旧友であるIから久々に電話があったのは、一昨年のこと。
珍しいなと思い、どうしたのかと聞いてみると…
「ここ二・三日ろくに寝てないんだ」
そんなことを呟いていた。
「眠るのが…夢を見るのが怖くて…」
すっかり疲れた様子で、Iは詳しく語りはじめた。
はじめて夢を見だしたのは、ちょうど三ヶ月ぐらい前だった。
暗くて小さな部屋の隅に、ポツンと座っている。
広さは四畳半あるかないか…なぜか窓もドアもなく、とても窮屈だった。
部屋の真ん中に、ズシリと重圧感のある棺が一つ置かれている。
それ以外には何もない、とても寂しい空間だった。
最初のうちは、そのまま何事も起こらず夢は終わっていた。
しかしその夢は、眠るとほぼ毎日見続けた。
そして、ある異変が起こり始めたのが数日後のこと。
カタカタ…コトコト…
部屋の真ん中に置かれた棺が、わずかだが勝手に揺れだした。
その動きは日に日に大きくなっていく。
とても気味が悪くなってくるが、なぜか座ったまま動くことができない。
ガタガタ…ガタガタ…
床に大きく響くほど、凄まじく揺れている。
ギ…ギ…ギ…
その揺れの衝撃のためか、棺の蓋に打ちつけてある釘が少しずつゆるくなっていた。
その頃には眠るのが少し怖くなりだした。
ガタンガタン…ガタンガタン…
釘がどんどんゆるくなり、蓋が少し開きはじめている。
(ひぃっ……!)
思わず頭の中で短い悲鳴をあげる。
わずかに開いた蓋の隙間から、奇妙に蠢く指がはみ出していた。
それからはもう恐ろしくてたまらない。
何度か寺や神社でお祓いをしてもらうも、まったく効果がなかった。
夢を見るのが怖い…しかし、だからといって眠らないという訳にもいかない。
なすすべもないまま、恐怖に震える夜が続いた。
そんな日が続き、掛けてきたのが今回の電話だった。
何人も友人などに電話をしては、話をして眠気を紛らわしているのだった。
つい先日に見た夢では、釘が二本ほど完全に抜けて、腕が棺からこちらに向かって伸びだしたという。
Iはとにかくただならぬ様子で、電話越しでも怯える様子がひしひしと伝わってきた。
「棺からアイツが出てきたら、殺されるのかもしれない…」
そんなことを虚ろに呟いていた。
「たかが夢じゃないか…気にしすぎなんじゃないか?」
夢というのは、脳が一日の出来事をリピートして、記憶として焼き付ける作業だと聞く。
頭の中で考えれば、それだけ夢として見る確率は高くなるだろう。
私はそう考え、なるべく気にしないように気分を切り替えることをすすめた。
その後、笑い話や下ネタなんかで盛り上げてから電話を切った。
…さて、電話ではああ言ったものの、私の心中も穏やかではなかった。
本当に、何事もなければ良いが…
しかしその数日後、Iの母親からの知らせを受けて、私は愕然とせずにはいられなかった。
Iが自室のベッドで、原因不明の突然死。
なぜ………?
嫌でも夢との関連が想像できたが、とてもじゃないが母親に話すことはためらわれた。
それでも、葬儀には行くことにした。
棺の中に入れられた、Iの遺体。
Iが話していた、夢の内容をふと思い出す。
まさか自分が棺の中に入ることになろうとは、可哀想に…
どうにかしてやれなかったのかと、それだけが悔やまれた。
他にもIが電話を掛けていたという友人たちが何人か葬儀に来ていた。
中には都合で来れなかった人もいたようだった。
…葬儀が終わり数日がたった、ある日の夜。
ある友人から電話が掛かってきた。
「俺…Iの葬儀に行けなかったんだけど、昨日夢を見たんだ」
小さい部屋にポツンと座っていて、部屋の真ん中には棺…
…言葉が出てこなかった。
「うん…」「そうか…」と、私はただ相槌を打つことしか出来なかった。
それから、その友人とは音信不通になってしまったため、どうなったのかは一切分からない。
ただ、いつか私のところにもあの夢が現れたら…
今の所そんな気配はないが、その時には覚悟を決めるしかないと思っている。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話