ドアを開くなり何も言えない私に、Aは言った。
「やっぱり……ごめんね、大丈夫だった?私…悪気はなかったんだけど…とにかく上がらせてもらっていいかな?」
「あっ…う、…!」
言葉にならない返事と頷きを繰り返し、Aをリビングに通した。雨はまだ降り続いている。
玄関から向かって右にはリビング、正面は階段、左は仏間となっており、リビングからはカウンターを挟みキッチン、その向こうが風呂場になっている。
Aに先程のことを何とか身振り手振りで話すと、彼女はすっかり黙り混んだあとに口を開いた。
「…21時に何かあるの?」
私はその言葉にどきっとした。
21時には両親や兄が帰ってくる、その事はまだ誰にも話していなかった。否、話すも何も今日家族以外ではAが初めて会話した他人なのだ。
「女は21時までにどうにか貴女を連れていこうとしてる。21時までに逃げ切れなければ、…」
「ど、どうしよう!?ねえ、どうすれば助かるの!?」
「ひとりで逃げ切るしかない。」
そう言ってAは帰っていった。
徐々に時間は過ぎていき、21まであと1時間を切った時。
リビングから見える風呂場に通じるドアがキィ、と音をたてて開いた。あの指が見えている。
廊下からは「ふっ…ふふへ、はははははははははははは!」、と不気味な笑い声すら聞こえてくる。
聞かないように、聞かないようにとしているとその声はすぐ耳元まできた。
「お…に…ごっこ…へへへ…つかまぁえーたぁ……」
くぐもった声で女は笑い、同時に私は家の外へと走り出た。
外は雨が降っていた。
窓には無数の白い手が張り付いており、2階の私の部屋にはあの女が見下ろすように立っている。
雨の中、私は力の限り叫んだ。
あれから数ヶ月、Aは私に怖い話をしなくなった。
私以外にももう話していないのだろうと思う。
Aの背中にはあの雨の日からずっと、あの女が張り付いている。
理由は私しか知らない。
そしてあの女を追い払う方法も、私しか知らないだろう。
人は時として優しさを忘れることがある。それは自分を守るためであり、仕方のないことだ。いや、当たり前の事なのかもしれない。
「いちぬけ…!次はAの番!」
怖い話投稿:ホラーテラー 匿さん
作者怖話