先輩と、その幼馴染との話を。
僕にはアルバイトの斡旋をしてくれた先輩がいる。
そしてその先輩には幼馴染がいる。
笑うとえくぼの出来る可愛い女の子で、昔結婚の約束をしていた。
……とかだったら、心躍る話だ。
残念ながら、彼らにそんな関係は皆無だ。
彼は「広域に指定される粗暴な団体の方々」の使い走りをしていた。
便宜上、彼を「パシリ」と呼ぶことにする。
彼は先輩の幼馴染と言うだけあって、性格もとても良く似ていた。
いわれの無いバトルに何度も巻き込まれた。
「第一回チキチキどっちが痛いでショー」
「は? 何すか?」
ばちこん! デコピンとは思えない音。
頭蓋骨に伝わる衝撃波。
首が?
何で首が痛い!
「いった! 何すんすか!?」
「じゃあ次オレー」
がっつん!
何こいつら?
ホントに人間?
あ、ミキって音なった。
絶対穴あいた。
もれる。
僕の数少ない貴重な脳みそが。
彼らのデコピンはボールペンをへし折る威力だ。
僕なんか両手じゃないとムリだ。
いやいや、ボールペンは折るもんじゃない。
結局、「第一回チキチキどっちのデコピンが痛いでショー」は、僕が土下座することによって平和的解決を迎えた。
いつの世も
弱者が被る
罪と罰
心の俳句でも詠まなきゃやってられない。
話がそれまくってしまった。
申し訳ない、本題に戻す。
それはあるファミレスでご飯を食べていた時の話だ。
「オレ霊感あんだよ」
パシリさんが自慢げに話しだした。
ちょっと待って!
先輩の前で霊感なんてオカルティックなこと言わないで!
「そうなんすか? 僕そういうの良く分かんないです」
「幽霊とかすっげえくっきり見えんのよ」
「へえ。それより先輩クルマそろそろ車検やばくないっすか?」
話を逸らすのに必死になる。
先輩は超がつくほどのリアリストだ。
幽霊の存在など絶対に認めない。
幽霊が見えるのは病気かイケナイお薬のせいだと言って憚らない。
パシリさん、せめて僕がいないときにしてくれ。
「何? 幽霊信じてるのお前?」
やばい。
しっかり火がついてる。
戦争だ。
大怪獣二匹による戦争が始まる。
逃げろ!
しかし回りこまれてしまった!
「おお、お前興味あんの?」
「ガキじゃねーんだから、いつまでもそんなこと言ってんじゃねーよ」
「見えねえヤツにはこの辛さが分からねえんだよなあ」
「全然辛そうに見えねえっての。何? 金縛りとかあっちゃうわけ?」
「ばっか。そんなんフツーだって。一週間前なんて落ち武者の霊に殺されかけたもん、ほらこの傷」
そう言ってパシリさんは腕にうっすらと出来た傷というよりミミズ腫れを見せる。
言っちゃ悪いが、幽霊による傷とは思えない。
「これ、刀傷なんすか?」
「刀じゃなくて槍だったな。馬に乗ってた」
「あのさあ、じゃあ馬の幽霊も一緒だったってこと?」
「知らねーよ。そうなんじゃないの? いやあ、ギリカウンターが入らなかったらやられてたね」
「お前、幽霊殴れんのかよ」
「殴れねーなら、どうやって退治すんだよ」
もう、お互い何を言っているのか分かっていないんだろう。
端から見てると頭がおかしい人たちみたいだ。
僕たちが頭がおかしくないとは言えないが。
「じゃあ聞くけど――」
――お前エネルギーって言葉、知ってるか?
その落ち武者とやらがいたとして、何百年前の人間だ?
その幽霊とやらが本当にいたとして、そいつのガソリンは一体何だ?
エネルギーが切れたらどんな生物も動くことはできねえんだよ。
ほとんどの生き物はタンパク質か糖分で外殻が構成されてるんだけど、幽霊の構成物質はなんなんだよ。
言ってみろよ。
主成分をよ。
あ、幽霊は動けるのに動物じゃねえのか。
わりいわりい。
もし幽霊なんてモンが本当にいたとしたら、ノーベル賞物だよ。
だってほぼ永久機関だろ。
何百年前の人間の思念がその形態を変えず、未だに存在し続ける。
しかも、しかもだ。
お前に傷を負わせるんだもんなあ。
物理的な干渉が可能なわけだ。
電力会社にでも売り込めば、億万長者間違いないぞ。
原子力エネルギーなんかよりよっぽどクリーンだ。
国中、いや世界中の環境保護団体がお前を支援してくれるぞ。
よかったな。
ホントにいるなら何で誰も研究しねえんだろうなあ。
幽霊信じていない俺にはさっぱりワカンネエヨ。
「はいはい。大学生は賢う御座いますね。だがな――」
――誰がそんな言葉で納得するかよ。
あのな、幽霊がいないって言ってるヤツは根本が間違ってる。
メリットだけを探そうとしてんだ。
こんな話知ってるか?
死後の世界が「ある」か「ない」かをギャンブラーが賭けたんだとよ。
そいつは「ない」方に賭けた。
だけどな、「ある」方にかけた方が「ない」方にかけた方よりはるかに得なんだ。
なんでか?
それは「ある」方に賭けて外れても失うものがない。
ただ死ぬだけだ。
だが、「ない」方に賭けてみろよ。
「ある」場合は負けて、「ない」場合もただ死ぬだけなんだ。
元々得るものがゼロならマイナスが少ない方がハッピーなんだよ。
お前の大好きなリスクヘッジってヤツだ。
また一つ賢くなったな。
おめでとよ。
もちろんメリットもある。
いつか昔に死んだ人間に会えるかもしれないという希望があるだろ?
希望が生活に必要ないのか?
いるならハッピーそれでいいじゃねえか。
人間に生まれたくせに、感傷をムシすることがそもそも間違ってんだよ。
幽霊を信じることが悪いって意見のほとんどは詐欺とかの霊感商法だろ?
それは騙す方が悪いんだ。
だが、幽霊そのものが悪いって否定し切れてねえんだよ。
それともアレか?
殺人事件に使われた包丁。
それを作った会社も、訴えられなくちゃいけねえってのか?
「「おい、マサシ。どっちが正しい?」」
うーん。
よくペラペラと口が回るものだな。
この人たちに見つめられて言われる状況。
支離滅裂なことなのにどちらもそれっぽいことを言っているように聞こえる。
そしてどちらか一方に肩入れすることは死を意味する。
もちろん僕の死だ。
「そうですね。でも正直、いてもいなくてもどっちでもいいじゃないですか」
「そういう問題じゃねえ!」
「こいつムカつくんだよ!」
ああ、ケンカしたいだけなんですね。わかります。
そんじゃ俺たちも賭けるか?
そう言って先輩はとある名称を口にする。
この界隈では結構有名な「お風呂」屋だ。
「そこの子、知り合いなんだわ」
「やりますね。ナンパですか?」
「ナンパじゃない。この前、俺警察呼ばれたろ?」
「ああ、ホームレスのっすか?」
「そう。ギャラリーの中で一番最初に警察に連絡してくれたのがその子。風俗嬢って何か優しいよな。で、そのきっかけで仲良くなった」
「話が見えねえ」
「その子、自称見える女なんだよ。で、お前の言う零能力? 霊能力? それで幽霊の特徴を当てようぜ。お互いが同じこと言ったら、キャバクラでも何でもおごってやるよ」
「おお。のった。オレの力見せてやるよ。クリュグ出す店知ってんだわ。預金残高確認しとけや」
意外なことにパシリさんは乗り気だった。
こういう自称見える人は、他の見える人との接触を嫌うものだと思っていたからだ。
それでその話は一応の決着となった。
こういうノリだけのケンカというのは得てして自然消滅するものである。
大体一晩たつとケンカの存在自体が無かったことになることしばしだ。
僕はそう思っていた。
二週間も経ってから先輩から呼び出しをもらう。
非常に珍しいことにその電話は昼にあった。
「おう。あれやるぞ。幽霊の賭け」
「ああ、あれっすか。ホントにやるんですか? 僕今日バイトですよ」
「何か今日じゃないといけないんだと。ツキがどうとか。クルマが電気で走る時代に何言ってんだよな。運に左右される現象って何なんだよ」
「あー、僕も行かなきゃダメですか?」
「別に来なくても良いけど?」
「すみません。バイト当日休みは罰金なんで、今日パスで」
「……ベツニコナクテモイイケド?」
「楽しみだなぁ……何時でしょうか……はぁ……」
「七時だとよ。もし遅れたら罰金な」
この催しも罰金で済ませてくれるのならば、全く問題なく休むのだが。
七時。
15分も前に来たのに結局遅く来たのは先輩たちだった。
彼ら三人は連れ立って集合場所に来た。
「こんばんわぁサオリでーす」
先輩の隣にいる小柄な女の人が「自称」見える人なのだろう。
オカルトのオの字も連想できない。
非常に露出が多いパステルな夏服を着た女の人だった。
スカートの裾がヒラヒラと心許ない。
僕とサオリさんで自己紹介と自己アピールを済ませる。
見える人が二人もいるという状況は初めての経験だ。
「それでこれからどうするんですか?」
「ああ、何か二人の話聞くと、必ずユーレイが出る場所ってのは案外少ないんだと。だから、こっちがユーレイ呼び出すってのが一番確実なんだとよ。つーわけで今からお前の家まで行くぞ」
「は? 僕の家!?」
「だって俺とパシリの家だとどっちかが細工出来るだろ? 女の家に野郎三人行くわけにもいかないし。で、お前の家に決定」
最悪だ。
だから僕を呼んだのか。
「だったら僕、家で待ってたほうが良かったじゃないですか?」
「お前の面白いリアクション見たいからに決まってんだろ? なぁ?」
「……お前。分かってんなぁ」
くそ。
こんな時だけ息ピッタリだ。
結局逆らえるはずもなく一行は一路僕のマンションへ。
「何この水槽。お前魚飼ってんのかよ。何これ? エビ? 食いごたえのねぇサイズだな」
「食べないですよ。魚はいません。孵化したばかりとか脱皮後にエビ食べちゃうんですよ」
「……生き物いるのか。まあそんぐらいなら大丈夫かな」
「何かまずいんですか?」
「大丈夫、大丈夫」
「で? これからどうすんだ?」
「えっと、パシリさん、何か呼び出す方法知ってる?」
「サオリちゃんはこっくりさん以外で何か知ってんのあんの?」
「や、知らないけど」
「じゃあこっくりさんでいんじゃない?」
こっくりさんのやり方は今更書くまでもないだろう。
筆や墨汁など持っていないので、筆ペンとロウソクを買いにコンビニまで走る。
帰る途中に言ってくれると非常に助かるのだが。
また家から出るのは嫌なので、ついでにA4サイズのコピー用用紙を三枚貰う。
家に帰ると先輩とパシリさんが喧嘩をしていた。
「アイス食ったぐらいでガタガタ言ってんじゃねーよ」
見ると、僕の家の食料や飲み物がテーブルの上に散乱していた。
ああ、僕のハーゲンダッツ・抹茶クリスピーサンドが……。
「二人ともやめなよぉ。ほらマサシ君帰ってきたよ」
そういうサオリさんの言葉を聞く二人。
僕の方を血走った目で見るパシリさん。
一方、しらけた目で僕を見る先輩が僕に言う。
「おい、マサシやめだ。こんなの賭けにならねえ。何が幽霊だバカバカしい」
「なんだそりゃ? 負けを認めんのか?」
「ああ、もうそれでいいよ。ちょっとでも期待した俺がバカだったわ」
「これなーんだ」
そう言うとパシリさんが超人気格闘技(?)戦のチケットをヒラヒラと見せびらかす。
「こっちが負けたときのこと言わなかったじゃん。オレが負けたらコレやるよ」
パシリさんがそう言うと先輩は大人しくなり、てきぱきとテーブルの上を片付け始めた。
何なんだ。
あんた、格闘技ファンだったのかよ。
賭けの内容は、以下のようなものだ。
こっくりさんで霊を呼び出す。
→霊が来たと二人が認める。
→その霊の情報を自分の見える範囲内で出来るだけ細かく書く。
→先輩と僕が答え合わせ。
ルール。
二人が諦めるまで。
笑えねえよ……勘弁してくれ。
配置は中央にテーブル。
僕の右隣にパシリさん、正面がサオリさん、左隣に先輩。
最初のターン。
こっくりさんこっくりさん。
「何か白々しいな。この歳でこっくりさんとか」
「懐かしいですよね」
「アタシ昔、好きな男子の名前ばらされたよ。コレで」
「おい、真面目にやれよ」
「その顔でクラス委員長みたいなこと言うなよ」
もちろん数回で何かが出るわけがない。
何度も仕切り直してこっくりさんと唱え続ける。
「ちょっとトイレ行って来るわ」
パシリさんがそう言って部屋の電気を点けて一時休憩をとった。
ロウソクは細いものなので、燃え尽きそうだった。
新しいものに交換し、パシリさんを待つ。
「そうそう簡単に幽霊なんて呼べないよぉ」
「それはそうっすね」
「もういんじゃねーの? 飽きてきたわ」
「まあまあ、もうちょっとやりましょうよ」
「そーだよ。もうちょっとしよーよ」
こっくりさんこっくりさん
「……まだだな」
こっくりさんこっくりさん
「……まだ」
こっくりさんこっくりさん
「……」
ロウソクで仄かに赤く照らされた部屋の中。
ロウソクの揺らぎで部屋の中がゆらゆらと揺れているように見える。
こっくりさんこっくりさん
エアコンを切っているので、段々蒸し暑くなってくる。
蒸し暑い部屋の中、男女が四人でこっくりさん。
中々にシュールな光景。
ロウソクは燃え尽きそうだ。
次のターンに行く前に交換しなければ。
ロウソクの揺らぎが強くなる。
揺らぎ?
風はない。
冷たい汗が背中を伝う。
嫌な予感。
「……来たぞ」
「来た」
パシリさんとサオリさんが小声で囁く。
その声に反応するように、ロウソクが燃え尽きる。
最後に煙を一吐きしたロウソクは、じりと音を立てて消える。
辺りは暗闇になる。
誰もしゃべらない。
ひた ひた ひた ひた
裸足で何かが歩く音がする。
冷たく、湿りを感じさせる音。
ひた ひた ひた ひた
音を立てないように気をつけて歩いている、そんな音。
視界が奪われた時の耳の感度は高くなる。
今はそれがアダとなる。
ひた ひた ひたっ
足音が極近くで止まる。
もちろん僕たち四人はこの場にいるはずだ。
四つの指が未だテーブルの上にあることがそれの証明になる。
僕の真後ろに誰かがいる。
誰かの視線を感じる。
うわん、と耳鳴りがする。
汗が背中に線を描く。
ぞくり。
しばらくの間誰も動かない。
衣づれや呼吸さえも聞こえない。
こっくりさんこっくりさんいるのでしたらへんじをしてください
サオリさんの呼びかけ。
10円玉がゆっくりと動くことを指先だけで感じる。
暗闇が文字を見ることの邪魔をする。
何と書いているのか、それは分からない。
こっくりさんはいまどこにいますか
ぐうっぐうっ、と二回大きく動く。
こっくりさんはおとこですか
ぐうっ、と一回動く。
こっくりさんはおんなですか
ぐうっ、と一回動く。
分からない。
真っ暗で文字を判別できない。
それでは性別がどちらか分からない。
こっくりさんのなまえはなんですか
ぐうっぐうっぐうっ、三回、三文字か。
こっくりさんはせがたかいですか
ぐうっ、と一回。
10円玉が力強く動くたびに得体の知らないものに対する恐怖が僕を包む。
僕の後ろから腕を伸ばして、テーブルの上に指を置いている。
想像すると恐ろしい。
「こっくりさんは死んでいますか」
先輩が急に口を開く。
ぐうっと、一回動くと同時に、その動きが激しくなる。
ぐるぐると10円玉が動き続ける。
止まらない、止められない。
「こっくりさんは死んでいますか」
先輩が質問を繰り返す。
動きはしつこく同じ場所をなぞりながらも右へ左へと滅茶苦茶に動く。
先輩の低い声が部屋に重く響く。
「こっくりさんは死んでいますか」
何の意図があるのかが分からない。
ますます動きが強くなる。
動きが激しくなる。
腕が痛い。
指先を離してしまえば楽になるかも――
「こっくりさんは死んでいるんですよね」
今度は細かく速く右に左に動く。
はい、のところを何度もなぞっているのだろうか。
「死んでいるなら、何でここにいるんですか」
ピタリ。10円玉が止まる。
「死んでいるのに、何でいることができるんですか」
10円玉は動かない。
ひた ひた ひた ひた ひた ひた ひた――
足音が遠ざかっていく。
耳鳴りが徐々になくなってくる。
しばらく誰も動かなかった。
サオリさんが終わりの儀式をした後に電気を点ける。
「いやぁ怖かったな、今の」
「ホント、すっごいはっきり見えたよ」
「何言ってんすか。真っ暗で何も見えないっすよ」
「いや、かなりはっきり見えたぞ」
「うん」
「そんじゃあ、コレにその特徴書いてよ」
二人は今しがた見た不思議な現象の主の特徴を書き始めた。
パシリさんの書いた内容。
背の高い女。
帽子。
濡れている。
片足のヒール。
裾の汚れたワンピース。
猫背。
サオリさん。
小学生くらいの男の子。
坊主頭。
ホクロ。
垂れ目。
名札かタグのついたセーター。
顔色が悪い。
一致するところが一つもない。
これは……。
「つーわけで、賭けは俺の勝ちだな」
先輩はパシリさんからチケットを奪い取った。
皺が出来ないように大事そうに財布へ。
「待て待て! ありえないだろ。サオリちゃん何コレ? あんなにはっきり見えたのに?」
「それはこっちのセリフだよ。ホントに見えたの?」
「どっちでもいいよ、幽霊なんていないから」
「もう一回やらせろ。今のはおかしいって。他の人呼んでこい」
「ムカツクー。アタシちゃんと見えたもん。嘘なんてついてないもん」
やめて下さい。
夜に騒ぐと大家さんに怒られる。
もしくは通報される。
結局、勝負事のルールは絶対、という先輩の一言。
チケットを手に入れた先輩だけが得をするという結果となった。
二人が諦めるまで、というルールがあったはずだが僕は黙っていた。
これ以上揉めるのは勘弁願いたい。
バイトに間に合いそうな時間だったので、僕はサオリさんに頼み込み同伴と言う形で出勤。
賭けに関係のない僕が一番損をするという状況を回避した。
先輩たちはケンカをしながらどこかに行った。
飲みにでも行くのだろう。
サオリさんは楽しんでくれたようだ。
次は指名してあげる、とワザとらしい投げキスをくれた。
家に帰り部屋の乱雑さに辟易した。
汚した人間は勿論先輩たちで、片付けなければならない人間は勿論僕だ。
明日に持ち越すことの方が面倒だなと思う。
のろのろだらだらと部屋を片付け始める。
四つのコップ。
ハーゲンダッツの残骸。
ポテトチップスの殻。
タバコの灰。
まとめてゴミ箱へ。
ふと見ると、水槽の様子がおかしい。
水草がメインのアクアリウムだが、全て枯れている。
なにこれ?
なにこれっ!?
pi prrrr
「……おぉ。今何時だよ。……こんな朝早くから何だ?」
「パシリさん! 水槽の中が変なんですけど! 始める前に生き物がどうとか言ってましたよね?」
「おいおい、いきなりだな。ああ、やっぱ死んじゃってた?」
「全滅ですよぉ。結構キレイにしてたのに」
「こっくりさんやる時は10円玉に指をつけてないヤツは狙われんだよ。人間じゃないなら大丈夫かなあって思って。わり」
「そんなぁ、今までの苦労が……」
「まあそんな落ち込むなよ。エビくらいオレが買ってやるよ」
「エビ? うわああああ! レッドが! チェリーが! ヤマトも! ……ヤマトはいいや」
「そんなキャラだっけお前? エビじゃなかったのかよ」
「いや、エビもです……結構手に入れ辛いグレードのも含めて全部……」
「いくらぐらいすんの?」
「一番高いので一万円くらいです……」
「はぁ!? お前、バカか! 伊勢エビのが安いわ」
こんな不幸があったのにパシリさんは散々馬鹿にしてゲラゲラ笑い、電話を切った。
ひどい。
部屋の片付けなんて知るか。
もう勝手に汚くなればいいんだ。
Prrrr先輩だ。
「おい、聞いたぞ。クソ高いエビちゃん死んじゃったんだってな」
「もういいんです。もう……」
「俺が買ってやるよ。一万くらいなら」
「え? 先輩。太っ腹ですね。でもお金じゃないんですよ。気持ちだけいただきます」
「まあとりあえず、朝飯まだだろ? こっち来いよ」
昼前に先輩と会うのは珍しいことだ。
幹線道路上によくあるGのつくファミレスに集まった。
「何でも頼んでいいぞ。おごってやる」
「先輩……。ありがとう御座います」
「いいって、いいって。昨日は迷惑かけたからな。侘びと、お礼も兼ねて。安いもんだこれくらい」
「そんな、気にしなくてもいいですよ……お礼?」
「おお。ダフ屋にチケット売ったら、財布パンパン」
「先輩。それが目的だったんすか?」
「俺でも知ってるチケットだったから高く買い取ってくれるとは思ったけど、あんなに高いとは思わなかった。男の裸のガチンコ見て何が楽しいんだろうな」
先輩、そのセリフ、色々な人たちを敵に回しそうです。
「そうっすか。良かったじゃないですか。僕のエビたちも浮かばれます」
「そうだな。まあ集団ヒステリーの典型みたいなのが見れていい経験にもなったわ」
「でも先輩も酷いですよね。僕たちが幽霊呼び出しておいて、何でいるの? って酷すぎですよ」
「ああ、どういう構造か知らんけど、よく出来たゲームだなあれは」
「こっくりさんがですか?」
「おお。人間がああいう状況下に置かれると、見えもしないものが見えちまういい例だ。ストレス起因なのか、もしくは暗示なのか」
「え? もしかして先輩にも見えてたんですか?」
「そりゃ見えるだろ。お前見えなかったの?」
「いや、後ろに何かいるなあ、とは思ったんですけど」
「後ろ? ふーん。こんな話知ってるか――」
――学生を対象にこっくりさんの実験を行ったんだと。
例のごとく質問したらしい。
ある程度の質問が終わった。
被験者の名前とか初恋の相手とかな。
その後、被験者には知りようもない質問をしたんだ。
結果としてこっくりさんが答えたのは外ればかり。
昔のことから現在のことまで色々な質問をしたが、答えは全て外れ。
結局こっくりさんは事前情報ありきの集団ヒステリーという結論に。
もっと噛み砕くと、こっくりさん自体が有名すぎるために、無意識の筋肉の動きを意味が繋がるように被験者全員で動かしてしている、ってこと。
ああいう毛色のイベントは何かが起きて欲しいという期待を持ってするものだからな。
もちろん今回の賭けも俺も含めてみんな何がしかの期待をしていただろう。
あの質問は俺たちが分からないものにしただけ。
それっぽい質問でな。
で、お互いの証言に修正を行わせないためにアンケート型の方法採ったんだわ。
結果、見事に外しててちょっと笑えたけどな。
前にも言ったが、幽霊がいることと幽霊が見えることは違う。
見えるのは錯覚や幻覚、または幻聴の類だ。
見えたとしてもそういう存在がいるわけじゃないんだ。
いたら人間だけでなく様々な種類の何億・何兆もの幽霊がいなきゃおかしいだろ。
幽霊になるものとならないものが選り分けられる理由が分からないだろ。
統一感が全く無い現象は再現できないんだ。
科学が宗教と言う意見もある。
が、科学のいいところは全ての人間が行うと、全ての結果が同じであるというもんだ。
再現可能性のない事象は無いものと見做されるんだよ。
霊能者だか何だか分からない者しかその存在を確認できない。
そんなもの、存在がないと断定しても全く不都合がないんだよ。
まあいいや。
で、実際に俺たちにも同じような集団ヒステリーが起きたわけ。
まあ、コレ見ろよ。
長々と語った後、先輩はこっくりさんの時にアンケートとして使った紙を出した。
「まだ持ってたんすか」
「いや、おもしれえんだって、これ」
「何がですか?」
パシリ
『背の高い女』
『帽子』
『濡れている』
『片足のヒール』
『裾の汚れたワンピース』
『猫背』
サオリ
『小学生くらいの男の子』
『坊主頭』
『ホクロ』
『垂れ目』
『名札かタグのついたセーター』
『顔色が悪い』
何だ?
共通することなどないと思うが。
「気付かないのか?」
「背の高い女と小学生の男の子じゃ全然違うじゃないですか」
「そこじゃねえ。こいつらのカッコだよ」
何だ?
女は帽子。
小学生は坊主。
濡れている?
顔色?
分からない。
「すみません、ちょっと分からないです」
「想像しろ。なぜ、パシリは身長や片足のヒールやワンピース、猫背と答えたか。想像しろ。なぜ、サオリはホクロや垂れ目、顔色と答えたか」
「何ですか一体?」
「こいつらには共通項がない。なぜこうもはっきり違うのか。あいつらの様子だと、見えていなかったわけではなさそうだしな」
「引っ張らないで下さいよ」
「分かったよ。距離感だ」
「距離感?」
「そうだ。パシリは女の全体像、遠くにあるものの特徴を言っている。サオリは主に顔や上半身の特徴、つまり近いものの特徴だ」
「もしかしてそれって……」
先輩がニヤリと笑い、結論を口にする。
「こいつら別々の何かを見ていたんだよ」
「幽霊が二人!?」
「幽霊なんかいないけどな。だが、お前のもカウントするなら三人以上か」
そう言いながら先輩はタバコに火をつけた。
待てよ?
三人以上?
先輩にも見えていたって言ってたな。
「じゃあ先輩には何が見えたんですか?」
「ぎゅうぎゅう」
「は?」
「満員電車みたいだった」
自分の部屋に帰るのが嫌になったことは言うまでもない。
怖い話投稿:ホラーテラー 鴨南そばさん
作者怖話