死体の中に少し大きめに描かれた2人。聞けば、両親だという。そして言った。「みんな死んでほしい」
私たちはこの子の発達を注視していく必要があると判断して、通常3年程度に一度の心理判定を半年に一度行っていくことにした。
しかし、子どもの発達は目覚ましいもので、この子も施設での生活になれついくにつれ、徐々に笑顔が増えていった。
施設といっても、ここは子どもたちにとっては唯一の生活の場である。仕事とは思えないほどに、私も子どもたちと寝食をともにする日々が楽しかった。
すれ違いから衝突することもあったが、そんなことをキッカケに互いに成長しあった。
T君に対する心理判定にも彼の成長が顕著に現れていき、私も嬉しかった。
回数を追うごとにバウムテストの首つり死体の数が減っていく。
3年ほど経ったある日の心理判定。首つり死体の数がひとつになった。
「この子は少しずつだけど、着実に他人を信じる力を身に付けている。」
私はとても嬉しくなった。T君をこの場で抱き締めたい気持ちになった。
ひとつだけ、この絵に気になることがあったので、それとなく笑顔で聞いてみた。
「それで、この人ってだれなのかなぁ?」
T君は私を指差した。
怖い話投稿:ホラーテラー 望まぬ能力作者さん
作者怖話