つい数ヶ月ほど前の話。
ある朝、通勤ラッシュですし詰め状態の電車に乗っていた。
もう慣れてはいるものの、息がつまるような車内の空気に少しうんざりしながら、窓から外を眺めていた。
毎日、見慣れた光景が流れる。
もう少しで踏み切りを通過するな…という頃だった。
キキィーーッ!!
大きな甲高いブレーキ音が鳴り、物凄い衝撃と共に電車が急停車した。
突然のことに、車内の空気は騒然としていた。
やがて流れる、嫌な車内のアナウンス…人身事故だった。
(うわ〜…マジかよ…)
しばらく窓の外の光景を眺めていると、それを見て頭の眠気がすっかり吹き飛んだ。
窓の外に、生首が浮いていた。
ふわふわと宙を漂いながらこちらを見ていて、一瞬目が合ってしまった。
まだ若そうな男性だろうか…こちらに気づいた途端、そこにピタリと停止してこちらを凝視しだした。
周りの人を見ても、みんなまるで見えていないというような様子だ。
ずいぶん長く電車が停車している間、ずーっと飽きることなくこちらを見つめる生首。
(ちょっと…本当に勘弁してくれよ…)
生首の歪んだ表情と冷たいような虚ろな眼が気味悪く、私は必死で視線をそらす。
…しばらくして、ようやく運行再開のアナウンスが流れて、電車が動き出す。
ホッと一息つき、ふと窓の外に視線を戻したときだ。
思わず大声を出しそうになった。
ベッタリと窓ガラスに頬を張りつけながら、生首がこちらを睨んでいた。
(おいおい。俺が一体、何をしたっていうんだよ…!?)
恐怖と混乱と憤りが混じったような感情が、胸からドッと押し寄せた。
(くそっ、早く着け!)
目的駅に早く到着することを願いつつ、眼を閉じてうつむいた。
「○○駅〜○○駅〜」
やっと着いたかという思いで、人混みを掻き分けながら外へと出る。
少し早足で改札を出て、混み合う街中を会社へ向かって歩いていると、後ろから刺すような視線を感じる。
ハァハァハァ……
頭のすぐ後ろから、首根っこの部分に男の吐息が吹きかかった。
思わずギャッ!と一回飛び上がると、出来るだけ足を早めて会社へと急いだ。
結構遅刻はしたものの、いつも通り仕事につく。
カチカチとパソコンで作業をしていると、肩の辺りが妙に重い。
そう意識した途端、ボテッ…と肩の重りが具現化したような感覚が襲う。
頬にひんやりとした感触と生暖かい吐息があたる。
(まったく、こっちは忙しいってのに…)
こっちにも意地があると、あくまで無視を続ける。
だんだん慣れてきたのか、仕事もいつも通りスムーズに進む。
そろそろ定時、昼休みも使ったおかげで時間内に終わるなと一息ついた。
ふと気づくと、しつこく肩の上に乗っていたはずの生首が消えていた。
(さすがに諦めて、どこか行ったか?)
そう思って、向かいのデスクに座る同僚のほうを見ると…
少しダルそうな表情をした同僚の肩に、ボテッと生首が乗っかっていた。
(○君、頑張れよ…)
まだ仕事が終わりそうにない同僚に少し同情しながらも、私は足早に会社を去った。
その後何日か、その同僚の肩に生首が乗っかっていたが、ある日気づくといなくなっていた。
無事、成仏したのだろうか。
それとも…
それ以来、あの生首は一度も見ていない。
しかし、たまに疲れて肩が重い時などは、つい肩の上を恐る恐る見てしまう。
怖い話投稿:ホラーテラー geniusさん
作者怖話