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夜11時以降入浴できない浴場

中編6
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夜11時以降入浴できない浴場

地方で開催されたイベントで司会をしている仮にK子さんとしておきますが、

その日の仕事を終えて同僚のN子さんと宿に引き揚げてきました。

さすがに体が汗ばんでいるんで、寝る前にひと風呂浴びようと思ったんですが、部屋の風呂は狭くて、自分が入ってしまうと、相部屋のN子さんが入れないんで、自分は大浴場へ行って、大きな湯船で思い切り手足を伸ばして浸かることにした。

浴衣に着替えると1階に降りて、さて、どっちへ行ったもんかと、辺りを見回すと、向こうの壁に矢印に【浴場】と書かれたプレートが打ち付けてあるのが目に入った。

(ああ、これについていけばいいのか…)と薄暗い通路をヒッタ ヒッタ ヒッタとスリッパを鳴らしてゆくと、

所々に矢印のプレートがあって、やがて、のれんの下がった浴場の入り口に着いたんですが、(あれ?ここ違う)と思った。

自分が行こうとしていた大浴場は、新館にあるはずなのに、ここは見るからに旧館といった感じの、昔風の古い造りで、入り口もずいぶんと小さい。

曇りガラスのはまった格子戸の前に、立て看板が出ていて、

(誠に申し訳ございませんが、この浴場は夜11時以降の入浴はできませんので、新館大浴場をご利用下さい)と書いてある。

時刻はとうに11時を回っているんですが、のれんは下がったままだし、脱衣場の明かりが曇りガラスを通して漏れているんで、試しに格子戸を開けて覗いて見ると、

ガランとして人は居ないんですが、浴室の方も明かりがついているんで、

入って行ってガラス戸越しに見ると、湯船にはお湯がたっぷりある。(何だ、入れるんじゃない)と思った。

(これから大浴場へ行くのも面倒くさいし、恐らく、まだ泊まり客が何人か入ってるだろうし、それだったら、軽く湯に浸かって体を流すだけだから、ここの浴室に入っちゃおう)と決めた。

脱衣場は、明かりがついているものの、気味の悪いほど、静まり返っている。

時刻が時刻だし、旧館には泊まり客が少ないのか、人の声は勿論、なんだか、自分だけポツンとひとり離れた所にいるようで、妙な不安を感じた。

(サッと入ってサッと出よう)とガラス戸を引くと、

ガラガラガラガラ… と音を立てて開いた。浴室に入って、

ガラガラガラガラ…ピシャッとガラス戸を閉めて、

まずは荒い場でシャワーを浴びてから、湯船にゆったりと体を沈めて、両腕をぐーっと伸ばした。

すると、

(あれ?)

湯船には、既にひとり先客がいる事に気付いた。

(おかしいな…、自分が浴室に入った時には、確かに誰もいなかったのに。この人、いつ入ってきたんだろう?シャワーを浴びてた時かな?だったら、ガラス戸の開く音が聞こえたはずだし……)

と妙に思ったんですが、

(多分、先に入っていたのに、気付かなかったんだろうな)と、自分を納得させた。

それとなく見ると、その人は、こっちに背を向ける格好で、首の辺りまで湯に浸かっているようで、

後ろ姿の日本髪の頭が浮いているように見える。

恐らく宿の中居さんか、芸者さんらしい。

(ああそうか!なるほど、そういう事か。どうやら、この浴場は夜11時を過ぎると、宿の従業員や、出入りの芸者さんの専用になるんだ。ところが、客の自分が入ってきたもんだから、遠慮してスミの方で背中を向けて入ってるんだ)

だとすると悪いんで、すぐに湯から上がって、簡単に体を洗って、シャワーで流していると、不意にピタン、と手のひらで背中を叩かれた。

ビックリして、とっさに顔を上げると。

目の前の鏡に、湯船の中から、こっちを見ている、異様に白い女の顔があった。

(この女か?浴室には、自分の他にはこの女しかいないし、間違いない、この女が自分の背中を叩いたんだ。何か用でもあるんだろうか?それとも今、自分が使っているこの場所が、この女の、お気に入りの場所なんで、どいてくれと言ってるのかな?)

などと思って、いっその事

「何でしょうか?」

と聞こうと思ったものの、どうもそんな雰囲気じゃない。

女の視線が裸の自分を後ろから見つめている。

ここが浴場で、お互い裸で、女同士でも、見ず知らずの他人の肌に触れたり、裸の体をジッと見てるなんて非常識だし、第一気持ちが悪い。

彼女の、若い肉体を羨ましく思っているのか、それとも嫉妬してるのだろうか?

と、その時、突然ある事に気付いてドキッとした。

湯船の中から、荒い場の自分の背中までは、かなりはなれている。

とても手の届く距離じゃない。

でも、背中を叩かれた感触は、間違いなく人の手のひらだった。

と思った瞬間、鏡の中で、女の血のように赤い唇が一瞬、ニタッと笑ったように見えた。

(嘘だ!この女何か変、普通じゃない!)

と思った途端、女の白い顔が背後から、グーっと近寄ってくるのが見えた。

(どうしよう…)

と思っても、体が動かない。

そうするうちに、女は湯船の縁まで来て、湯の中からヌーッと、蜘蛛の足のような細長い腕を出すと、

荒い場の床にペタンと手をついて、もう一方の手も同じように、ヌーッと湯から出すとペタンとついて、そのまま四つんばいのような格好で、湯船の中から、

ズルズル…ズルズル…ズルズル

と、白くて細長い胴体をはい上がらせてきた。

K子さんは、鏡を見つめたまま、その場に凍り付いてしまった。

湯に浸かったばかりだというのに、膝がガタガタと震えて、体中から吹き出た、冷や汗が滴になって流れ落ちてゆく。

女の顔が背後にグーっと近づいてくる。

(この人、人間じゃない…化け物だァ!)と思った。

次の瞬間、血のように赤く濡れた唇から、ズルーンと長い舌が伸びて、K子さんの首筋をペロっと、舐めた。

「ギャーーーッ!!」

凄まじい悲鳴を上げて、K子さんが浴室を飛び出すと、夢中で浴衣を引っ掛けて、暗い通路を、バタバタバタバタと一気に走って、ドンドンドンドン階段を駆け上がり、ハァハァハァハァ、と息も絶え絶えで、襖を開けると崩れ落ちるように部屋に逃げ込んだ。

しばらくの時間が過ぎて、どうにか呼吸も落ち着いてくると、やっと我に返った。

見れば就寝用の小さな明かりのついた薄暗い部屋の中でN子さんは既に眠りについている。

(ああ、私も寝よう。眠ってしまえば恐さも忘れられる)

と自分の心に言い聞かせりと、蒲団に入った。

ところが興奮していて眠れない。

仕方なくそのままじっと目をつむっていると、昼間の疲れもあって、いつかしら眠りについていた。

それから、どれくらいの時間が経ったのか、不意に揺り起こされた。

(…うん?)

頭がボーッとしたまま、寝ぼけ目で、

「何?どうしたの」

と、N子さんに声を掛けると、

「…………」

返事が無いんで隣を見たら、N子さんは頭から蒲団をかぶって寝息を立てている。

(え?彼女じゃない。じゃ誰が自分を起こしたんだろう?)

と、うつ伏せにになった格好で、辺りに目をやると、

(!?)

襖が少し開いていて、そこから廊下の闇が見えている。

自分で閉めたはずなんで、

(変だな…)

と思いながらよく見ると、

(ううっ!)

悲鳴を上げた。

廊下の闇の中から白い女の顔がじーっとこっちの様子を伺っているのが見えた。

隣で寝ているN子さんを起こそうとするんですが、声が出ない。

ズルズル…ズルズル…

少し開いた襖の間から、細長い白い腕が、畳をはって自分の方へ伸びてきて、枕を掴んだ。

その途端、K子さんの意識が遠退いていった。

さて翌朝になってK子さん、昨夜の事がどうしてもきになってしょうがない。

で、確かめてやろうと思った。

イベントの司会をする女性ですから、決して気は弱い方じゃない。

そこで、一階に下りてみると、壁に矢印のプレートがあった。

暗い通路を行くと、浴場に着いた。全く記憶通り。

ただ旧館だと思ったこの場所は離れだった。

どうりで人の声も物音もなかったわけだ。

見ると浴場には、のれんも無くて、格子戸は大分古いし、曇りガラスの向こうから明かりも漏れていない。

そして正面の立て看板に目をやると、そこには…

【誠に申し訳ございませんが、この浴場は使用禁止になっておりますので、新館大浴場をご利用ください】

となっていた。

夜11時以降とは書かれていなかった。

何故、使用禁止なのか気になったんですが、流石に聞けなかったそうです。

古い宿には何かいるもんですね。

怖い話投稿:ホラーテラー さっさんさん   

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