遅くなってしまって 申し訳ありません。岩魚の続きを書きたいと思います。
男の人が行ってしまってから、早速俺は大岩の下を目掛けて竿を振ってみた。
そんなすぐに来るわけないと思っていたのに、たった一投目であたりが来た。
「うわ!嘘だろ!?」
のんびり構えていた俺が慌てて竿を上げると、見事な岩魚がかかっていた。
「やった!やった!!」
俺は出来る限りの小さな声で喜びを表し、ガッツポーズを繰り返した。
親父の喜ぶ顔が目に浮かぶ。
その後も 面白い程に岩魚が釣れ、昼飯を食うのも忘れて 俺は釣りに没頭した。
しばらく経った頃だろうか…。いつからしていたのか、妙な音が聞こえる事に気がついた。
バリバリバリバリ…バリバリ…バリバリ…
なんだ?なんの音だ…?
周りを見渡した俺は、異様な光景に凍り付いた。
岩魚を入れていたクーラーボックスのとこに、さっきの男の人がしゃがみ込み…岩魚を生のままで貪り喰っていたのだ。
ブジュッと音をたて、夢中で魚のはらわたにかじりつく。そして バリバリと跡形もなく口へ押し込んでいく。
呆然としている俺に気づくと、男の人はニタリと笑って
「ウメェなぁ〜…あぁウメェ!俺のは…。」
そう言いながらゆらりと立ち上がった。
口の周りを血で真っ赤にしながらにやにやと笑う男を見て、全身に鳥肌がたった。
逃げなくちゃ…!
頭では思うが、足が言う事をきかない。
なんだ?狂っているのか?でもさっきまで普通だったじゃないか!
男はヨロヨロと近づいてくる。
目は焦点が合っていないようなのに、確実に俺へと向かっていた。
その時 俺は気づいてしまった。
男から足音がしてない事に…。
石がごろごろしている場所だ。どんな歩き方をしても、多少の音はするはずだ。
幽霊なのか?なら、何故気づかなかったのか!
今まで色んな経験をしてきたが、人間と霊を間違った事なんてなかったのに…。
考えてみたら 最初に俺の後ろに現れた時も、物音一つしなかったじゃないか…。
突然肩をガシッと掴まれ、俺はハッと顔を上げた。
いつの間にか、男は目と鼻の先にいた。
「ふひ…ふひひ…食えよ。ウマイから。ほら!早く!」
男が、手に持った岩魚を俺の口にグリグリと押し付けてきた。
俺は必死に口を固く結び抵抗した。恐怖で涙が溢れてくる。
「食えよ…俺の…ウメェからよぉ。ふひ…ふ…アハ、アハハハハハ!」
ぬるりと口の中に 男の指が入ってきた瞬間、猛烈な吐き気に襲われた俺は 男を突き飛ばし、同時に足を滑らせ川へと落ちた。
その時俺の目に入ったもの…それは、大岩に挟まるようにゆらゆらと揺れていた、半分肉の削げた人間の手だった。
「うわあぁぁぁー!!」
慌てて立ち上がると、俺は悲鳴をあげながら 川岸をよじ登った。
男はへたり込んでいたが、俺の悲鳴を聞くと はっとしたように立ち上がり、俺の元へと駆け寄ってきた。
さらに悲鳴を上げる俺。
しかし男は
「大丈夫か!?落ちたのか!?」
と必死に声をかけてくる。訳がわからずとまどいながら男を見ると、驚いた事に顔が変わっていた。
さっきまで30代くらいの人だったのに、格好はそのままで50代くらいのおじさんになっていたのだ。
「怪我はないな?もう大丈夫だから、落ち着きなさい。」
「あの!あの岩の下に人が!死体が…!」
震えながら大岩を指すと、おじさんはすぐに状況を察したようで
「…私の車で警察へ行こう。」と言ってくれた。
それから俺は、自転車をおじさんの軽トラックの荷台に積んでもらい警察まで一緒に行ってもらった。
途中おじさんが、バックミラーに映った自分の顔を見て驚いていたが どうして口の周りに血がついているのか、俺にはその理由が言えなかった。
警察についてからは かなり忙しかった。もうあの場所に行きたくなかったが、俺が第一発見者だったので そうも いかなかったし、色々と大変だった。
連絡を受けて駆け付けた家族を見て、やっと体の力が抜けたといった感じだった。
あの死体は 死後一週間程経っていて、20〜30代の男性だったと後の警察からの話しで聞いた。
あの時 大岩に集まっていた岩魚達は、こぞって死体を喰っていたのだろうか…。雑食性だというしな…。
俺はあれから、魚釣りをぴたりとやめてしまった。
あの声を思い出すのが嫌だから………。
「食えよ…俺の肉…ウメェからよぉ」
怖い話投稿:ホラーテラー 雀さん
作者怖話