いつからだろうか?
その人形は我が家の納屋に眠っていた。
祖母の持ち物と聞いていた。
いやもっとはるか昔、少なくとも百年以上前に作られたものとも聞いた。
もともと祖母の部屋にあったものだそうだが、20年ほど前になるか、桜の季節に祖母は精神に異常を来たし、自らの首に包丁を当て自殺した。
以来人形は桐の箱に収められ、納屋にしまわれた。
どす黒く変色した箱にはお札が貼ってある。
『アマリ開ケルナ』
お札には墨でこう手書きしてある。
『決して開けるな』
ではなく
『あまり開けるな』
であるところがこの人形の不可解なところだ。
毎年、春になると人形は騒ぐ。
カタカタカタカタカタカタカタカタ…
人気のないカビ臭い納屋で箱を揺らす。
『出せ』
ということなのだろうか?
無視していると人形は他の人形の首を飛ばす。
しまったばかりのお雛様の人形の首をことごとく抜いて隠してしまう。
だから桜の季節になると人形を出して、床の間に飾ってやらなければならない。
これが我が家の古くからの風習だ。
人形は御稚児カット。すなわちオカッパにした童女人形で紺色の紬の着物を着ている。
丈は一尺、30~40センチあまり。
可愛らしい顔をしているが、いわゆる媚びた表情ではなく、凛々しく得意気で高慢な感じさえする。
両手をおしいただくようにして毬(まり)を持っているが、この毬がちょっとそぐわない。
恐らくオリジナルのモノを紛失し、代わりに他の毬を持たせたのではないか。と私は推測している。
今年もいつものように人形を飾る季節がやってきた。
そして毎年のように事件は起きる。
今年は裏の家。
Yさんのとこだ。
実はこの家は玄関が鬼門にあたる。
鬼門とは北北東を指す。
昔から『魔物』などの『良くないもの』の通り道として恐れられていた。
家を建てる際、入り口が鬼門にあたるのを避ける。
鬼門の方角は建物を凹ますか、鬼門除けに鬼瓦を置くのが慣わしである。
Yさんの家は、今年買った新車用のガレージを増設した際、スペースの関係上、やむなく玄関を動かしてしまったようだ。
新しい玄関は鬼門にあたる。
『あれあれ。鬼門にしちゃったよ。良くないことが起きなければよいが…』
ご近所の人たちが噂しあった。
そんな矢先だ。
果たしてまもなくYさんのご主人が交通事故で亡くなった。
Yさんの運転する自動車は、居眠り運転の4トントラックに追突され、遺体はプレスした挽き肉のようにぐちゃぐちゃになった。
即死だった。
頭部だけが奇跡的に無傷で遺族のもとに返された。
棺にはYさんの頭部だけが収められ、しめやかに通夜がとり行われた。
その夜のことだ。
私は異様な悪夢に突かれるように目をさました。
夢は決まって血まみれの鎧武者の夢だ。
狂乱した鎧武者が血に濡れた刀を振り回し、私に迫ってくる。
私はいつも自分の悲鳴で目を覚ます。
今夜も同じだった。
枕もとの時計を見る。
午前3時。
私は厠へ立った。
全身にネバい汗が浮いている。
(良くないことが起こっている…)
私は厠で用を足し、なにげなく厠の窓から外を見た瞬間。
ダン…!
ダン…!
異様な音がする。
月明かりにうっすらとうごめく人影が見えた。
右へふらふら。
左へふらふら。
自分の意思とは関係なしに狂ったように踊っている…
それはYさんの奥さんなのであった。
奥さんは奇妙に踊りながら、なにやら歌をうたっているようだった。
『ひとつとせ……ひとつ手柄をもうたなら…もうたなら、米一俵にクビひとつ。クビひとつ…』
ダン…!
ダン…!
なにやらドッジボールくらいの大きさのものを地面に打ちつけている。
それはボールほどにはうまく弾まず、地面を無様に転がる。
Yさんの奥さんはそれが転がるたびに嬌声をあげ、そのものを追う。
手まり歌か…?
私は見た。
厠の窓ごしにYさんの奥さんの顔を…
彼女はよだれをたらし、髪を振り乱し、その目はもはや焦点が合わず、あらぬ方向を見ていた。
狂人特有のひきつり笑い。
すでに彼女は狂っていた。
地面に叩きつけていたのは無論ボールではない。
ひそかに棺の中から持ち出したYさんのご主人の頭部。
彼女は人間の生首でまりつきをしていたのだ。
かわいそうに…
私は見て見ぬふりをするしかなかった
桜が散り、アヤメが咲き乱れるころ、人形はしまわれる。
もとの箱にしまわれるのだ。
『お前は悪い子だ。首ばかり欲しがって。もう出してやらないよ』
私は人形に話しかけていた。
『もう納屋にお帰り。新しいお札を作っておいた』
人形は納谷にしまわれた。
私は知っている。
人形は童女ではなく童子。すなわち男の子。
もともと持っていたのは毬ではなく三方に載った武士の生首。
戦国時代に作られた、武運を願う呪い人形だ。
毎年ひとつ。人形は首を欲しがる。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……
悪い子だ。
カタカタカタ…
そんなに箱を揺らすんじゃないよ。
おわり。
怖い話投稿:ホラーテラー 怪盗ゼブラさん
作者怖話